第35話 queue du mademoiselle

 大丈夫かな、ウチのお嬢様。売られたケンカを買ったりしな……。

 あ、この感じ……。来ちゃったよ。ウチのお嬢様が。


『せっかくマティルデ”様”が、かけらもないほどこしの御心みこころを絞り出してご馳走して下さったのに、ここで返礼しなければジェノバ家の名折れですわ』

 うん、めっちゃ失礼な物言いなのは私でもわかるわ。


『ブランデーベースのカクテルをちょうだい致しましたので、こちらもお返しにブランデーベースのカクテルを差し上げますわ。ハヤブサ様、『カフェ・ロワイヤル』を三つ、お願いできますか?』


「かしこまりました、マルゲリータ様。少々お待ち下さいませ。カルラ、カフェの準備を。三人分だ」

「は、はい!」

 カフェ……ロワイヤル? カフェってコーヒーの事だよね。織音さん、コーヒーを入れているし、コーヒーのカクテルかな?


 ”シャカシャカ”じゃなくて白のカップにコーヒーが注がれると、隼さんは先にフックのついたスプーンをカップに引っかけて、まるで吊り橋のように置いた。

 そしてスプーンの腹の上に角砂糖をのせて、私たちの前にソーサーごとカップを置くと、さっき使ったヘ○シーのブランデーを角砂糖の上に少しずつ注いでいく。


「失礼します。お気を付け下さい」

 隼さんが”シュッ!”っとマッチをすると、角砂糖に近づけた!


”ポッ!””ポッ!””ポッ!”


 スプーンの上で揺れる、ブランデーと砂糖の炎。ブランデーとカラメルの香りが私たちの鼻をくすぐってくる。

 ってぇ! これもどうやって飲むんだよぉ!


『さぁマティルデ”様”。どうぞお召し上がり下さいませ』

 マルゲリータのいやらしい笑みに、マティルデお嬢様は、まるでガマみたいにコーヒーカップをにらみつけながら脂汗を流している。

「あ……」

 織音さんが何か言いかけたところ


『織音様、下手にお口を挟みますと、淑女に恥をかかせることになりますわよ』

「は、はい」

 意地悪マルゲリータの声に織音さんは口を閉じ、隼さんも我関われかんせずを貫いている。


『え、これってぇ、普通にこうすればぁ……』

 戸辺さんから奏でられる、空気を読めない口調はマリーさん?

 どことなくブリッ子(死語)口調なのは気のせいかな。 


 マリーさんはスプーンをつまむと、燃えている角砂糖ごと、スプーンをコーヒーの中に沈めてかき混ぜた。

『頂きまぁす……あ、カクテルってぇ甘い物と思っちゃいますけどぉ、コーヒーの苦みとブランデーの風味がいいですねぇ。なんかぁ、大人のカクテルぅって感じですぅ』


”チッ!”


 ヲイ、マルゲリータお嬢様、なに人の唇で舌打ちしているんだよ。


『よ、よくできましたわマリー。貴女がちゃんとできるか、わたくしは待っていましたのよ』

 マティルデお嬢様は満面の笑みを浮かべてマリーさんに倣っている。

 ヲイ、マティルデお嬢様、顔中からにじみ出ている、そのガマの油は何だ?


 カップから唇を離したマリーは

『フゥ……じゃあ今度は私の番ですね。名前を言っちゃうとぉ、わかっちゃうかもしれませんからぁ、ハヤブサ様ぁ、ちょっとお耳を拝借できますかぁ?』

「かしこまりました。マリー様」


 隼さんは右耳を差し出すと、マリーさんは唇を近づけた。

 ヲイ、かなり近いぞ。ひょっとしてわざと……。コイツ、策士だな。

 ってぇ、カクテルの名前を言うだけなのにぃ、いつまで唇を近づけているんだよ!


「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」

 隼さんは私たちの前にコースターを三つ並べ、その上に小さく細長いグラスを置くと、あれってこの前『マルゲリータ』を作った時のテキーラだよね、それを指一本分グラスに注ぐ。

 次にジンジャーエールを同じぐらい注ぐと、ライム果汁を少し垂らした。


「どうぞ、お召し上がり下さいませ」

 ええ? これだけ? これってぇ普通に飲んじゃいけないの?

『どうしましたマティルデお嬢様ぁ、マルゲリータ様ぁ、早く頂きましょうよぉ』

 グラスを前にガマの油をにじませる淑女二人。


(ちょっと貴女、これってどう飲むかご存じ?)

”私がわかるわけないでしょ!”

(はぁ……聞いたわたくしが愚かでしたわ)

 おそらくあちらも同じようなやりとりをしているんだろうな。


 マリーさんは首を左右に振り、ガマの油と化したダブルお嬢様を眺めながら、悪魔のように唇の端をつり上げている。

 ヲイ、ダブルお嬢様、あんたら前世や前々世や前々……世でマリーさんに何をしたんだよ!


「いかがなさいましたか? 早くお召し上がりにならないと、炭酸が抜けてしまいますよ」

 隼さんもわかっている風に、悪魔の笑顔をしてダブルお嬢様に催促している。


『仕方ありませんねぇ。お二人に伝授してさしあげましょう』

 マリーさんは手の平でフタをするようにグラスを持つと


”トンッ!”


 グラスの底をコースターに叩きつけたぁ?

 一瞬で炭酸の泡がグラスを満たすと、泡ごとカクテルを一気に体へと流し込んだ。


『ッハァッ! 『ショット・ガン』、一度やってみたかったんですよぉ』

 すぐさま隼さんがおしぼりを差し出す。

『ハヤブサさまぁ、ありがとうございまぁす』


 ダブルお嬢様は同じように手の平でフタをしてグラスの底をコースターに叩きつけると、一気に飲み干した。


 マルゲリータお嬢様は

『ま、まあまあね。そういえばカウ・ボーイ風情が飲んでいるのを見たことあるようなないような……』


 マティルデお嬢様は

『ふ、普段はこんな野蛮な飲み方は致しませんけど、な、何事も経験ですわ』


 ダブルお嬢様は、隼さんから手渡されたおしぼりで手を拭くと

『『オホホホホホ!』』

 店内に高笑いを轟かせた。

 お嬢様って手の甲を口元に当てて笑うのを漫画で見たことあるけど、リアルでやる人を初めて見た。

 

 そしてそれを自分の体で行うとはね……。

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