第4話 奈落叶の依頼

 ♦♦♦ 4─1 ♦♦♦



 少女より幼女。

 少女よりニュワンスがエロス味を帯びた幼女。

 普通の少女より異常な幼女。

 生々しい少女より痛々しい幼女。


 傷ダラケノ幼女。


 悲劇と断定するのはいささか早計で検討の余地があるが、身体的暴行を加えられていることは確かだ。

 まさか、小学生以下の幼女とそういったアブノーマルなプレイをしていふ訳ではあるまい。

 だとしたら、幼女の彼氏はロリコンの変態で変人で畜生だけど、そんな気持ち悪い可能性が正解なんて考えたくもない。

 俺ではなく彼氏の方が即通報である。

 幼女も幼女だが、この世界はかっこいい男よりも可愛い女の方が有利に出来ているので、今朝、恋ヶ崎に罵倒されても彼女は罰を下されないのだ。

 まぁ、かっこいい男というのが俺に当てはまるとは思わないけど。


 踏切ふみきりの遮断機から全速力でスタートダッシュした俺はそこからは一本道となっている見慣れた道をそのまま一直線に走り続けた。


「(はぁ……はぁ。こんなに走ったのはいつぶりだろう。……あの猫の一件以来か?)」


 去年、と語るには昔過ぎて、最近と言うには去年のことなので、正確には自分が高校生3年生だった冬頃ということにしておこう。

 額の汗を拭い、後ろを振り返った。

 朧気にスタートラインだった踏切が目視でき、そこにいるだろう幼女も特徴的な金髪を確認した。


「……」


 俺は走って走って走った。

 振り切るように、目を逸らすように、現実逃避のように、見捨てたかのように、一人の幼女を深夜の町に置いてけぼりにしたのだ。

 死んだような目をしながらも、まるでそれが当然の如く受け入れているような純粋な目をした彼女はたった一人で、それも身を震わし、ロクな服も着ずに歩き続ける。

 想像するとなんとも言えない気持ちになる。


 所謂、罪悪感ざいあくかんダ。


 人間誰でも人一人を見て見ぬ振りをした後というのは、例外なく心に大なり小なり罪悪感を抱く筈だ。

 危険と分かっていても、自分勝手な理由だとしても、理不尽にも「あの時、助けてやれば良かった」と身もふたもないことを思う。

 恋ヶ崎なら、手を差し伸べたのだろうか……。


 毒舌どくぜつな彼女でもきっと良心は存在するし、古臭い言い回しだが″正義感せいぎかん″とも呼べる能動的行為も実行出来る。

 どれだけ否定しても、人間の胸には例え善生でも悪性でも正義感を必ず持ち合わせている。

 もちろん、俺にも。

 だが、それは同時に危うい。

 今までのさっきの幼女のような厄介事とは別のベクトルで危険だ。

 昔、ある人物に言われた。


『正義感を正義として振りかざすには人間は欲深過ぎるんだよ』


 と、煙草たばこを咥えながら言った。

 最初は何のことだがさっぱりだったが、今はあの頃よりも理解出来る気がする。

 人間は純粋ではないのだ。

 寧ろ矛盾──無純している。

 貝塚空なりの自論を今ここで演説するつもりはない──が、演説するなら、語るなら、それは『正義』ではなく幼女、金髪碧眼の下着姿の幼女に『関与する』か『関与しない』かのどちらかについてだ。


 二者択一にしゃたくいつ


 既に過ぎ去り、置き去りにし、走り抜けてしまった幼女のことを未練がましくも罪悪感を感じて愚行するか否かのを問をまだ答えを出せずにいる。


 着信チャクシン着信チャクシンアリ。電話デンワデロ。


 と、空気を読まない=KYな俺のスマホが『ニャンゴロ♪ニャンゴロ♪』と可愛らしい女の子の声で猫ボイスを発しながら振動した。

 その時、スマホの通話相手を確認しなかったことを俺は心底後悔した。


『ハ〜ロ〜貝・塚・君』


「!?」


『そんなに驚くなよ。空気読めねぇな奴だな貝塚君よー』



 ♦♦♦ 4─2 ♦♦♦

 


