第5話 焦燥する心

 ♦♦♦ 5─1 ♦♦♦



「ちっくしょ─────────ッ!!!!」


 走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走った走って走って走った。


 我を忘れ、疲労を忘れ、息継ぎを忘れ、距離を忘れ、ただただ頭の中に先程言われた言葉を反芻させる。

『依頼内容は貝塚空が青染月を殺すことだ』。


 一本道を真っ直ぐに一直線にまるでオリンピックの陸上選手並のクラウチングスタートを切った。

 身体を前倒しにして手刀の形を模した両手で腕を振り子のように振るい。

 加速した。

 減速はしない。

 加速に加速を重ねた。

 気分は世界記録を塗り替えようと血気盛んな挑戦者チャレンジャーだ。


 「はぁ……はぁ…………はぁ」


 ときより、友人から無表情との評価を受ける顔が汗と涙と焦りで苦悶くもんに満ちた表情をしている。

 奥歯と奥歯がギリギリと歯軋りの音をたてる。

 息を吸うと冷たい空気が体内に入り込んで外側だけでなく内側からも攻撃されるので、呼吸を整えるだけでも大変だ。


「(寒い)」


 走る最中前方から吹き荒れる夜風が体力を奪う。

 開き切った瞳孔にその言葉通り目に染みるような冷たい風が当たると形の上では大人の仲間入りの俺は目から涙が止まらない。

 荒い息遣い、涙が止まらない、汗が滝のように流れている、深夜に奇声を発する男性。

 夜中にこの姿は完全に不審者ふしんしゃだ。


 ──が、まるで陸上選手が飛ぶハードルのようにその度その度に現役高校生(一週間後には卒業だが)で運動部でもない帰宅部の俺の身体には堪えるのは当然のことで、またハードルと同じで越えるべき障害物でもある。

 何故俺がこうして変質者と見間違われる状態に陥っているのかは暴力解決師──奈落叶から淡々と告げられた依頼内容が原因だ。

『貝塚空が青染月を殺すことだ』。


「……何だよ、それ」


 一言、愚痴ぐちる。

 踏切に置き去りにした幼女が頭に浮かぶ。

 踏切前にいた幼女が青染月という女性の容姿と一致する。

 加えて、奈落は女性ではなく少女でもなく『幼女』と呼称した。

 こんな夜中に買い出しに行かせた挙句、その帰り道に奈落から電話があって、依頼に出てくる幼女と一致する幼女と偶然出会った。

 流れ的にあの幼女が俺のターゲットだと考えるが、ここまで偶然が重なるといっそ不気味だ。


「チッ」


 深夜に高校生が一人、目線を地面に落として悪態をつく今の姿は俗に言ういい年した大人からしてみれば、えらくかっこ悪く映るだろう。

 それも仕方ないことだ。

 18歳になったと言っても中身はまだまだ子供で、世間から大人と承認されるには社会の厳しさやルール、社会の闇と呼ばれるブラックな部分にも多少なりとも触れなければならない。

 俺にはそんなリアルな体験はない。

 けれど、別の社会。

 別のジャンルとも言えばいいのか、広く認知にんちされている社会からはある意味で逸脱とした異常な体験には子供ながらもそこそこ出会った──出会ってしまった方なので社会の闇、ブラックな部分は体験済みと言える。

 異常な社会体験。


 冬休ミニ出会ッタ黒猫くろねこ……トカ。


 別ルートを辿たどったとはいえ、自分も大人と呼べる体験をしたのだと勝手に自己完結をしていたのだが、いやはや、まだまだ自分は子供だと認めざるえない。

 何故なら俺は今こうして青染月の元へと走っているのだから。

 殺すためではなく。


 奈落から告げられた『貝塚空が青染月を殺す』という現実味を帯びない異常な依頼。

 嘘だと言ってほしい。

 今からでもそのクソみたいな依頼をキャンセルしろと、依頼主は一体誰なのかと問い詰めたいが、生憎あいにくと奈落は依頼内容を告げた後、再度電話をするも連絡がつかず詳細内容を訊くことも出来ないのだ。

 自分は告げたいことだけを告げて、相手の質疑応答は一切考慮しない。

 清々しいまでの理不尽だ。


 よって、俺は結局走ることにした。

 俺はポケットから取り出したカイロを握手するように握る。


 「(なに、手慣てなれたものさ)」


 今までもこれからもまず最初にするべきことは分かってる。

 なんでも第一印象が大事だ。

 つまり、自己紹介だ。







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