あの日の記憶

第3話星の歌姫

朱塗りの柱の間を、数多くの女たちが駆け回っていた。どの女も、せわしなく走り回っている。


儀式を取り仕切る老婆が、眼光鋭く、周囲に目を配っている。


時折走りゆく者に声をかけ、その者に指示を与える。それが幾度となく繰り返されていた。


「メルはどうしたんだい?」

不機嫌を隠そうとせず、老婆は若い女を呼びとめていた。


「それが…………」

申し訳なさそうに告げる言葉は、それ以上何も続かなかった。


「またかい? 困っただよ。早く見つけてつれてきな」

何かを察するかのように、老婆はその若い女に告げていた。

だが、その様子を気にしたのだろう。年配の女がやってきて、困った顔を老婆に向ける。


慌てて退散する若い女。


「巫女様。メルはもはや歌えませぬ。それに、禁忌を破りし大罪の女の娘です。あまり気にかけては、巫女様にも――」

「バカげておる。それに、あのの歌は本物だよ。あのが幼い時に何を呼んだか知ってるのかい? あの年であれだけの……。末恐ろしいとはこの事さね。しかし、シエルも何を考えておったのやら。世界中を渡り歩いたかと思えば、あんなこと……。何が『これでもう大丈夫』だ。まったく、人の言う事きかない子だよ」

年配の女の話を遮って、老婆は自らの想いを吐き出すと、深々とため息をついていた。

だが、それをたしなめるような視線で、年配の女は抗議する。


「巫女様のお言葉ですが、あんなことというのはいかがなものかと。三年前のあの時、シエルは『黄泉がえりの歌』を歌ったのです。それは大罪。己の死を持って償っても、許せぬ行為です!」


憤る女の興奮が収まるのを待つ老婆


「『黄泉がえりの歌』は己の命と引き換えにするもの。じゃが、シエルは生きておったではないか」

「シエル程の歌い手です。誰かの命を引き換えにでもしたのでしょう。あの人ならできると思います。ひょっとすると、夫の命と引き換えに……」

「バカなことを申すな。確かにあの男はあの場所で死んでおるが、暴走した枝からシエルを救ったと聞いておる」

「ですが、シエルの歌で命を取り戻したものが数多くいます。何よりもメルがそう証言しました」

「その証言をしたために、メルは歌えなくなった。メルにしてみれば、見たままを報告しただけじゃ。『黄泉がえりの歌』を歌ったとは言っておらん。その事で己の母親を死罪に追い込んだと考えておる。忌々しいあの事件で、我らは優秀な歌い手を二人も失ったという訳じゃ」

不機嫌さを隠そうともしない老婆。

そして、近づく足音で、その顔はさらに不機嫌になっていく。


「『黄泉がえりの歌』は、己の命を燃やす禁忌の呪歌。そして、世界の理を崩す歌です。死刑は当然の採決です。巫女様ともあろう方が、私情に流されませぬように。それと、その上で申し上げますが、メルの処罰を考えて頂きたいですな。祭典の儀に出ないのであれば、星の歌姫たる資格をはく奪せねばなりますまい。いい機会です。次の『星降りの大祭』は、エルデに任せてはいかがです?」

二人の会話に入り込んできたのは、さらに年配の女だった。高い背から見下ろす顔は、どこか勝ち誇るものがある。


「たしかにそうじゃ。じゃが、エビルよ。何度も言わせるでない。『星降りの大祭』を任せる歌姫はメルしかおらん。エルデでは実力が足りぬ。あの娘では全ての星を結べぬよ。予言の世界となるだけじゃ」

小さく鼻を鳴らした老婆。だが、何かを思案するかのように眼を閉じる。


「仕方がない。歌えるようにするためには……」

再び目を開けた老婆には、もはや迷いはなかった。


すでにエビルの事は気にせず、老婆は黙って歩きはじめる。

虚を突かれ、何も言えずに見送るエビル。その瞳には、暗い光が宿っていた。


「あなたの期待するメル・アイヴィー。あの娘、歌えるようになりますかな?」

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