 奈落ならくかなえ

 俺にとっては知り合いのオッサンであり、半同居生活を送っているオッサンであり、保護者兼異常の解決屋でもある。


 ソシテ、恩人デモアル。


 奈落叶が個人で請け負っている「解決屋かいけつや」というこの世にある『異常いじょう』を主に専門とする仕事は、報酬を支払えば誰かを救うと言ったことはしないが、してくれる


 加えて言うなら、奈落叶は暴虐武人だ。

 キレると殴る、物を大切にしなかったら殴る、空気を読まなくても殴る

 言葉より暴力。

 愛情より友情。

 世界平和より町の平和。

 言葉を尽くても底が見えず、更なる理不尽によって塗り固められたブラックボックスな男。

 そんな男と出会ったのは去年──高校三年生に進学したばかり──始業式の日。

 そこで奈落叶に強烈な出会い(物理的に)、ある一件を解決する手助けをしてくれたのだが今は関係ないのでまた後日。

 後日談として語ろう。


 そんなこともあって俺は解決する際に50万円ほどの借金してしまい、その日から奈落の部下として見習い解決屋として、借金返済のために汗水垂らして血を垂らしてせっせと働いたのだ。

 中には美少女もいたので報酬を受け取る際には罪悪感で胃を痛めることもあった。

 と、俺はそんな理不尽な存在の奈落からの電話に淡々と冷静に応答した。


「何のようだ奈落」


『そう急かすなよ。空気読めねぇな。貝塚は』


「空気が読めてないのは奈落の方だろ」


 さっきまでのシリアスな空気を返せ。


『ハハハ。こんな夜中に元気一杯じゃねぇか。夜行性かお前は?それとも、人には言えないようなことをナニか夜中にしてたのか?ええ?』


「お前は酔っ払いのオッサンか」


『おー怖い怖い。年上でもため口をきいてくるそのフランクさが若者って感じだよな。いやー。昔のオレにはそれはなかったよ』


 完全に飲み会で突っかかって来るオッサンだな。

 年寄り臭いよりオッサン臭い。

 自分自身が創り出したシリアスな空気が第三者によって平然とぶち壊されるのは、中々恥ずかしいものがある。

 例を挙げるとしたら、夕焼け空の下、河原で本を読んでいると『風が騒がしいな』という独り言に真面目に返された時のざわざわっとした気持ちに似ている。


「そうは言うが奈落。お前は年齢はそれこそ中年の仲間入りだけど、見た目は二十代と大して変わらないだろ。そう悲観することはないんじゃないか?」


 本心に近いお世辞。

 変えられない現実(年齢等)はともかく、顔や服装や雰囲気はどの地域でも一人や二人、いい意味で年不相応な人物がいる──奈落叶はその一人だ。

 顔はいかついが幼さが見受けられ、着ている黒スーツはシャキッとしてるし、ネクタイは毎度会うごとに色を変える週間があるのか小さな所で気を遣うので、若者とはいかないけどフレッシュさは出ているも思う。

