十話 我の側近が弱いわけなかろう
力試し。ボルドンが決めたルールは、お互いの攻勢が一方的になるか負けを宣言した瞬間に決着とし、ココアが負ければパーティーを抜けてもらう。ボルドンが負ければココアに何かをプレゼントするというものだった。
「いいかお嬢。ちゃんと壊れないうちに止めろよ?」
「お前……そんなにココアが怖いならやめておけよ。流石に手加減させるぞ? 」
「俺の心配じゃあねぇよ!?!?」
そんなやり取りの横で、準備万端なココアはぴょんぴょん跳ねていた。大きな革手袋を装着して、その手にはトンファーが握られている。
乗り気ではないが下手な手加減も出来ないボルドンは、普段使いの大斧を地面に置いて、小回りの効く片手斧を両手に持つ。スピードのありそうなココアに対応するためと、メイン武器より事故が少なそうだと判断したからだ。
両者が向かい合い、リーシェッドの声で火蓋は切って落とされた。
「はじめっ!」
「ぐぅっ!?」
声と共に先手を取ったのはココア。その突進速度はボルドンの想像を軽々と越え、彼が反応出来たのは顔面を殴られた後であった。
もう一撃顔に食らう前に何とか振り払ったボルドンだが、ココアの猛攻は続く。距離を取ったかと思えばいつの間にか懐に潜り込まれ、腹部や足に数発打ち込まれていた。幸い鎧を貫通する攻撃力を持っていないのでダメージはないが、生身に当たると確実に体力を削られる一撃だ。
「くそ、速いじゃねぇか」
「カタカタカタカタ」
「何言ってんのかわかんねえよ。たぶん謝ってるんだろうけど、よ!」
ボルドンの足が荒れた大地にめり込む。その部分から広がるように地面が割れ、あっという間にココアの足元を崩した。
その隙を見逃さず、自慢の剛腕で片手斧を投げつける。直撃したココアは岩陰に身体を投げ出され、ボルドンの視界から消えた。
「ほう、やるなブタ」
「当たった!? おい! あの子は大丈夫なのか!」
「何を言っておるのだ?」
予想外のヒットでリーシェッドに審議を委ねたその時、ボルドンの背後から小さな影が落ちる。振り返ると、ココアが手の届く距離まで飛んできていた。
「ちゃんと受け流しておったろうに」
「うぉおおおおおお!!」
顔を掴まれたボルドンは、そのまま宙で三回転して投げ飛ばされた。巨大な体躯を持って戦ってきた彼は投げ飛ばされた経験が余りにも少なく、ダメージというより驚きに身体を硬直させた。それこそ、通常ドラゴンやイエティなどを相手にしないと起こりえない事だった。
硬直を期に追撃の乱打を放つココア。しかし、ボルドンは歴戦の冒険者。一度受けた有効打は許さず、その全てを打ち返した。
ココアのスピードに追いつくほど軽やかに動けるはずはないと、リーシェッドは目を凝らしてボルドンを凝視する。彼の身体に薄い魔力の膜が張っていることに気が付いた。
「ブタ、お前身体強化の魔法を
「流石に気付いたか。俺はこの魔法しか使えねぇがよ、急に強くなったように見えて敵を欺くには持ってこいなんだ」
「ふむ……大したものだな」
実際、リーシェッドも騙されていた。発動のタイミングも分からなければ、集中しなければ見えもしなかった。それほどまでに熟練された基礎魔法だ。効果も通常より遥かに高い。
格闘主体の反撃でココアを押し始めたボルドン。彼の地力を見直したリーシェッドは、ここでココアに一つの指示を出した。
「ココア! 魔法を使ってよいぞ!」
「…………え?」
「なんだブタ。気付いていなかったのか? アイツは根っからの精霊魔術師だぞ」
知らぬ間に距離を取っていたココアは、宙に浮かんで両手を広げる。辺りの小石や草花が不自然な
