外伝 飛べないけど豚の王

 炎を代名詞とするこの国。その象徴とされるほどの規模を誇る大型ギルドの扉を開けると、中の空気が一変してざわつき始める。


「おい、ボルドンだ……」

「ラグナ盗賊団を改心させた伝説のクインティプルだぜ……」


 俺の顔を見るや否や、羨望の眼差しを向ける冒険者達。そう、ラグナ盗賊団の事件以降、俺は冒険者の中で以前のサザナミのようなポジションに立たされていた。

 実際、何もしていないのに。


 さらに、変化したのは周りの反応だけではない。俺の中でも密かに変わったことがある。


「ボ、ボルドンさん! 一緒にライオネル鉱石の発掘の依頼に行きませんか!?」

「あぁ、いいぜ」

「やった! あなたにとっては簡単すぎる依頼なのに! あの噂は本当だったんだ!」


 息を詰まらせるように話しかけてきたランク下の冒険者は、俺の返事を聞いて飛び跳ねて喜んだ。

 一匹狼を貫いていた俺は、今や様々なパーティーに参加するようになっていた。それが更に好印象を与えたのか、こんな有名人になっちまった。

 それもこれも、突然現れた台風少女リーシェッドのお陰だ。俺はまだ一人を気取れるほど強くないと知った。こんな大きなギルドで一番上にいるが、それでも足元にも及ばないほどの上がいる。そんな手の届かない存在でも、三人以上のパーティーを組んで大事に備えている。自信と過信について嫌というほど教えられたのだ。


「ボルドンさん、どうかしました?」

「いや、なんでもねぇよ。ほら行こうぜ。ライオネル鉱石は日中じゃなきゃ探すのは難しいぞ」


 つい物思いに耽っちまった。パーティーを組んだ以上、一番強い俺がぼーっとするわけにはいかない。他は一つ下のクアドラプルが四人だ。しっかり頼られてやらないとな。







「おとーちゃんおかえり!」

「遅いよパパ!」

「おぉ! リノン、マノン、いい子にしてたか!」


 居住区域のありふれた一軒家。玄関を開けると双子の娘達がいつもお出迎えしてくれる。遅く帰ったり遠征が入ると中々帰れないせいか、この子達が起きている時は一番に笑顔を届けてくれるのだ。


「おかえりなさいアナタ」

「ララ、ただいま」


 小柄なオークである妻は静かに微笑む。こうして家族の笑顔を見るために、必死で仕事に励んでいるというものだ。

 夕飯をみんなで囲んでいると、いつの間にかリノンとマノンが睨み合っていた。


「おとーちゃんもリノンになんか言ってやってくれよ! こいつあたしの作ったお菓子好きな子にあげて『自分で作ったんの』とか言ってんだよ! だから料理上手くなんねぇの!」

「双子なんだから私も出来ますぅ! 訓練漬けでやる暇が無いだけですぅ! マノンだってパパの子なのにいつまで経っても弱いでしょ! ねぇパパ鍛えてあげてよこの弱虫!」

「なんだと!」

「なによ!」


 俺に似た口調なのに身体が弱くて器用なマノンと、ララのように大人しく喋るのに戦闘力が高く不器用なリノンは、俺とララの遺伝子をあべこべに受け継いでしまったのかよく喧嘩する。もちろん本気で嫌いあっている訳じゃないから俺は暖かく見守っているが、常に家にいる気弱なララは今もオロオロして困っていた。


「こらこら、お母さん困ってるだろ? それに『食事中は仲良く』がウチの家訓だ。後で聞いてやるからやめなさい」

「……はーい」

「あ、いまマノンが『納得いかねぇ』って顔してました〜。罰としてそのお肉いただき♪」

「あー!! この性格メデューサ!!」


 またグチグチと罵り合う二人だが、やってることといえばお互いの皿から食べているだけだから結局余計手間取っている。そんな抜けた所が可愛くて、俺とララは笑って見ていた。

 そこで、ふと思い出した。

 見た目の幼さ、我の強い性格、上からの物言い、うるさい声、そして抜けたところ。我が子達が一人の女の子と重なる。

 そうだ、リーシェッドは娘達とよく似ている。だからどこか、守ってやりてえと思っちまったんだ。


 急におかしくなって、つい声を出して笑ってしまった。怪訝そうにする家族は一斉に手を止め、ララは心配そうに見つめてきた。


「どうしたの?」

「いやなに、ウチの子達は魔王の器があったりしてな」

「ま、魔王!?」


 小心者のララにはワードが強過ぎたか。でも、マノンは少し目を輝かせていた。


「なぁおとーちゃん! おとーちゃんってギルドの一番上になったんだろ? 次は何目指すんだ!?」

「次……なぁ」


 きっとマノンは、魔王になると言ってほしいのだろう。昔、一歩ずつ進んでいく俺の背中が好きだと言ったことがある。俺に『頑張るおとーちゃん』でいて欲しいのだろうな。

 だからこそ、こう言ってやる。


「次は、オークゴッドかな?」

「はぁ? なんだそりゃ?」

「俺にもわからん」


 馬鹿みたいなこと言ってみんなで笑った。正直なところ、この笑顔さえ守れれば土木だろうが農夫だろうがもうなんでもいいのだけど、期待に応えたい父心なのだ。


 周りは魔王だなんだと規格外なんだ。

 男なら夢はでっかくってな!!


「ところでリノン、好きな子ってのはどういうことだ?」

「あや、え〜と……」


 そして、親バカなのは認めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る