第43話三つの力が合わせって――それが日本酒!
「次は日本酒かぁ! 良いね良いね! うち日本酒もこだわってるから是非いろいろ飲んでってね!」
と爬虫類顏の店長さんは、嬉しそうに綺麗なガラスづくりの徳利をテーブルへ置く。これまた良く冷やされていて、徳利には玉のような汗が浮かんでいる。
日本酒――といえば、陶器に徳利に入っていて、おじいちゃんとかおじさんが飲むもの、と寧子はなんとなく思っていた。当然スーちゃんのような若い女の子が飲むイメージは全くなかったが、こういう綺麗な器に入っていると、アリだと思う。
「日本酒、日本酒、にゅ~!」
スーちゃんは鼻歌を口ずさみながら、これまた可愛らしい小さなガラス製のお猪口へ注いでゆく。
そうして三人そろって仲良く注いでもらった日本酒を口へ運ぶ。
「!! こ、これが日本酒ですかぁ!?」
これまでの日本酒の概念が180度ひっくり返った寧子のリアクションに、スーちゃんはにっこり微笑む。
透き通るクリスタルのような外観からは決して想像できない、青リンゴを彷彿とさせる爽やかでフルーティーな香りが日本酒から上がっていいた。香り通りに適度な酸味もある。それを米独特の甘みと旨味が支えていて、ただ“青りんごのような香りのする酸味の効いたお酒”――ワインのような感覚がありつつも、日本酒のアイデンティティをきちんと表現していた。
「ワインみたいだね。これだったら私も飲める!」
対面の杏奈も、大きな胸をテーブルへ乗せつつ、わずかに頬を赤らめてうっとりと日本酒の入ったグラスを見つめている。
なんだかエロい、と思ったのが寧子だけではないのだろう。
「にゅー! 海外で流行の純米吟醸!」
「じゅんまいぎんじょう?」
スーちゃんへ寧子はオウム返しをする。
「あー、日本酒ってお米の磨き方で”特定名称”ってのが付けられるんだよ」
間から声を挟んできたのは、トカゲ顔をした店長さんだった。
「精米歩合70%以上が本醸造、60%で吟醸、50%で大吟醸。精米歩合ってのは例えば吟醸なら元から4割削って、残りの6割の部分を原料にして使うってことだよ」
「そうするとどうなるですか?」
「お米ってのは中心に行く程、甘み成分があるんだ。だから削れば削るほど、甘みと旨味が増す原料ができる。しかも大吟醸は半分も削っちゃうから贅沢だよね」
「知らなかったです! 凄いです!」
「あはは~いやぁ~。ちなみに“純米”ってのは読んで字の如く、原料に米・米麹・水だけを使ったお酒で、造り手の味の典型が理解できる特定名称で……」
そんな店長さんを杏奈はジト目でにらんでいた。
「あ、杏奈? どしたの?」
「店長、仕事戻る! サボんない!」
「は、はいぃ~!」
店長さんは顔を爬虫類のように真っ青に染めて、背筋ピシッと足早に仕事へ戻る。
「店長のエッチ……」
「あ、あ! ご、ごめんです、アンちゃん! どーどーなのです」
「ネコは悪くない。気にしない。店長がエッチなだけ」
たぶん杏奈は嫉妬しちゃったんだろう。
杏奈は相当店長が好きなんだと思い、なんだ気持ちがむずむずする寧子なのだった。
「そ、そういえばスーちゃん、なんで日本酒飲みたかったですか!?」
「にゅ?」
と、そんな中でスーちゃんは、日本酒によってほろ酔いになり、一人の世界に浸っていた。
「外国いると、たまに日本のこと恋しくなる。それにこういう日本酒だったら飲めるってわかった。後は……」
何故かスーちゃんは顔を赤くなった。
「どうしたですか?」
「知人くん、教えてくれた」
「その人って……」
「にゅ~……!」
どうやらこの場でのおひとり様は寧子だけだったらしい。
「ねぇねぇこの“
ほろ酔いな杏奈は、日本酒のメニュー表を指さしつつ、寧子とスーちゃんの話を盛大にぶった切った。昔からこういう子だったと寧子は思いだす。
「それ、お米の品種! 酒造好適米の一番いいやつ!」
「へぇ、お米の品種名が書いてあるですか。ワインみたいですね」
「にゅ! 他には
「じゃあ、お米の品種によって味が違うですかね?」
「たしかに違う。五百万石、美山錦は
スーちゃんはちょこんと立ち上がり、寧子に負けず劣らずのまな板胸を突き出して、雄々しくふんぞり返る。
「日本酒、お米の種類だけで味決まらない。水、米、酵母、その三つが合わさって、一つの方向性へ向かった時、1本の日本酒が誕生する! 三つの力が一つになれば、ウン百万パワー!……って、知人くん言ってた。にゅ~!」
スーちゃんは酔いのためかなんなのか、頬を真っ赤にしながら嬉しそうに日本酒を口に運ぶ。
なんだか恋するスーちゃんを見て、寧子は可愛いと思う。
(たしかにこの日本酒は甘酸っぱいですねぇ)
まるで目の前の日本酒はスーちゃんの気持ちを表しているように感じる寧子なのだった。
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