精霊魔術師とは、簡単に説明すると最高位の攻撃型魔法使いだ。聖域や影などの特殊魔術を除いた自然系魔術を全て使いこなし、土地に合わせてそれぞれの精霊から力を借りる事で一時的に適正値を底上げしてしまう歩く大型砲台。
ボルドンは息を飲み、その様子に魅入ってしまっていた。山に住む雷の精霊を宿したココアは、瞬く間に雷龍を生み出し周囲を漂わせていた。
そして、彼が何より驚いたのは。
「お嬢が……二人?」
ココアの魔力がある一定を越えたことで、剥き出しの骨は生身の肉体に変質していた。その姿はリーシェッドに瓜二つ。そう遠くない距離なのに全く見分けがつかなかった。
リーシェッドの姿をしたココアに冷たい目で見下され、ここでボルドンは両手を上げてリタイアを申し出た。
「降参、俺の負けだ」
「よいのか? ココアの雷撃を受ける機会など滅多にないぞ?」
「その冗談は趣味が悪いぜ。あんなの受けたら消し炭になっちまうよ。この鎧、伝導率がいいもんでな」
「ふん、引き際を知っているブタはつまらんなぁ」
敗北に軽いショックを受けたボルドンは座り込み、それでもどこか晴れやかな気分であった。クインティプルになってから負け無しの彼は、リーシェッドと出会ってから敗者の気持ちばかり味わっている。それがまた、まだ上があるのだと彼を奮い立たせるきっかけとなっていた。
リーシェッドの手招きで地上に降りてきたココアはスケルトンの姿に戻っていて、ボルドンの脇に膝をついてせっせと彼の手当てを始めた。
「良い子なんだな。もしかしてお嬢の双子か何かか?」
「そんなわけなかろう。我は一人っ子だ。ココアはな、スケルトンというかドッペルゲンガーなのだ」
「ど、ドッペルゲンガーだって? あの作り話の魔物か?」
魔界のどこへ行っても、ドッペルゲンガーはおとぎ話として語り継がれている程度の存在だ。こうして実在していることは、リーシェッドとシャーロットの他に知る者がいなかった。
「あぁ本物だ。ココアは珍しいドッペルゲンガーの不死者。スケルトンとして蘇ってしまったみたいなのだ。未だ不明な点も多いがひとつ分かったのは、ドッペルゲンガーは声が出せない」
「声帯がねえのか」
「そうだ。見ての通り感情は豊かだがな。魔術の才は種族値の高さなのかココア自身のものなのかわからん。わからんが、強くて化けられるから影武者に育ててみたのだ。途中で、不死の我に影武者はいらんことに気が付いて掃除係に回したのは割と最近のことだ」
「本当、お嬢の抜け具合が酷ぇ……しかし、どうやってココアがドッペルゲンガーだと分かったんだ?」
リーシェッドはおもむろにココアを抱き締めて、そのまま目を合わせてみた。すると、ポンと音を立てて二人目のリーシェッドが現れた。
「お、魔法使わなくても変身するんだな」
「まぁ見てろ」
リーシェッドはそのままシャーロットを指差し、ココアの視線を誘導する。二人の目が合った瞬間、今度は小さなシャーロットに化けてしまった。
「このように、ココアは好きな人についその場で化けちゃうのだ。可愛いだろ?」
「いや、まぁ……うん」
影武者も抜けてるのかよ、とは口に出さないのが一流の戦士だと信じることにしたボルドンであった。
「ブタ、負けたのだから今後は『ココアたん』と呼べ」
「んなっ! 出来るわけねぇだろ!!」
「お前勝ったらココアをのけ者にしようとしていたくせに、無様に負けといて物買うだけで済むと思っていたのか?」
「…………」
全く反論出来ない。当人のココアも身振り手振りで「もういいよ」と伝えようとしてくるもので、ボルドンの罪悪感が一気に振り切れてしまった。
「よろしくな…………ココアたん……」
そして、ようやく出発した一行であった。
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