026 『四席イケメン』

 ここでちょっとだけ、俺たちの学校がある街の紹介をしようと思う。

 何故今更ってなるかもしれないが、今日の話に大きく関わってくるからだ。

 以前、ベッドタウンと称したこの街だけれど、その言葉通りの街だと思う。

 駅前を少し離れると、閑静な住宅街って感じだ。

 用がある人は朝のうちに出かけて、用が無い人は家から出ないみたいな。

 反対に駅前はそれなりに整っていて、大体なんでもある。

 五分くらい歩けば、みんな大好きショッピングモールもある(噂によるとこれがあると田舎らしい)。

 そして今回の目的地はこのショッピングモールらしく、俺はノ割と一緒に徒歩でそこに向かっている。


「なぁ、お昼にしては早すぎると思うんだけど」


「ハルの頭の中はご飯のことしかないのね」


「失礼な!」


 と抗議はしたものの実際その通りで、それ以外の考えは無かったに等しい。


「じゃあ、何するんだよ」


「映画を見るわ」


「………………」


 予想外の答えが返ってきた。

 いや、俺だって別に映画くらい見たことあるし、そもそもこのショッピングモールで映画を見た回数は覚えてないくらい多い。

 だから、嫌いなわけでは無いし、むしろ好きなくらいだ。


「なんの映画を見るんだ?」


「別に見たいのがあったら、それでいいわよ」


 そう言われると結構悩んでしまう。

 映画をよく見ると言っても、劇場で公開している映画を常にチェックしているわけでもないので、何をやっているかは劇場に行ってみなければ分からない。


「……っていうか、何で映画なんて見るんだ?」


「お昼まで時間あるからでしょ、遅れたし、映画代くらい出してあげるわよ」


 流石は一万二千円のワンピースを着ているだけはある––––羽織はいいようだ(二重の意味で)。


 ショッピングモールに入り、目的地となる映画館に到着するのにそう時間はかからなかった。

 妹と来ると、大体ウィンドウショッピングとか言って、目的地に到着する前にやたらと色々なお店に入るので、すごく時間がかかるのだ。

 どうせ何も買わないのにさ。


「あ、あれが見たい」


 そう言って俺はデカデカと大きなポスターが貼られている、アニメ映画を指差した。

 断られるかなと思って提案したもののノ割の回答は、


「いいわよ」


 と、即答であった。


「いいのか?」


「あのアニメならあたしも見てたし、それにゲーム実況ってフリートークが大事なのよ。そのネタになるわ」


 なるほど、確かにノ割のゲーム実況はゲームの腕もいいが、トークもセンスがあると好評だ。

 こういう風に常にネタを仕入れるからこそ、トークも新鮮で面白いものとなるのか。


「じゃあ、チケットを買いに行きましょう」


「了解」


 日曜日という事もあり、数分程度並んでからカウンターに辿いた。

 カウンターのお姉さんは俺たちと目が合うと、ニコッと笑い「どうぞー」と案内してくれた。


「この映画をお願いします、高校生二人です」


 そう言ってノ割がパネルを指差した。その映画を確認してからお姉さんは、「学生証はお持ちですかー?」と尋ねてきたので、ノ割はこちらを振り向いた。


「あるぞ」


「昨日散々言ったものね」


 その通り、学生証を持ってくる事と念を押されていた。気分は遠足だ。

 ノ割に学生証を渡し、チケットを購入してもらい、その後にポップコーンとか飲み物とかを買ってから(これもノ割が奢ってくれた)、俺たちは指定された席に座った。

 日曜日ということもあり、座席は半数以上埋まっていた。

 ちなみに、俺とノ割の隣はまたまた空席のままである。


「隣、誰も来ないな」


「あぁ、両方ともあたしがチケットを買ったから誰も座らないわよ」


「はぁ⁉︎」


 その話が本当なら、ノ割はチケットを四枚買った事になる。


「なんでそんな事するんだよ……」


「隣が居ない方がリラックスして見れるでしょ」


 ……なんか、無駄にイケメンである。

 こいつが男で俺が女の子だったら惚れてしまいそうな技である。


「でも、他に見たい人がいたら迷惑じゃないか?」


「確かにそうだけれど、今日くらいの人数なら大丈夫よ」


 辺りをもう一度見渡すと確かにその通りであり、空席はいくつか存在していた。

 こいつ、無駄に気遣いも出来やがる。

 なんとなく無駄に対抗意識を燃やした俺は、気遣い返しと言わんばかりに、カウンターで借りたブランケットをノ割に羽織らした(ノ割も膝にかけているが、それでも少し冷えるからな)。


「あら、ありがとう」


「冷えるからな」


 俺がそう言うと、ノ割は何がおかしいのか笑みを浮かべた。


「何がおかしいんだよ」


「意外と気を使えてビックリ」


「映画代出して貰って、ポップコーンまで買ってもらってるしな」


「気にしないでいいわよ、ギャラが違うのよ」


「………………」


 この悔しさ、二度と忘れん!




