第13話 襲撃

 腕に白髪の少女を抱えて、俺はガラスの向こう側で様子を見ていた夏見たちを振り返る。

 夏見は平静そのもので微笑さえ浮かべていたが、隣に立つのぞみは驚愕しているようだった。夏見が何かを話した後、モニター機器の前に座る白衣の男がボタンを押す。

 ドアが開いた。


 たぶん悪魔になりかけの少女は閉じ込めておきたいだろうな、と分かっていたが、俺はあえて彼女の身体をガラスの敷居を越えて運び出す。

 夏見は止めなかった。


「……神崎。その子をどうするつもりだ?」


 問われて、少し考える。

 彼女は人間に戻りたいと言っていた。

 だから俺はちょっとした裏技を使って、彼女を人間に戻してやった。


 さて、身体はほぼ人間に戻ったが、彼女は人として生きていけるだろうか。

 結論から言うと、かなり難しい。

 彼女は人間を憎んでいる上に、悪魔になる寸前だった彼女を受け入れてくれる場所は少ないと思われる。


「夏見さんが保護してくれるつもりじゃなかったのか」


 そもそも「救ってやってくれ」と頼んだのは夏見だ。


「もちろん、保護するつもりではいるよ。だが、いつ悪魔になって人を襲うか分からない子供を、一般人と同じようには扱えない。神崎、お前が側について、その子が暴走しないように面倒を見てくれるなら別だが」

「はあ。やっぱりそれが目的かよ」


 俺は床に膝をついて少女を抱えながら、空いた手で頭をかいた。

 夏見は最初から「イズモに長期間滞在してほしい」と俺に言っていた。その口実を作るために、俺に彼女を救うように仕向けたのだ。


「この子と一緒に東京に戻る、って選択肢もあるんだぜ」

「それは困ったな……」


 本気で悩む様子の夏見を前に、俺も困っていた。

 中途半端に面倒をみるのは良くない。

 きちんと最後まで見届けないと。しかし、非常に面倒くさいので夏見に押し付けて何とか逃げきれないか、という狡い大人の計算で頭がいっぱいだ。


 ピーピーピー……


 その時、夏見の腕時計から音が鳴った。

 同時にのぞみが、手のひらサイズの通信機器を取り出して操作する。どうやら緊急の連絡で、夏見の側近の希にも連絡があったようだと、俺は二人の仕草を見て推測する。

 希は通信機器を耳にあてて会話を始めた。

 その表情が険しくなる。


悪魔イービルの襲撃です。外壁に接近するまで気付かず、攻撃を許してしまったと」

「新しい種類の悪魔だから、私に指令室に来て判断して欲しい、ということだな。では希君、神崎の助けた子供を適当な部屋に運んでくれ。神崎は、私と指令室に来て欲しい」


 夏見の指示に、俺は思わず希と目を合わせた。

 はからずも困惑を共有する。

 

「夏見さん、部外者の俺が指令室に入るのはマズイだろ」

「そうです! それにこの悪魔が暴れ出したら、私では対応できません」


 俺と希の反論にも夏見は動じない。


「神崎、お前は部外者ではない。イズモのデータベースに名前の登録がある」

「そっちが勝手に残したんだろ……」

「希君、その子は人間の姿になったのだから、暴れたとしても人間の範囲内だ。我々の脅威にはならないよ」

「その確信はどこから来るのですか……」


 俺たちは呆れかえったが、夏見は大真面目だ。


「悪魔の行動パターンが近年、変化しつつある。ちょうど神崎の力を借りたいと思っていたのだ。悪いがイズモにいてくれ、神崎」

「……」


 夏見の声の調子は、親しい相手に承諾してもらえる前提で無理を言う時の、ある種の信頼感を含んだそれだった。

 頼られて嬉しくないはずがない。

 複雑な気持ちで俺は溜め息を付いた。

 この一瞬で俺の気持ちは受諾に傾いていた。


「……分かったよ。だけど、こんな格好で行ったら変な目で見られるだろ」


 今の俺の服装は、放棄都市・東京で暮らしていた時のまま、ジーパンにTシャツのラフな格好だ。それに対して夏見はきっちり軍服を着込んでいる。


「そうだな、後で服も用意させるとして、とりあえず北条君を呼ぼう。彼なら神崎の事を知っているし話しやすいだろう」

「話しやすいかな……」


 昨日会ったばかりの、真面目そうな青年の顔を思い出して、俺は眉をしかめた。しかし夏見は気にせず、希に言い付けて呼び出しを掛けている。

 希は嫌そうな顔をしていたが、ひとまず夏見の指示に従うつもりらしい。

 

「仕方ないですね。その子を私に預けて、早く夏見さまを指令室に連れて行って下さい!」


 などと急き立てる始末だ。


「はいはい」


 俺は眠ったままの少女を希に渡すと、夏見の車椅子を押してエレベーターに乗った。

 一階まで戻ると、ホールで少し待つ。

 程なくして、急いで準備して来たらしく息を切らせながら黒髪の青年が現れる。


「お疲れ様です!」

「非番なのに悪いね、北条君」

「いいえ!」


 北条博孝ほうじょうひろたか

 イズモに来る途中で出会った、葉月はづきと幼馴染みの青年だ。 特別な対EVEL専用武器、黒麒麟ナイトジラフシリーズの刀を使う。

 博孝は、平均的な体格に短い黒髪、実直そうな雰囲気の持ち主だ。愛想というものを知らないのか、俺を見て眉間にシワを寄せている。


「一緒に指令室へ来てくれたまえ」

「俺は現場に出たいです」


 ぶつくさ言う博孝と共に、二十二階に昇る。

 エレベーターを降りて正面の広い部屋が指令室だった。

 部屋に入ると、中にいた数十人の軍服の男女の視線がこちらを向く。

 非常に気まずい。

 夏見は開口一番に彼らに問う。


「状況は?」


 明らかに一般人の格好をした俺を見て、何人かは「なんだコイツ」という顔をしたが、夏見と博孝が横にいるので不審者とは思われなかったらしい。

 それよりも悪魔の襲撃の方が重要なのだろう。


「第一隔壁に接近を許しました。接近までレーダーに映らず……」


 スクリーンを指差しながら、責任者と思われる男が説明を始める。

 部屋の半分を占める巨大なスクリーンには、各所の監視映像や、複雑なグラフが表示されていた。その中には襲撃中の悪魔イービルを映したものもある。


 海の魚、エイに似た悪魔が数匹、隔壁に向かって泳いでいた。

 イズモからの銃撃が彼らを迎え撃つが、銃弾はエイをすり抜けて地面に着弾している。


 見たことの無いタイプの悪魔だな。

 俺は腕組みして考えこむ。

 放棄都市・東京で、そこに巣くっていた上級悪魔を倒してから、俺を恐れるように悪魔イービルたちは姿を見せなくなった。避けられているのでは、と推測は当たっていたのかもしれない。


飛行魚悪魔マンタレイか。ひらひら飛ぶだけの雑魚ざこになんで苦戦してるんだ?」


 博孝は怪訝そうに言う。

 普段は気にも止めない下級悪魔が、なぜかレーダーに映らずに隔壁まで泳いで来ている。悪魔の無害そうな外見に、イズモのCESTたちは油断しているようだった。

 嫌な予感がする。


 画面を横切った飛行魚悪魔マンタレイが、隔壁にぶつかって消える。

 その途端、バチッと静電気が弾けたような音がした。

 まばたきする間に、一斉に全てのモニターが黒く塗りつぶされ、室内の照明が消える。

 辺りは真っ暗になった。


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