File-02 英雄の戦線復帰

第14話 予感

 停電は長く続かなかった。

 すぐにパチンと音が鳴って、照明が回復する。

 スクリーンの映像も再読み込みが走り、元通りに画面が表示された。


「……市内に悪魔イービルの侵入を確認。第一発電所が悪魔の攻撃によりダウン。第二発電所に電力供給の切り替えを指示、第二発電所の電力供給まで約四十分掛かる予定。ここクラウドタワーは非常用電源で電力を復旧しました。非常用電源は約一時間保つ予定です」


 忙しなく状況を確認したオペレーターが、事実だけを淡々と報告した。

 そういえば俺が今いる建物は、クラウドタワーというらしい。今の報告でわかった。

 報告を聞いた夏見が顎を撫でながら思案する。


「クラウドタワーの自家発電システムをチェックしてくれ。三十分間は非常用電源、それ以降は自前の電力で最低限の設備のみ稼働させる。最悪の事態に備えて非常用電源は節約しよう」


 最悪の事態、それは市街地が破壊されて、この建物に市民を避難させての籠城戦をさしているのだろう。

 隔壁を突破された今、そういった最悪の事態になる可能性もある。


「外の隔壁はどんな状態だ?」

「破壊されてはいないようです。あの飛行魚悪魔マンタレイは、隔壁を無いもののように、すり抜けているのかと……」

「市内の様子は?」

「被害は第一発電所周辺に集中しています。市街地には敵影無し」


 随分、計画的な襲撃だ。

 動物のように散発的に波状攻撃してくる訳ではなく、何か目的を持ってピンポイントで攻撃してきているように見える。


「司令、俺は第一発電所に行きます!」


 隣に立っていた博孝ひろたかが意気込んで言う。

 しかし夏見は首を横に振った。


「いや……北条君のアサルトセクション第二チームは、第二発電所に向かって欲しい。神崎、北条君と一緒に行ってくれるか?」

「俺?」


 突然、話を振られて俺は困惑する。


「アサルトセクション第一チームは隔壁防衛、第三チームは第一発電所で対応してもらう」

「この直情型馬鹿ひろたかを、わざわざ第二発電所に回すのは何か意図が?」


 これまでのやり取りから、博孝は猪突猛進タイプだと分かっている。

 俺の歯に衣着せぬ物言いを聞いた周囲の連中はぎょっとした。

 夏見と俺の間じゃ、こんな会話はよくあることなんだけどな。


「念のため、だ」


 夏見は苦笑して言葉を濁す。

 その表情や声からは、昔を懐かしんで面白がっている様子も伺えた。


「ふーん」

「行きましょう、神崎さん」


 やり取りが面倒になったのか、博孝は抗議を諦めたようだ。

 それよりも早く現場で戦いたいと顔に書いてある。

 夏見に軽く頭を下げて部屋を飛び出す博孝を、俺は慌てて追った。


「待てよ」

「何ですか?! 俺たちは一刻も早く第二発電所に行かないと!」

「予備の上着貸してくれないか。あと、トイレどこ?」


 仕事の前にトイレ行くのは常識だろ。何、違う?

 呆れた顔をした博孝を伴って、俺は手洗いへ向かった。




 クラウドタワーを出たところで、博孝の仲間が合流してきた。

 やたら体格の良いおっさんは竹中東吾たけなかとうご、三つ編みにピンクのリボンを付けた少女は荻原おぎわらみつる、という名前らしい。あと一人仲間がいるらしいが、そいつは事情があり合流に間に合わないそうだ。

 竹中とみつるは、イズモCESTの上着を借りて適当に羽織っている俺を興味深そうに見た。

 説明しなくても雰囲気で一緒に作戦行動すると悟ってくれたらしい。


「旦那、大型車両の運転免許証は持ってるか?」


 竹中は俺に「旦那」と呼びかけてきた。

 運転免許証? 昔は仕事で必要だから持っていたけど、ここイズモで通用するかどうかは別問題だ。それに十数年のブランクがある。


「あー、俺はここ十年くらいハンドル握ってないから、安全運転は保証できん」

「なんだ結局、運転手は俺だけか」


 このメンバーで車の運転ができるのは、竹中だけらしい。

 第二発電所まで自動車で移動するようだ。

 この間に見た朱塗りの支援車両は出払っているらしい。

 適当な軽トラックを借りて移動を開始する。


 竹中はトラックを運転し、俺たちは荷台ですぐに悪魔と応戦できるように準備を整える。

 と言っても、俺は武器は亜空間に保管しているので空手だし、博孝は黒麒麟ナイトジラフの刀一本と拳銃を装備するだけ。みつるは非戦闘要員だ。


「神崎さん……」

「お前がチームリーダーなんだろう。俺は特に問題なければお前の指示に従う」


 博孝が何か言いたそうだったので、俺は先回りして不安を解消してやった。

 俺が先輩面せんぱいづらをして指示をしだすと博孝の仲間は困るだろうからな。

 博孝は安堵したようだ。

 ノートパソコンを膝に載せながら、トラックの進行方向を見ていたみつるが声を上げる。


「あれが第二発電所……あ!」

「どうしたみつる?」

飛行魚悪魔マンタレイが!」


 夏見の「念のため」の予測は当たったらしい。

 遠くに見える第二発電所の建物に、ふらふらと飛ぶ悪魔が近づいている。

 俺たちが第二発電所に乗り込むより敵の方が早そうだ。


「くそっ」


 博孝が毒づく。


「これじゃ間に合わない……!」


 俺は低く笑った。博孝は忘れているらしい。


「なあ北条、俺の役割と武器は何だっけ?」

「え?」

「あ! 神崎さんは……」


 博孝は驚いた顔をし、みつるは口元に手をあてる。


「第一次EVEL対抗部隊の、狙撃手スナイパー


 その通りだ。武器は銃じゃなくて弓だけどな。

 遠距離攻撃が得意なのは間違いない。


「さあ、指示しろよ、リーダー」


 含み笑いをしながらせっつくと、博孝は意を決したように俺に言った。


「奴らが発電所を襲う前に、撃ち落としてくれ、神崎さん!」

「了解」


 俺は亜空間に保管している漆黒の弓を取り出し、赤い光の矢をつがえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る