十二話 蛇の道

 タルタロス城、玉座の間。

 予定のあった謁見をひとしきり終えたタルタロスは、重さの感じるほど低く深い息をついて物思いに耽っていた。そこへタイミング良く姿を現した炎の精霊は、タルタロスの前にひざまづいて頭を下げる。


「何の、用だ」

「突然の来訪失礼致します。一つご報告する為にやって参りました。恐らく、王が気に病まれている内容かと思われます」

「不死王、リーシェッド、か」

「はい」


 タルタロスは手を挙げ、内密に町の観測者として配置していた炎の精霊を立ち上がらせ、話しを続けさせた。


「今朝方、クインティプル冒険者のボルドンと合流したリーシェッド様とその従者二名が何やら不審な会話をされておりました。南部にて猛威を奮っているラグナ盗賊団から物品を奪うというもので……」

「やはりか、南部に、巨大な魔力。交戦を、開始した、わけだな」

「お気付きでしたか。いかが致しましょう。これまで避けて来られましたが、ギルドからクアドラプル以上の者を全て派遣すれば連れ戻すことも可能かと」

「よい」


 酷く疲れた顔をしていたタルタロスは精霊の提案を一蹴し、ゆっくりと立ち上がると玉座の間から出ていこうとする。


「どちらへ?」

「俺が、行く」


 タルタロスが感じた膨大な魔力。恐らくリーシェッドのものであろうその放出量は、彼の不安を豪雪ごうせつのように瞬く間に募らせていった。

 魔王であるタルタロスでさえ不用意に手を出さなかったラグナ盗賊団。彼らはリーシェッドが考えているほど甘い相手ではない。

 城の訓練所に辿り着いたタルタロスは、馬房の奥にある厳重な檻の鍵を開ける。その中のタルタロス専用戦闘魔獣、移動要塞と呼ばれる大型ゴーレムの希少種【グランドダイアー】に跨る。

 重厚な岩の羽を持つ気性の荒い怪鳥が瞬く間に飛翔し、その上の炎王は南を静かに見つめた。


「リーシェッド、お前、負けるぞ」


 ポツリと呟き、彼はラグナ盗賊団のアジトを目指した。







 リーシェッドが脳死の突撃に繰り出した結果として、誰も予想だにしない大成功を収めていた。


「くそ、どこから沸いて出やがった!」


 見張り番のリーダーらしき古傷だらけのワーウルフは憎々しげにリーシェッドを見上げる。それを全く気にすることなく取りこぼしがいないか辺りを見回すリーシェッドは、密かに焦っていた心を静かに落ち着かせた。


「ひとまず【奈落の腕】から逃れた者はいなさそうだな。大将に気取られた様子もない。良くやったココア。大儀である」

「カタカタカタ」


 骨姿に戻ったココアは腕まくりをして自分の功績に胸を張る。

 リーシェッドら三人が突然現れた事で、敵全員がそちらに集中した。その隙をついてココアが【静寂の狭間】という。音の消える空間魔法を展開。ココアの正体に勘づいた敵がまたココアを注目している間にリーシェッドの捕縛魔法【奈落の腕】が上手く全員を捉えた。骸骨の腕が地面から生え、一瞬の内に見張り番を地面に拘束することに成功。不必要な怪我人を出さずに事が運んだのはリーシェッドとしても望ましい結果であった。


「あっという間だったな。俺らの出る幕はねぇってか?」

「出来るだけ戦闘は避けたい。我らの目的は殲滅ではないからな」


 飛び出したのは良いものの全く活躍がなかったボルドンは肩透かしを食らった気持ちであった。

 そんなボルドンに遅れながら気が付いたワーウルフは、声色が僅かに揺らぐ。


「お前、クインティプルのボルドンだな……」

「だったらなんだ?」

「くそ、とうとう俺らを潰しに来やがったか。タルタロスの飼い犬が!!」

「あぁ? 何言ってんだお前。確かにタルタロス領のギルドに所属してるが、別に王の……」

「黙れ!! あんな愚王の領土でぬくぬくと生活しておいて、俺たちはあんな国に屈することはないぞ!!」

「話が見えねぇ……会話出来ねぇのはツレだけで十分だっての」


 苛立ちを通り越して呆れを感じるボルドン。その様子を眺めていたリーシェッドはワーウルフの目の前に手をかざすと、そのまま彼の意識を刈り取った。


「お嬢!! こ、殺したのか!?」

「眠らせただけだ。それより、我らはとんでもないモノに手を出したのかもしれんぞ」

「そりゃ豪傑の集団と言われるラグナ盗賊団だからな。こいつらはまだ雑魚だが……」

「そういう意味ではない」


 リーシェッドが顎で辺りを見渡すように指示すると、彼女らの周りで拘束されている見張り番達は酷く憎しみを抱いた目をしていた。中には、恐怖に怯える者までいる始末。


「慎重で真面目なタルタロスの政治に大きな間違いがあるとは思えんが、ここにいる奴らはそんな王でさえ殺さんばかりの恨みを抱えている。恐らく大将の洗脳か、あるいはそれに似た思想の盲信者達だ」

「馬鹿馬鹿しい。盗賊団なんてやってっからまともに生活出来ねぇだけだろ。自業自得を棚に上げてるだけじゃねぇか」

「言葉を誤るなよブタ」


 珍しくリーシェッドは、怒りでも悲しみでもない深い闇を孕んだ表情を見せた。それは決して、彼女のような少女が見せる顔ではない。


「間違えるな。コイツらは悪事を働いているが悪ではない。正義の形がその者の数だけ存在することを知っておけ」

「お、おう……」


 紛れもない、王としての言葉であった。


 見張り番のリーダー以外をそのままに、リーシェッドはアジトの奥へ足を進める。彼女の考えが上手く理解できないボルドンは、ただ後を追うだけしかなかった。

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