二十二話 消極的鳥人間

「よし、やるぞ……」

「はい」


 リーシェッド城の地下室。広々とした空間に松明の怪しい灯りだけが揺らめく中、リーシェッドは両手を前に突き出した。


「【我問うは深淵不浄の迷人。怨嗟の呪縛を解き放ち、思念の槍を掲げ我の声に集え】」


 漆黒の炎が発現し、瞬く間に巨大な魔法陣が広がる。


「【地凱の門カオスロード】!!」


 リーシェッドの声と共鳴するように、魔法陣からおびただしい数のゾンビが出現する。死の淵に捕らわる呻き声は生者を求めて彷徨さまよい歩いた。

 大魔法が成功してホッと胸を撫で下ろすリーシェッド。しかし、その横で行儀よく立っていたシャーロットは血反吐を吐いて倒れてしまっていた。


「どうしたシャーロット?」

「今の……恥ずかしいセリフは一体……」

「闇の詠唱だが?」


 リーシェッドはマントの内側から人間界からの流れ書物を取り出して雄弁に語る。


「この『寝て起きたらファンタジーの大魔法使いの弟子の知り合いの弟になってた件について』という書物に書かれておったのだ。詠唱というのを口にすると魔法の制御が……」

「もういいです口を開かないでください」

「……徹夜で考えたのだぞ?」

「次やったら主従を解消して旅に出ます。二度と顔を見せないでください」

「カッコ良く出来たと思ったのになぁ」


 口を拭きながら立ち上がったシャーロットは頬を真っ赤に染めていた。渾身の出来栄えだと自負していたリーシェッドは面白くなさそうにゾンビ達を並べる。

 今回の侵略メンバーは三百。一回目と同じ量の魔石を使ったが、ちゃんと基本に習って上位アンデットを混ぜて編成していた。

 続いて、人間界へと繋がる【廻廊】を開く。


「か〜いろぅ♪」


 きゃる〜ん♡という効果音が付きそうなほど元気で可愛い猫ちゃんポーズで魔法を唱えるリーシェッド。そして、シャーロットは立ったまま気絶した。

 数秒の意識不明から立ち直ったシャーロットは、蛆虫を見る目をして主君の頭を掴んだ。


「ふぅ……いまのは?」

「この『魔法少女養成学校列伝』という書物に書かれておったのだ。正しいポーズを取ると魔法の制御が……」

「魔法少女じゃなくて魔王でしょうが!!」

「アッー!! アタマガツブレテ アッー!!!!!」


 骨がひび割れる音と共に、第三回侵略作戦が開かれた。




「「ふむむ……」」


 玉座の間に戻った二人は、聖杯を覗き込みながら難しい声を出していた。

 中に映された向こう側の光景。しっかりと夜に人通りの少ない場所へと召喚する事が出来たはずなのに、前回とあまり差がなくポンポンとゾンビ達が消滅していく。


「やはり数が多かろうと連携出来ないとどうしようもないのか。それに平民らしき人間まで銃を持っておるな?」

「前回と前々回で警戒されているのかも知れませんね。武器の所持を必須にしているのでしょう。それより……」

「あぁ、なぜ魔法を使わないのだ?」


 リーシェッドが召喚した上位アンデットは一番上で第六系位。そこそこの攻撃魔法が扱えるはずなのに、何故か執拗に接近しようとしていた。


「あ、撤退して来ますね」

「今回早いなぁ。また失敗かぁ……」


 成功法でここまで惨敗してしまうと打つ手はない。二人の話題はすでに次のバイトをどうするかで持ち切りだった。







「それで、こんな空の上まで飛んできちゃったのかい?」

「あぁ、随分探したぞ」


 縦に長い城の屋上。丸く広がるバルコニーのような場所でお茶を飲んでいた【烈王】ガルーダは背中を丸めてやや上目遣いで問う。

 ガルーダの治める国は他の領土とは少し勝手が違う。雲の上を宛もなくさ迷う超巨大浮遊生物エアロウッズの上に建てられた都市。元々エアロウッズと仲の良いガルーダの種族であるハーピーが間借りしていた場所だが、魔王になったから国民が必要だろうとエアロウッズの計らいによって開拓されたのだ。空を飛べる魔物なら誰でも住まう権利が与えられる。

