十一話 作戦などない
「お嬢、これ以上の接近は危険だ」
「む、もう着いたのか?」
タルタロス城下町から歩いて五時間ほど、南の森の入口に立った所でボルドンの静止が入る。最後方のココアは前を歩いていたシャーロットに追突してポコンっと姿を変えてしまった。
「いや、もう少し森を進むんだが……」
「なんだこれは、魔法陣か?」
森に一足踏み入れた辺り、古びた黒い灰で描かれた魔法陣らしき模様がライン状に引かれていた。それはどこまでも続いていて、
「以前はこんなもんなかったんだが、奴らも縄張りを広げてるってこったな。厄介だぜ」
「ほー、ふーん」
「おいお嬢、あんまり近付くな。どんな罠かわかんねぇぞ」
しゃがんでじーっと見つめるリーシェッド。その横で同じくしゃがんでリーシェッドの真似をするシャーロット姿のココア。隣にミニサイズのメイド長がいることに気付いたリーシェッドは、軽くデコピンをして変身を解かせた。
「何遊んでんだよ」
「別に遊んどらんわ。それよりシャーロット、これはお前ならどうにかなるだろ」
コクリと頷いたシャーロットはリーシェッドの隣に立つと、雑な動きで魔法陣の描かれた土を蹴り飛ばした。
「な、何してんだ!? 気付かれてぇのか!」
「よし、解除出来たな」
「????」
シャーロットの蹴ったところから魔力が消失し、魔法陣はその効力を無くした。
何が起きたのかわからないボルドンは、慌ててその場所に手をついて調べ始める。
「これは……器用に一本の線だけ消したのか?」
「シャーロットはこういう細かいの得意だからな。意外と博学な奴だろう?」
「解除が
毎度驚いている場合ではないのだが、アンデットのトップ層は一々やる事が派手で心が持たない。そうボルドンが心労しながら立ち上がると、シャーロットは無表情ながら誇らしく親指を立てた。
「あぁ、そう言えばシャロンには昔から驚かされてたな」
「…………」
「それにしても今日はやけに静かだなシャロン。流石のお前でもラグナ盗賊団相手で緊張してんのか?」
「…………」
ボルドンの問い掛けにも一切返事をしないシャーロット。彼がわけも分からず首を傾げていると、先に森へ入って道を作っていたリーシェッドは背中越しに返事を代わる。
「シャロンは……そろそろ真名で呼ぶぞ面倒臭い。シャーロットは昨日風呂で歌い過ぎて喉を壊したのだ。放っておいてやれ」
「え、普段そんなゴキゲンな性格なのか」
「いや、我と歌勝負をしていたら白熱してしまってな。我が勝つまで風呂から上がれないルールにしてやったのだ」
「それで喉潰すまで出られなかったのか!? ワザと負けりゃいいのに大人気ねぇにも程があるだろ!」
昨晩の連勝を思い出してか、シャーロットは満足そうに微笑んだ。逆に思い出し不快を味わったリーシェッドは舌打ちをして森をずんずんと進んでいく。
リーシェッドと役割を代わって先頭を突き進むボルドンは、その大きな手足で効率よくけもの道を切り開いていく。ぼんやりと後ろを歩くリーシェッドは、従者が二人とも喋れないので実に暇そうであった。
「ココアー、しりとりでもするかー」
「カタカタカタ」
「『タ』か。た、た、怠惰なブタ」
「タカタカタカ」
「『カ』〜、海王セイラ……の配下」
「カタカタカタ」
「また『タ』か〜……」
「お嬢、その一人遊び虚しくねぇか?」
見ていられなくて口を挟むボルドン。まるで木に向かって友達に話しかける練習をする我が子を眺めている気持ちだった。
しかし、話しかけられて嬉しそうなココアを見ると、邪魔をするべきではないかと迷いを重ねるボルドン。そんなこんなをしていると、あっという間にアジト前までやって来てしまった。
身を低くして様子を見る事にした一行。魔法陣が機能していないことにもう気が付いたのか、ボルドンが知るよりずっと多くの見張り番がウロウロと歩き回っている。
「さて、ここからどうするかだな」
こちらにはクインティプル相当が三人に魔王までいる。いくらでも攻めようはあるが、相手の戦力が全く読めない。
ラグナ盗賊団の厄介な所は、リーダーがリザードマンという情報しかない事だ。後は大雑把に「数がかなり多い」程度の噂しか立っておらず、現在どのレベルが何人で構成されているのかは誰も知らない。他の盗賊団と違ってテントではなく山を掘って作られたアジトを見る所、規模は数百から千を覚悟する必要があるだろう。
「作戦立ててないのかブタ」
「お嬢が持ってきた仕事だろ? そっちこそ何か勝算があって来たんじゃねえのか?」
「殴れば終わりかなぁと」
「見通しが甘いどころか何も見てない発言どうもありがとう……」
敵前まで来て
警戒を怠らず、いくつもの案をその場で練っていくボルドン。しかし、その苦労も虚しく痺れを切らしたリーシェッドは全てを否定した。
「回り込んだりコソコソしたり、お前は小動物かブタ」
「待て待て、もう少しで完璧な作戦に仕上がるだろ」
「まどろっこしいわ。ココア、敵に化けて全員別の場所へ誘導してこい」
「そんな適当な…………いや、名案か?」
思い付きにしてはなかなか手堅い。ボルドンも反論しずらくなって唸る。
その隙に敵の門番であるワーウルフに化けたココアは走って敵陣の真ん中へ。息を切らせて地面に膝をつくと、明後日の方向を指差して敵の襲撃を伝えようとする。怪我をしたフリまでする完璧な演技であった。
「おい! 大丈夫かお前!」
「…………っ!」
「何があった! あっちに敵でも見つけたのか!?」
「…………っ!」
「どうした、何故話さない……ん? こんな小さな奴いたか? 年齢制限に引っかかってそうなものだが……」
「おいどうした? なんだこの子供は怪我してるのか?」
追い払うどころか、辺りの警備がぞろぞろと集まってしまい。演技の甲斐なく入口を塞ぐほどの団体でココアを心配し始めた。
「何やっとるんだアイツは」
「いや、喋れねぇならそうなるわな……」
「ええい! 仕方ない突撃するぞ!」
「やっぱそうなるのかよ!!」
草むらから魔王が飛び出した。
敵としては絶対に経験したくない戦闘が幕を開けるのであった。
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