第44話五大産地――日本も有名だよ、ウィスキー!


 とりあえず一件目の居酒屋蜥蜴を出た寧子、スーちゃん、杏奈たち。しかし夜はまだこれから。正直三人はまだまだ飲み足りなかったのである。


「次はどうしますですか? アンちゃん、どこか良いお店知ってます?」

「じゃあ、今度はウィスキー飲んでみる?」

「にゅー! 賛成!」

「ウィスキーですか、良いですね。試してみたいのです!」


 麦芽を糖化・発酵させて蒸留し、樽で貯蔵したもの――それがウィスキーというものぐらいは、先日OSIRO《おしろ》で梶原さんに教わったので知っていた寧子さん。しかし実際に飲んだことは未だなかった。


 お酒はワインだけにあらず。ビールも美味い、日本酒も美味い。たった数時間でそう思えるようになった寧子は、うきうき気分でウィスキーへの期待を膨らませる。アルコール度数平均40%だけど怖くない! ばっちこい! である。



 かくして杏奈の案内で寧子たちはメイン通りの脇にある狭いは路地を入ってゆく。


 こういうところってなんかヒャッハーな不良がいたり、はたまた人間を食料にする別の存在が隠れ潜んでいたいなかったり――いや、実際にそうした事実は全くないのだが、とにもかくにもまだちょっと中二の気質が残っている寧子は、どきどきわくわく気分で路地裏を進んでゆく。