 この前、お兄ちゃんはもう少しフレッシュさが必要、と彼女に指摘を受けた俺が言うのはどうかとは思うのだが……。


『ふん。お世辞でも嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。ええ?』


 鼻息を吐き、お世辞をお世辞で返す奈落。


『この年齢になるとお世辞でも身に染みる──骨身に染みるぜ。お世辞ってのは相手を敬うんじゃなくて、相手の一部分に染みを作ることを指すんだからな」


「世間様のお世辞を食事の際に出来る染みみたいに言うのはやめろ」


『貝塚はかっこいいよ。美男でクール系の俺様系。よ、イケメン童貞!』


「それはホントのお世辞だろ。てか、お世辞かどうかも怪しく聞こえるぞ」


 最後のはただの皮肉だ。

 染み作りがお世辞の本質なら、俺は小さな頃一体幾つの染みを作ってしまったのか。

 無邪気だった頃はよくスパゲッティのソースを飛ばして服を汚したけど、今では感情表現が上手く出来ず、無表情になって服を汚さなくなったがな。

 若かりし頃の自分が懐かしい。


『昔の自分に感傷にひたってるところ悪いが、オレから見ればまだまだ残ってるぜ──昔の自分って奴がな』


「ん?どの辺が」


『それでこんな夜中に受験生の買い出しに行かせお前にわざわざロクに使わねぇ電話でこうして通話してる理由だが』


「俺の質問は無視ですか」


 今日の恋ヶ崎と同じく、一方的に質問や話題を振ってきたにも関わらずこちらの質疑応答には一切考慮しない。

 自分勝手。

 自己中心。

 自分万歳。

 世界は自分を中心に回っているのではなく、自分が世界を回していると言わんばかりの態度に最早脱帽だつぼうする。

 俺もそれぐらいの傲慢さがほしい。

 ……いや、既にもう体験済みか。

 で。


『オレの好物の抹茶まっちゃアイスを買いに行ってくれている貝塚には褒美で簡単に簡潔に簡素にこちらの要件を伝えてやるよ』


 と、脱線した本来話すべき内容を無理矢理(俺を無視して)引き戻すと奈落は真剣な声色で告げた。

 部下の貝塚空としての俺に報告した。


『仕事だ』



 ♦♦♦ 4─3 ♦♦♦



 仕事。

 その一言でおおよその予想は出来たけれど、夜中にこのクソ寒いに中買い出しに行かせた挙句、働かせるのかよ。

 鬼だ。

 横暴だ。

 理不尽だ。

 本当は今からでも踏切付近から離れたい衝動に駆られているのだ。

 もう一度振り返ってしまうとパンパンに張った太股に鞭を打って、またクラウチングスタートを切らなければならない。

 バトンでもなくたすきでもなく、罪悪感と後悔の念を背負って。

 走り出してしまう。


『ふー。お前が今どんな心境なのかは大方想像出来る。だからそう身構えんなよ』


 だったら働かせるなよ。

 受験生で買い出し帰りの俺を。


『なに、簡単な仕事だよ。比較的、甘口に近い難易度の依頼だから。甘ちゃんのお前でもスパイスぶっかけなかったら大丈夫さ』


「俺をカレーでたとえるのは本来の意味より更にのしかかるからやめろ。加えて言うなら、カレは好きだけど俺は辛口の方が好きだ」


『残念。俺はナポリタン派だ。カレーは二の次だな』


珈琲コーヒーハウスの人気メニューの派閥争いをここで勃発するな」


 何度も言うが、今日はいつもより気温が低くて、手袋をしている今でもそれ越えて来る冷気で手の感覚がないのだ。

 かなり冷える。

 でも、そう言えばカイロ買ってきたんだった。

 外を出歩くのが日常の奈落にとっては今日みたいな気温の中じゃ必須アイテムなんだろう。


『そうそう。オレが頼んだカイロ。ちゃんと買ってるか?』


「ちゃんと買った。買い忘れたからもう一回なんていう家とコンビニの計二往復は嫌だからな。急にどうした?」


『いんや別に。ただ今日は特別寒い日だからな。カイロが必要だなと思ったまでさ』


「そうか」


 奈落にしては落ち着いた口調で喋るなと訝しんたけど、やはり奈落もこの寒さ、気温5℃は身体に響くのだろう──骨に染みるのだろう。


『脱線した依頼内容なんだが』


 またまた脱線した話を奈落は続ける。

 今度は脱線しないようにほんの少し真面目に聞こう。

 じゃないと俺は永遠と気温5℃の極寒の世界で佇んでいなければならないのだから。

 ……あの幼女にとっては地獄かもしれないが、運が悪かったと思ってもらいたい。

 貝塚空というロクでなし出会ったことを。


 金髪碧眼ノ下着姿ノ幼女ダッタ。


『耳かっぽじってよーく聞けよ。一度しか言わねぇーからな。めんどくせーからな』


「おい。仕事しろ上司」


 傷ダラケノ幼女ダッタ。


『依頼主は機密事項きみつじこうで言えねぇーが、何度も言うが単純な内容だ。お前が今まで解決してきた依頼の中でトップに入るほどの難しいくねぇー内容だ』


勿体もったいぶるなよ。依頼だろ。完璧には無理だが精々死ぬまで遂行させてもらうさ」


 幽霊ニ似タ幼女ダッタ。


『おう。その威勢だ。今回依頼主から報酬を無事に受け取ったら貝塚。お前の借金はこれでチャラになるぜ』


「やっとか。なら、余計に余分に借金返済の余韻に浸るために働きゃな」


 月ノヨウニ神々シク、痛々シイ幼女ダッタ。


『依頼内容は金髪碧眼の下着姿の幼女──青染あおぞめゆえ貝塚かいづかそらが殺すことだ』


 ソレデモ、幼女ハ泣カナイ。

 ──無感情むかんじょうダカラ。























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