十三話 伝説の武神

 アジトの中は入り組んだ作りをしているものの、警備はそれほど多くなくレベルもほどほどだった。隠密おんみつの戦闘に得意なシャーロットを先頭に置くことで十分に攻略可能であり、一行は順調に奥へと侵入することが出来た。

 およそ一時間。慎重にアジト内を突き進んでいると、突然シャーロットの足が止まる。暗がりを越えた先に強い灯りが見えたところだった。


「やはり、そういうことか」

「どうしたんだ?」

「少し前から我らが侵入したことはバレておるようだ。この先の広間に相当探知能力の高い奴が待ち構えておる。そうだなシャーロット?」


 シャーロットはコクリと頷き、面白くなさそうな顔で銀のロッドを軽く振った。


「そりゃ、シャロ……シャーロットより強いって事か?」

「有り得ん事ではないな。シャーロットが強いと言っても魔王クラスではない。いくらでも上はいるだろう」

「……信じたくねぇ話だな」

「ブタ、もしかしたらお前を生かして返せんかもしれん。死にたくなければここで帰っておけ」


 生と死を操るネクロマンサーの家系であり、自身の経験から死の匂いに敏感なリーシェッドがここまで言ってしまうということは、虎視眈々こしたんたんと広間に鎮座ちんざしてただ待っている敵は桁外れの強さを持つという確信だった。

 魔力のセンスがほとんどないボルドンからすると何一つ気配を感じることも出来ない状況だったが、リーシェッドのその言葉の重みは嫌というほど理解していた。しかし、彼は引く素振り一つ見せずに豪快に笑う。


「お嬢、ありがとよ。これは戦士としての俺の我儘わがままだが、強え奴とは手合わせしたい生き物なんだよ。最後までお供するぜ」

「馬鹿者め。死んだら生き返らせてやるが、その姿を持って蘇生できると思うなよ」

「あぁ、母ちゃんにはイメチェンしたって言ってやるさ」


 せっかくの心遣いを馬鹿な理由で断られたリーシェッドは、鼻を鳴らして先陣を切った。

 広間に入った瞬間目についたのは、大量の炎のクリスタル。墓のある火山でしか取れないそれが規則正しく埋め込まれた光景は、妙に文化的な施設のような印象を与えた。

 何も無い空間の奥の壁に背をかけた大槍を抱えたまま座り込む者が一人。緩やかな笑みを浮かべる二本角の男はじっとリーシェッドを見つめていた。


「あ、あいつは……っ!」

「知り合いか?」


 ボルドンの顔色が急変する。その表情は、目の前にしてその存在が受け入れられないという畏怖。


「とんでもねぇ大物が待ち構えてやがった」

「さっさと説明しろ」

「アイツは元クインティプルの槍術士そうじゅつし。名をサザナミっていう伝説レベルの猛者だ。数十年前に死んだって聞いてたんだがな……」


 ボルドンが息を呑むと、それに合わせたように立ち上がるサザナミ。にこやかな表情を崩さず、友にするように手を広げて近付いてきた。


「わざわざ紹介ありがとう。手間が省けたよわっぱ

「ひ、久しぶりだなサザナミ。こんな所で何してんだ?」

「おや、少し見ない間に話し方が変わったかな? 時と共に童も成長しているわけだ」

「いつまでも子供扱いするんじゃねぇ!! 俺はギルド最強に名を連ねるクインティプルの戦士になった! お前と同じくな!!」


 妙に気を荒らげるボルドン。彼が冒険者としてスタートを切った頃には既にただ一強として名を馳せていた男が目の前にいる現実が、戦士としての血を湧き上がらせていた。

 ボルドンにとって、サザナミは憧れそのもの。新米だった頃に何度も教えを請う為に話しかけたが、その度にやんわり断られていたのだ。ただの他人ではない。力の象徴と再会出来た事に喜びを覚え、同時におそれも抱いていた。この男と、今戦えばどうなるのかと。


「落ち着けブタ。あまり不用意に近付くと気付かぬうちに首を跳ねられるぞ」

「ぐ……、わ、わかってる!!」


 リーシェッドが身体を挟み込んで、ようやく自分の足が前に進んでいたことに気付いたボルドン。その光景に、サザナミは愉快そうに頬を緩めた。


「ふふふ、お嬢さんは見かけによらず数多の修羅場を潜り抜けているみたいだね。この中では飛び抜けて力を持っているようだ」


 何の挙動もなかった。

 ただ話していただけかのように思われたサザナミの槍が、いつの間にかリーシェッドの首筋に当てられていた。遅れて気付いたシャーロットとボルドンはすぐさま間に滑り込み、サザナミの槍を弾く。


「て、てめぇ!!」

「やめないか。殺気もない一撃だ。こいつなりの挨拶なのだろう」


 今度は高らかに笑うサザナミ。その様子をただ黙って見つめるリーシェッドの瞳は、深海のように深く静かであった。


「はははっ! 強いねお嬢さん! 失礼、名を聞いてもよろしいかな?」

「リーシェッド。アンデットの王だ」

「へ〜、何度か聞いたことがあるね。子供ながらに魔神を討伐した七賢王が一人。不死王様が僕の相手をしてくれるのかな?」


 サザナミが構える。大槍を頭の上に持ってくる上段の構えは、彼本来の攻撃体勢だ。

 リーシェッドは肩を竦めて背中を向けると、最後方のココアの隣に立って腕を組んだ。


「我はやらん。お前の相手をするのはそこのメイドとブタだ」

「おや、いいのかい? この二人で勝てるとは思っていないだろう。せめてそちらの目の良いスケルトンが相手なら僕の攻撃に対応出来るかもしれないのに」

「お前、三番目だろう? ココアはそちらの副将を相手させねばならんしな。我は大将をやる」

「…………どこまで見えているのかな?」

「この近さだ。あと何人控えているかくらい分かるわ」


 サザナミの笑みが消える。それは落胆の瞳だった。


「ふん、無駄に死者を増やすか。アンデットの頂点もまた、愚王だったわけだね。残念だ。お引き取り願おうと思ったけどここで全員始末させてもらう」

「やってみろ。傲慢なロートルめ」


 リーシェッドは聞く耳持たずと耳の穴をほじった。先程の攻撃をリーシェッドと同じく目で追っていたココアはマイペースに次の戦闘に備えてトンファーを磨き始める。

 名指しを受けたボルドンとシャーロットはそれぞれに武器を構え、サザナミから目を外さないように集中する。


「シャーロット、油断するなよ」

「わかっております」

「おわ、声戻ってたのかよ」

「状況が状況ですからね。悔しいですがのど飴を使用致しました」

「何の悔しみ!?」


 ラグナ盗賊団アジト。序列第三位のサザナミを迎え撃つシャーロットとボルドン。

 人知れぬ山の中、上級魔族同士の衝突が幕を開けた。

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