 残念ながらそうしたテンプレ的展開とキャラクターは現れなかったが、代わりに目の前には、重厚な木の扉がどーんと現れた。


【PUB Lioyd《ロイド》】


 一人で入るには勇気が必要そうなお店だった。しかし趣があって、胸が期待でドキドキするのもまた事実。


「こんなお店、良く知ってるですね?」

「て、店長が良く連れてってくれるから……」


 どうやら杏奈は色んな意味で、店長さんに教育してもらっている様子。

店長の話になると顔を真っ赤に染める杏奈も随分可愛いと思う寧子なのだった。


 先頭に立った杏奈は迷わず扉を開けた。これまた趣よろしく、カウベルがからころと鳴り響き、来客を告げる。

 カウンターでは蝶ネクタイでびしっと決めた、体格のいい男のマスターがいた。


「こんばんわ、マスター」

「いらっしゃい。その、なんだ、一緒にいるのは……」


 マスターは訝しげに、寧子とスーちゃんを見る。


「大丈夫、同級生。問題ない」

「そ、そうか……」


 念のために寧子とスーちゃんはそれぞれの身分証明書を印籠のように突きつけるのだった。


「そういえばリンカちゃんは?」

「あの子は今お使いに……」


 後ろでからころとカウベルが鳴り響き、扉が開く。

振り返るとそこには買い物袋を手に下げた、エプロン姿のびっくりするほどきれいで可愛い女子がいた。


 髪は綺麗なブロンドで、瞳もわずかに青みがかかっているが、顔の輪郭は日本人のようにほんわかと丸みを帯びている。

まさに美少女! この世の至宝である。


そんな美少女は杏奈をみると嬉しそうに笑みを浮かべた。


「リンカちゃん、久しぶり。頑張ってる?」


 リンカという女の子はチョーカーについた鈴を鳴らしながら、うんうんと頷く。


 ちょっと妙だと寧子が思うと、


「申し訳ない。その子は言葉が話せないんだ」


 マスターさんがそう紹介すると、リンカちゃんは口元をへにゃりと曲げて苦笑いを浮かべた。


「そうなんですか。アンちゃんの友達の石黒寧子です!」

「犬塚墨子! スー!」


 差し出した手をリンカは握り返し、握手を交わす。

なんだかアイドルと握手しているかのように、緊張して仕方がない。これが美少女というものか。


「さっ、どうぞみなさん」


 マスターの案内でカウンター席に座る寧子達。カウンターに座ると、なんだか一気に大人になったような気がする。


「ではどうしますか?」

「その前にマスター、二人にウィスキーの話を! 知ってから飲んだ方が良いから! ねっ?」

「是非お願いしますです!」

「にゅー! ウィスキーしりたーい!」


 するとリンカちゃんも、おずおずとマスターの袖を引いていた。


「リンカもか? いつもと同じ話だぞ?」


 うんうん、頷く。メモの準備もばっちり。


「わかった。なるべく手短にするからな」


 マスターさんはカウンターの下からタブレットを取り出す。

かくしてマスターさんからのウィスキー談義が始まった。


「ウィスキーは穀類を、多くは麦芽で、更に二条麦が原料だが、これを糖化・発酵させ蒸留し、樽で貯蔵したものを指す。そしてこのアルコール飲料には慣例的な区分があって、これを【五大ウィスキー】と呼ぶんだ。その産地の数々を見てゆこう」


 マスターさんがタブレットをタップすると、画面にはいわゆる“イギリス”――色々と有名なグレートブリテン島が映し出された。

そしてマスターさんはグレートブリテン島の上の方を指す。


「まずはウィスキーの本場、スコットランドのスコッチ。輸入ウィスキーの有名な銘柄は殆どスコッチだ。味わいは様々だが、”煙”のような香ばしさを感じるものが多い」


 次いでマスターはグレートブリテン島の隣にある島を指す。


「この辺りはアイルランドで、ここら産出されるものを“アイリッシュ”と呼ぶ。スコッチと比較するとクリーンな味わいが多い。次は大西洋を渡って……」


 更にタップすると、今度は巨大なアメリカ本土が映し出された。


「アメリカで産出されるものを”バーボン”。スコッチやアイリッシュとの最大の違いは麦芽よりもコーンを51%以上使うこと、そして内側を焦がした新樽で熟成させること。そうすることで……焔さん、どんな味わいになるかは覚えてるかい?」

「えっと……」


 するとリンカちゃんが、マスターの肩を叩いた。カウンターの下から大きなスケッチブックを取り出し、かざして見せる。


【新樽から付与されるバニラの様な香りとまろやかな口当たりがバーボンの特徴です。これを”ケンタッキーバーボン”と言います。更にテネシー州では、そのウィスキーをろ過します。これを”テネシーウィスキー”と言います。味わいはケンタッキーバーボンよりも、クリアで澄んでいます! ちなみにテネシーウィスキーで一番売れている黒いラベル銘柄は、世界で二番目に売れている銘柄でもあります!】


 と、辛うじて読み取れた。お世辞にも字が綺麗とは言えない。

可愛い顔して、字がものすごくへたくそ。これもこれでギャップ萌えというやつか。


「か、代わりにありがとう、リンカ。良く覚えていたな」


 リンカちゃんは首の鈴を鳴らしながらウンウンと頷く。


なんというか――しつけをきちんとこなして褒められたペットのような。小動物みたいで可愛い、と思う寧子だった。

 マスターさんもどきりとしたのか、頬がわずかに赤い。彼は恥ずかしさを隠すように咳払いをして、タブレットをやや上向きにタップする。次に表示されたのは“カナダ”


「そして四つ目がカナディアン。全体的にライトで飲みやすい銘柄が多い。俺の感覚だとバーボンに近いイメージだ。そして最後が――」


 マスターが指示した五つ目の産地は――


「日本ですかぁ!?」


思わず寧子が声を上げると、マスターさんはしてやったり、と言った具合に笑みを浮かべた。


「ああ。今、小規模生産者も増えている世界でも注目されている産地が日本だ。特に有名なのが京都と山梨に蒸留所を持つ大手メーカーのアイテムだな」


 山梨はワインのイメージが強いが、まさかウィスキーもとは……いつか絶対に山梨へ行ってやろうと寧子は強く思った。


「と、これが五大ウィスキーのあらましだ。更にスコッチにはハイランドやスペイサイドといった産地区分、更にシングルモルトやブレンデットモルト、カスクストレングスなどがあるが、話しだすと切がないのでここまでにしておこう」


