第5話 父親の悲哀

 「娘がどこぞの馬の骨とも分からぬ輩に引っかからなくて良かったと安堵すべきか、まだ相手の正体が分かっているだけ、幾分はマシだがちっとも良くはないと嘆くべきか……」

検非違使別当けびいしべっとう、『禍界化』の際に検非違使の猛者共を指揮し『禍界化』を浄化する、検非違使の長官ともあろう男が酔っ払えるだけ酔っ払って、しかも鬼のような形相で嗚咽を漏らしていた。

「落ち着きたまえよ、君」と仮面で顔の上半分を覆った男が言う。顔を半分隠しても、あふれ出る色気と高貴さは、この世のものとは思われぬほどであった。「まあ、無理か」

「無理ですとも!」と別当は嘆き、ついにぼろぼろと涙をこぼした。「あんなに小さくて可愛かった娘が、あの朴念仁を連れてきて、『私達、付き合っているの、父上!』ですぞ!」

「君の娘にも春が来たと言うことだ。まあ、呑め呑め。今夜は特別に付き合ってやろうぞ」

「くう……!」

「第一、君が『あの朴念仁』なんぞと言えた事かね。私は今でも覚えているよ、先別当さきのべっとう、君の岳父を人殺しにしないように骨を折ってなだめたあの夜を」

「それと……これとは……!」

「先別当の心情は分からないでも無かったよ。可愛い娘が遊び人で定職にも就かず負債と女癖が酷かった男に騙されて孕まされたとあっては、まあ、それは怒り狂いもするだろう」

「……」

「しかし何がどうしたらああまで度しがたい遊び人が改心して検非違使別当にまでなったのやら?人間とは本当に謎だよ」

「……うう」

「酒は体の百毒だが今宵だけはただ一滴の心の薬だ。さ、まあ呑め呑め」

と優しく叩かれた肩を震わせて、別当はついにおうおうと声をあげて男泣きに泣き出したのである。

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