九話 心配性なブタだな

 セイラの依頼を無理矢理受けることに成功したリーシェッドは、その足で再びタルタロス領を訪れていた。

 ギルド兼酒場にて待っていると、そこに黄金の鎧を纏った大柄な男が近付いて来た。


「お、よく来たブタ。元気だったか?」

「まぁな。ずいぶん早い再会だったなお嬢。案外魔王ってのも暇なもんなんだな」


 クインティプルの冒険者ボルドン。彼は呼び出された嬉しさの隅に少しの呆れをその顔で表していた。何せ、他国の魔王と会う機会などあと数十年は先の事だと思っていたからだ。


「お前、我の舎弟になったのだろう? 仕事なのだから手伝え」

「舎弟じゃねえ! 仲間だ!」

「どっちでもよいわ。とにかく向かう場所が場所だけに多少戦力になる奴が欲しかったのだ」


 足組み腕組みの偉そうスタイルで言われたが、ボルドンにとって満更でもなかった。かの不死王に戦力として評価されるのは戦士としても鼻が高い。

 ひとまず対面に座ったボルドンは、リーシェッドがこれから行う予定を聞く。


「これから向かうのはタルタロス領の最南端。その少し外側に位置する。この地に住んでいるお前ならどんな場所かわかるだろう」

「あぁ、はぐれリザードマンが大将のラグナ盗賊団のアジトって事だよな」


 規律に厳しいタルタロス領だが、そこに住まう全ての魔物が納得して生活しているわけではない。荒くれ者はギリギリ領地に入らない場所で非人道的な生活を送っている。ラグナ盗賊団はその中でも大きな組織の一つで、武闘派集団を名乗っている。実力は折り紙付きで、クインティプルの冒険者と言えど簡単に手を出したりはしない。タルタロスですら下手に刺激をしないように接触を避けていた。火の粉は民に降りかかるからだ。

 しかし、他国のリーシェッドには関係ない。彼女は特に気にした様子もなく話を進めた。


「そいつらが所持している『珊瑚さんごのペンダント』という装飾品を奪いに行こうと思っておる。依頼を出したのは元の持ち主であるセイラ領の民だ。何でも家宝だったそうだな」

「それは理解したけどよ……相手が悪くねえか? 報酬はなんだよ」

「あ…………」


 リーシェッドは考えてなかった。Aランクのこの依頼を完了すれば彼女には魔石が手に入る可能性がある。しかし、金銭を断ったリーシェッドのせいでボルドンに支払う報酬が全くないのである。

 頭を捻る詰めの甘い少女。ひり出した答えは酷いものであった。


「わ、我が名前で呼んでやろうか?」

「そりゃ………………悪くねえな」


 ボルドンは馬鹿ではないが、情に弱かった。

「よし、決まったところで早速この四人で出発するぞ。さっさと支度しろ」

「まてまて、四人ってなぁどういう事だ?」


 ボルドンの目にはその場に四人いるようには見えなかった。リーシェッド、何故か黙りこくっているシャーロット。そしてボルドン。朝方ということで近くに客もいない。

 すると、リーシェッドは窓の外を指差す。そこには顔だけひょっこり出している小さなスケルトンがいた。


「紹介しよう。我のお小遣い管理と風呂掃除を担当しているスケルトンメイドのココアだ。可愛い女の子だぞ。骨だけど」

「…………」


 呼び出されたと勘違いして店に入ってくる小柄なスケルトン。お洒落さんなのか赤いシャツにショートサロペットを着用していて、シンプルなブラウンブーツとベレー帽まで被っている。普段メイド服だけしか許されていないので気合が入っているようだ。

 ココアはお辞儀をするが、驚きを隠せないボルドンは口を開けたまま立ち伏せていた。


「どうしたブタ。可愛すぎて惚れたか?」

「お嬢……俺は『子供を連れていかない』と前に言ったと思うんだが」

「言っていたな」

「だったらなんで連れてきちまうんだよ……やめてくれよ本当によ〜」


 一度味わっているだけにキレることはないが、それでもリーシェッドよりやや小さなスケルトンを前にすると頭が痛くなった。

 何を言おうとリーシェッドは聞く耳持たない。この短い付き合いでそれを悟ったボルドンは、せめてもの抗いとして一つ提案した。


「この子の、力だけ試させてくれ」

「別によいが、それはすぐに済むのか?」

「あぁ、たぶんな」


 ボルドンは決意した。一瞬で決着をつけてお引き取り願おうと。申し訳なさそうにカタカタと口を動かす大人しそうなスケルトンを守ろうと。

 ギルドから出た四人は、町外れの何も無い場所を探して歩き始めた。

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