 一同拍手。特にリンカちゃんの拍手が一際大きいように感じられた。


(なんだかどこも恋の花が開いてるでぇすねぇ)


 と、ちょっと達観している寧子なのだった。



 そしてオーダー。


 これまでの流れから日本のウィスキーを飲もうと思ったのだが、


「す、すまないが、出せないんだ。今日本のウィスキーは手に入りづらくて……」


 期待させたお詫びに、最初の一杯はサービスということになった。


 そこで寧子はウィスキーハイボール、杏奈はバーボンをロック、そしてスーちゃんは”ラスティネイル”を注文する。


「ぷはー! んめぇーです!」


 薄い黄金色に、強めの炭酸。わずかに煙のような香りがあり、それをレモンの風味が引き締めている。もしかするとウィスキーハイボールはビール以上に好きになれる飲み物なのかもしれない。


「ネコ、良い飲みっぷり」

「ビールより好きかもですねぇ! にしてもアンちゃん、大人ですねぇ、バーボン、でしたっけ? そのロックだなんて! 凄いのです!」


 ほんわか甘い香りにする濃い琥珀色をしたバーボンを飲む杏奈は、いろんな意味できっと大人なんだろうと思う。


「バーボン、店長が、好きだから……」


 まだまだ初心なところが残っている様子で、ちょっと安心する寧子だった。


「そういや、スーちゃんのはなんでしたっけ? ラスティ?」

「ラスティネイル! にゅー!」


 マスターさんによると“ラスティネイルとは錆びた釘”という意味であり、決して“錆爪”といった武器のような意味合いはないそうだ。

なんでも色が錆びた釘に似ているからつけられたらしい。

 スコッチウィスキーをドランブイというスコッチウィスキーへ薬草を漬け込み、はちみつを加えたリキュールで割った、飲みやすいカクテルの一つである。


「おいしいですか?」

「にゅ! おいしい! 甘い! そしてかっこいい!!」

「か、かっこいい?」

「必殺技みたい! あと、ロック!」

「エックスだね」


 杏奈がさらりと応え、寧子もピンとくる。


「ああ! ふぉーえばーで元総理大臣が好きなビジュアル系! そういえば!!」


 わいわいしつつ、寧子達はアーモンドやドラフルーツを撮みながら、談笑が続く。


 ワイン以外にもお酒が沢山あることを知った寧子。益々お酒というものに興味が湧く。


 カウンターの向こうでは、マスターとリンカちゃんが息の合った動きで、仕事をしていた。


「アンちゃん、マスターさんとリンカちゃんってどんな関係なのですか? どーにも、ただの従業員と店長さんにはみえないのですが……」

「たぶん、良い関係」

「にゅふー。匂う」

「そうですか?」

「で、寧子はどうなの?」

「?」

「仲のいい男の子とかいる?」


 と、言われば思い浮かぶのは佐藤だった。もしも仮に佐藤が彼氏になったとする……


『うにゃー! ネコちゃんだめネ! 佐藤陽太くんNOネ!』


(クロエが煩そうだから却下ですね。アイツ泣きそうですし)


 そう思う寧子なのだった。嗚呼、佐藤陽太よ、無慈悲。


そんな中、からころと来店を告げるカウベルが鳴り響く。

扉の向こうから現れたのはポニーテールでブレザー姿の若い女の子。彼女の隣には耳のようなものを付けたメイド服姿の同い年くらいの女の子もいる。

 女の子のブレザーを見て、この辺りでも名門中の名門校のものだと寧子は思いだしていた。


「いらしゃ……またお前たちか」


 呆れ気味のマスターさんはため息をついた。


「ここパブだし。ご飯食べに来ただけだし。来店拒否されるいわれないし」

「まぁ、そうなのだが……」


 女の子のきつい一言に、マスターさんは困ったように言いよどむ。


「バーとパブって何がちがうですかね?」

「バーはお酒中心、パブはお酒もあるけどお料理も凝ってるとこ!」


 と、スーちゃんが答えてくれた。さすがは外国在住……なのか?