 どこにあるかもわからない絶対要塞として名を馳せるガルーダ領へ赴いたリーシェッドだが、今回は仕事の他にも別の目的があった。


「ガルーダよ」

「なっ、何かな?」

「おいおい、話し掛けただけで驚くんじゃない。だから会議でも発言出来ないんだぞ?」

「ご、ごめんよ」

「悪いことしてないのに謝るなよ」

「ご、ごめん……」


 消極的で後ろ向きなガルーダはさらに肩身を狭くした。ミッドフォールの次に長寿であるのに、リーシェッドとしてもやりにくくて仕方がなかった。


「お前の民は、お前が生み出した魔石を貰ってこの場所を把握しているそうだな」

「……そうだね」

「それを我にも一つくれ。毎度三日三晩空を彷徨うのは骨が折れるのだ」

「もちろん、その程度なら……」


 ガルーダは常備している翡翠色の魔石をくっ付けたネックレスを彼女に渡すと、疑り深く質問した。


「これだけが、ここに来た理由じゃないよね?」

「そりゃそうだろ。用事があっても来られないから魔石をもらっただけだからな」

「じゃあ、目的は?」

「そう、非常に恐縮なのだが……」


 リーシェッドは姿勢を正して強く目を開く。


「ハーピーの秘術である【魔力結晶化】を教えて欲しいのだ」

「えぇ、駄目だよ」


 当たり前の即答である。魔力結晶化はいわゆる人工魔石の生成法。ハーピーの秘術と言われるだけあって極めることも困難な上、自然発生でしか得られない貴重な魔石を自身の魔力から作れるとなると、魔界のパワーバランスに揺らぎが出てしまう。ハーピー種のように消極的で超平和主義でなければ種族ごと根絶させられかねない代物だ。


「もう少し考える素振りを見せろよ」

「ん〜、駄目だよ」

「もう少し」

「ん〜〜〜〜〜〜〜駄目だよ」

「駄目かぁ」

「一つ条件があるんだけど」

「いいんかい!」


 とりあえず出来ないから入るガルーダであった。しかし大体は可能である。すでにガルーダは、それほどまでにリーシェッドを認めていた。

 従者に持ってこさせた仰々しい巻物を丁寧に広げたガルーダは、汚れがつかないようにリーシェッドの手渡した。


「これは、コルカドールへの書状か? 我に見せる物でもなかろう」

「リーシェッドは気になって勝手に見るでしょ? 中は汚して欲しくないんだ」

「…………確かに」


 リーシェッドの性格をよく分かっているガルーダであった。

 内容は聖王が扱う星魔法についてとお互いの兵に関する事が細かく記されていた。定期的に会議があるのにこうして個人でやり取りするのは、あまり口外したくない取り決めをしたい時だ。リーシェッドならば立場上口出しすることも出来るが、さほど大きな問題でもないので目を瞑ることにした。


「これを届けるだけで良いのか?」

「うん。多分コルカドールから頼まれ事をするかもしれないからそれもお願い出来る? 僕はあまり長くここから離れられないんだ」

「あぁ、お前の魔力を感じて民がこの場所に帰ってくるんだもんな。お安い御用だ」


 くるくると巻かれた書物をマントの中へ収納すると、リーシェッドはすぐに飛びさろうとした。その背中に向かって、ガルーダから最後の忠告が入る。


「リーシェッド」

「なんだ?」

「コルカドールのとこに行く前に、ミッドフォールからペティ・ジョーを借りて行くといいよ。僕が借りるつもりで話は通してある」

「ペティ・ジョー? あぁわかった」

「それと、キミの従者はラフィアが適任だと思う。間違ってもスケルトンは使わないでね」

「?? 注文が多いな。とりあえず了承した。ペティ・ジョーとラフィアだけ連れていこう。ちょうどその辺に飛んでるしな」


 多少の疑問を浮かべながらも、消極的な性格からくる完璧な計画を得意とするガルーダの言葉。その確実性を知っているリーシェッドは素直に従う事にして、屋上から飛び降りた。

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