 *



 映画を見終わった後のなんとも言えない高揚感を胸に、スターバックスに向かっている。

 本当はお昼を食べるはずだったのだが、お互いポップコーンでお腹が一杯になってしまっていた為、休憩でもしながら軽食を取ろうとなって––––スタバに向かっている。


「あたし、実はスタバよりタリーズの方が好きなのよねぇ」


「駅前にあったな」


「でも流石にあそこにまで戻るくらいなら、スタバを選ぶわ」


 それには同意するね。


「なんでタリーズの方がいいんだ? 味とか?」


「コーヒーの味なんて分からないわ」


 うん、俺もあまり分からない。隣に並べて飲み比べてみれば分かるかもしれないが。

 家のお父さんも「カップラーメンと缶コーヒーは味全部一緒」って、失礼な事を言っていた。

 父さんは、アイドルやアニメキャラの顔が全て同じに見えちゃうような人なので、勘弁して欲しい。

 まぁ、それは置いといて。


「なんでタリーズの方がいいんだよ」


「タリーズの方が雰囲気がいいのよ」


「変わらない気もするが……」


 そもそも雰囲気で言ったら、スタバの方がいい気もする。


「タリーズには、『スタバなぅー!』とかやってる人が居ないから」


「そりゃいるわけないだろ。やるとしたら、『タリーズなぅー!』だ」


「そういう意味じゃないわ、固定観念があるかもだけど、スタバって若い女性向けなのよ」


 ノ割も若い女性じゃないか––––とは言うまい。話がややこしくなりそうだ。


「スタバってね、店内がゆったりしてるのよ。時計とか置いてないしね」


「言われてみれば」


 あとは茶色感じの色とか落ち着くと思う。雰囲気がいいとも言える。店内も結構広いしな。


「あたしはね、外にいる時はキリっとしてたいのよ––––気を抜きたくないの。スタバに行っちゃうと、どこかリラックスしちゃうわ」


 確かにノ割はキリっとしている。さながら、出来るOL風の雰囲気さえ漂わせている。

 案外眼鏡がそう思わせてるのかもしれないが。

 そういえばノ割が欠伸をしている所など見た事がない––––姫先輩はよくしているが。


「あとは、タリーズって結構ご飯がしっかりしてるのよ」


「カラオケのご飯美味しいみたいな?」


「近いわね」


「でも行くのはスタバだよね」


 というか、もうスタバは目の前である。


「あたしは絶対に気を緩めないわよ」


 俺は「はいはい」と空返事をしながら、スタバに入る。来るのは久々だ。


「奢ってあげるわよ」


「流石に悪いよ」


 映画代、ポップコーン、ここまで全てノ割の負担である。

 稼いでいるからと言っても、流石に申し訳なく思う。


「スタバ券が余ってるのよ」


 親が福袋を買って付いてきたんだけど使わなかったの、とノ割は付け足した。

 こういう風に言われると、なんだか甘えざるを得ない。

 タダじゃないけど、実質タダみたいなものだから気にしないでって感じだ。


「じゃあ、買うの任せる」


「何でもいい?」


 俺は少し悩んでから、「甘いやつ」と答えた。


「分かったわ、席は––––」


 ノ割は席が空いてるか、チラッと確認してから、


「––––大丈夫そうだから、やっぱり自分で選びなさい」


 と、俺に命令をしてきた。

 だが、奢ってもらってばかりな為、へんに逆らう気にもなれず––––大人しく言うことを聞くことにした。

 正直スタバとかって頼むの難しいから自分で頼みたくなかったのだが(ベンティとかトールとか意味不明だ)、そう言われたらしょうがない。


「いらっしゃいませっ」


 スタバのお姉さんに愛嬌のいい笑顔を向けられた。


「彼氏さんとデートですかー?」


「そうなんですよー」


 即答であった。ノ割がスタバのお姉さんの唐突な質問に対して、即答をしてみせた。

 彼氏さんと言われて、それを否定する労力と手間を惜しんで、違うとも、そうじゃないとも言わずに会話を進めたノ割はサバサバしているというか––––要領がいいと思った。

 でも俺はそんなところがカッコいいとも思ってしまった。

 女子に対してカッコいいだなんて、あんまり言うものではないかもしれないけれど。


「ハルは何にするの」


「あっ、じゃあ一緒のやつで」


 メニューがよく分からない時に、ツレがいる時はこれに限る。

 飛行機に乗っている時に英語が分からない時の、『same please』だ。

 スタバは俺にとって言葉が通じない空間だ。

 店員のお姉さんはニコニコしながら、「かしこまりましたー」と答え、俺たちは受け渡しカウンターに移動した。


「彼氏になっちゃった」


「立ち振る舞い的には、あたしが彼氏だけどね」


 その通りである。いや、本当に。


「ほら、来たわよ、ボサッとしてないで席まで持つ」


「はいはい、分かりましたよー」


 それくらいはするさ。ここまで奢ってもらっている恩もあるしな。

 店員さんから商品を受け取り、俺たちは手頃な席に腰掛けた。

 トレーをテーブルに置くと、ノ割は甘そうなコーヒーを一つ俺に寄越した。


「はい、こっちがハルのね」


「両方とも同じだろ」


「カップを見なさい」


 そう言われ、疑問に思いながらカップを見ると、そこには丸いコロコロとした文字でこう書かれていた。


『可愛い彼女さんですねっ♡』


 ノーコメントだ。

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