第8話
それから腹に回るノーヘルの彼女の手にドキドキしながら町中の一軒家にたどり着いた。
「ここかい?」
「うん、中でおやつでも食べながら面白い話でもしてよ」
出会ってから相変わらずの抜けた声だ。こちらの返答も聞かずに家の扉を開け、中に招待される。でも時間は腐るほどある、別に嫌なもんでもない。特に女の子の家に誘われるなんて……
まあそんなことは無いんだろうがな。
「お邪魔します」
玄関に置かれたスニーカーとブーツが小さく感じるほど玄関は広かった。いや、広く感じただけだろうか。
そのまま居間に招待されソファーに腰を下ろす。
「そういえば名前は?」
丁度お菓子を適当に乗せた皿を置いた彼女に聞いてみた。
「今さら名前なんて必要かな? どうせ二人しかいないんだしさ、あなたと私、それだけで十分じゃない?」
「まあそう言われればそうなのかな」
彼女は微笑んでクッキーを齧る。
「そういえば私、最近笑ってないなぁ、せっかくだから面白い話してよ」
「面白い話かぁ……」
出されたりんごジュースを一口飲んで天井を見上げた。
自分は高校を卒業した今年までの人生を振り返ってみた。よく考えると生まれてからと言うものずっと将来のことや他人のことを考え生きてきた。まあその反動から地球に残ったというものもあるだろう。
しかし、そうやって自分と向き合う時間が無く、ましてや思い出を作ろうという考えすらなかった自分に面白い話などあるはずがなかった。
自分と向き合う時間が無かった。というのは間違っているかもしれない。自分から自分と向き合わなかっただけかもしれない、そして将来のことを考えてたばっかりに「今」という時を懸命に生きることを忘れていた。
将来というあるかどうかもわからない時に必死になっていた結果がこうなんだ。
「ははっ、十八年間も生きてきてなーんもありゃしねぇや」
思わず涙が滲み、それを誤魔化すかの如く笑っていた。
「でもさぁ、私より四年も長く生きてるだけ偉いよ」
「そうなのかな、へへっ」
「そうだよ、私なんてこんな感じでマイペースだからさぁ、地球を出るのも考えてる暇なんてなかったよ。いつのまにか一人でさぁ。でもまあそれもいいかなって」
でも。と小さく呟きこう続ける。
「今まで一人で生きてきたつもりだったけど、なんやかんだ周りの人に支えられてたんだなぁって、思うようになったんだ」
横を向くと寂しげな顔をして、欠けたクッキーを頬張った。それをゆっくりと噛んでジュースで流し込んだ。
自分はと言うと耐えきれなくなり涙がジーパンの上に染みを作っていた。
あぁそうだよ、俺だって一人で生きてきたわけじゃなかった。そんな年下でもわかってる事を俺は理解してなかった。
自分と向き合う時間、今を懸命に生きること、他人の支え。一人になって、孤独を知って誰かと出会い、腹を割って話して初めて気がついた。
「もしまた人類があんな風に繁栄して、人口が増えたらさ、俺も他人を大切にできんのかな」
「わかんないけど私は出来るように頑張るよ」
「そうだね、出来るように頑張らなきゃいけないな」
涙を拭いてレザージャケットを脱ぎソファの上に投げ捨てる。朝はあんなに寒かったのに随分と気温が上がってきたようだ。
カラのタンデムシート @siosio2002
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