「それにあたしは……そ、そう! おじさんじゃなくて、リンカに会いに来てるんだから!」


 ポニーテールでブレザーの女の子は何故か顔を赤くしてそう叫び、


「にしし、オーちゃん、何こえ上ずってるにゃ? どーしたにゃ?」


 隣の猫耳娘がからかっている。どうやらここにも恋のお花が咲いているようだった。


「してない! いつも通り! てか、アンタいつまでにゃぁにゃぁいってるの? 猫メイドのバイト終わってるでしょ?」

「日ごろからこうして訓練してなきゃ、いざという時できないのにゃ! 日々精進なのにゃ!」

「熱心だねぇ……」

「なんか妙にこの語尾馴染むにゃよ」

「確かにアンタって昔からそんな言葉づかいだったような……?」

「うにゃん!」

「……リンカ、お客様のご案内を」


 マスターさんは言われてリンカちゃんは嬉しそうにうなずき、若い女の子二人を席へ案内する。たぶん友達かなんかなのだろう。


「あたしはリンカ特製パンケーキ! がっつりバターとシロップよろしく!」

「僕はスタミナ抜群、ガーリックライス、お肉マシマシにゃ!」


 オーダーを聞いたリンカちゃんはうんうんうなずいて、せっせと料理を始める。

 そうしてあっという間に黄金色をしたパンケーキと、ごろっとしたお肉が乗っかった豪快なガーリックライスができあがった。まるで自分がバイトをしているラーメンさえも出てくる、ワインバーのようだと思う寧子なのだった。


 からころとカウベルが鳴り響く。

次の現れたのは綺麗な恰好をした黒髪の大人な女の人だった。

 眼鏡をかけていて知的な雰囲気だが、どこか妖艶なオーラを放っているようにみえた。


「こんばんわ、マスター」

「あっ……い、いらっしゃいませ、仁菜になさん」

「今日は随分賑やかですね。しかもみんな可愛いお客様ばかり。男冥利に尽きますね?」

「いや、これはたまたまで……」


 どうにも間が悪そうなマスターさん。そんな彼の背中をリンカちゃんは不安げな、食事をしていた二人組は鋭い視線を送っている。

更にからころカウベルが鳴って扉が開き、


「せんせー! 英語おしえてぇー!」


 元気のよさそうな、ポニーテールの子と同じブレザーを着た、長い髪女の子が飛び込んで来た。


「あっ、みんな居たんだ! やっほー!」


 ちょっと耳が長いように見える女の子はみんなへ元気よく手を振る。そしてすぐにカウンターへ座り込み、マスターさんへ向けて身を乗り出す。


「と、いうわけで! 英語教えて! 助けて! へるぷっ!」

「今は仕事中だ。あとにしてくれ」

「えー、だって、補習落としたら留年確定なんだもん。いいから教えてよ、ねぇ、ねぇ~!」

「だから今はダメだ! ……これでも飲んでちょっと待ってててくれ」


 と、マスターさんがジュースとチョコレートを出す。邪険にはしないつもりらしい。


「いっやったぁー! ラッキー! いっただきまぁーす! きひ!」


 かくして元気の良い女の子は、最後にちょっと不気味な笑みを浮かべて、スマホをいじりながら、カウンターで大人しくなった。


 なんだかごちゃまぜ感満載な店内。

だけども寧子はこういう雰囲気が好きだった。

 お酒が好きになれたからこそ、こういう楽しい空間も知ることができた。


 お酒に感謝を。だけど飲むのはほどほどに。そう思いつつ寧子の夜は更けてゆく。



***



 サラマンダー転生より【杏奈】、チート~より【スー】(なろうのみ掲載)、そしてDSSより主要メンバーに登場いただきましたー。それではまた!

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