私は死んでもいい……でも彼は殺させない!

「私を殺して。勇人ユウト、戦いをおわらせるにはそれしかないの」


 再び私は叫んだ。

 しかし、彼はまた首を振る。

 そして、魔物との永遠の戦いに戻ってゆく。


 右手から迫るドラゴンの炎を避け、その首を剣で一閃。

 振り下ろされた巨人のこん棒を盾で跳ね返し、兜で頭突き一発、倒れる巨人。

 押し寄せるスケルトンの群は、剣風で、文字通り薙ぎ払う。


 彼がその全身に纏っているのは、ヘーパイストス様にお借りした伝説級の武器防具。レベルが1の人間でもレベル1000並の神クラスまで引き上げるそういった代物。


 今の世界の戦車の砲撃やミサイル、おおよそ全ての兵器の攻撃を食らってきたが、傷ひとつ受けていないはずだ。


 あれを人間に与えるなんて、自分でもとんでもないことをしていると思う。

 きっと、エターニティに戻ったら、厳罰を受けるのは必至。

 もしかしたら消滅刑を受ける可能性だってある。


 でも、もういい。


 自分の立場なんてどうだっていい。


 過保護な女神だと思われてもいい。


 彼はもう私の全てだ。

 誰にも、自分にだって文句は言わせない。


「あやつ、なぜ倒れぬのだ。神の武器防具ぞ。英雄であればともかく、あの程度の人間であればとっくに全身の力を吸われていてもおかしくないものを……」


 『強欲マモン』が唇を噛んだ。


 私は、ほくそ笑む。


 彼には、私の『暴食ベルゼバブ』の加護も与えているから、周りから回復し放題なのだよ、明智君!


 あ、明智君というのは、この世界の頭の良い人らしい、知恵比べで勝ったと思ったら使っていいと、勇人が教えてくれた。

 一度使ってみたかったから嬉しい。


 正直無敵すぎるので、彼でなかったら、神に反抗することを心配しないといけないような気もしなくもない。


 うん、やっぱり私、帰ったらこの世にバイバイだ、これは。


 もっとも、弱点が無くもないのだけれど……。



「むう、致し方あるまいな」


 『強欲マモン』の声、いやな予感がした。


「ヒュドラの毒を撒け!」


 恐れていたことだった。


 周りから回復というのは、その実、力、エネルギーを何でも吸収しているのだ。

 文字通りの吸収であるので、単純で強い力を行使できる。


 つまり、とくに見分けて、いいものだけを吸収していないのだ。


 毒は……だめ……。


 しかも、通常の毒であれば、あの鎧の効力で無効化されるけれど、ヒュドラの毒は別。解毒できず、半分神であるケイローンやヘラクレスでも死んでいるのだから。


 あっという間だった。


 彼は倒れ、そこに魔物の群れが襲い掛かっていく。


 そして、前後不覚となった彼は、私の前に引っ立てられてきた。


「残念だったな。まあ楽しい余興ではあったか、無抵抗は飽きておったからな、抵抗も時には面白い」


 『強欲マモン』は続けて言った。


「さあ、『暴食ベルゼバブ』この世界を喰らえ。私はもう待てぬ!」


「嫌……」


「今更嫌も好きもなかろう。お前の拘りの人間はもうそこで屍となっているのだぞ、いい加減に決意せぬか!」


「嫌って言ったのはね、自分が消えてしまうこと。そうね、もう決めないと」


「な、何!?」


「決めたよ! 私は……私を食べる!」


 全力を開放する。


 周りの六人の私は、地面に各自の武器を突き立てているが、そんなものでは私の『暴食ベルゼバブ』は防げない、何せ、これは世界を食らう力なのだから。


 私の力をなめないで!


 ヘーパイストス様に教えてもらった二つの方法。

 そのもう一つがこれだった。


 他の私を食べる。


 ただし、一度過ぎた力、七つの欲望が加えられているため、もう一度同じ女神に戻れることは無く、力を支えきれず、消滅するだろう、とも言われた。


 ちょっと寂しいけれど、私が消滅すれば、きっとこの世界は因果律によって元に戻るはず。


 勇人も、私と出会う前の彼に……。


「勇人、大好きだったよ」

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