025 『お出かけアクセサリー』

 日は変わり日曜日、駅前、十時半。

 制服ではなく、私服。

 俺はノ割を待っている。

 いわゆるデートってやつになるのだろうが、男女が一緒に出かけるからってそれをデートと呼称するのは、個人的に疑問に思う。

 違うと思う。

 ちなみに家を出る前に、母親から「デート?」と聞かれた。

 妹からも聞かれた。

 女の勘も外れるんだね。


 ––––って言うか、ノ割が遅い。


 待ち合わせ時間をもう三十分は過ぎている。別に俺は待ち合わせに遅れたからといって怒ったりするような男ではないのだけれど––––前日に散々「遅刻しないでね」と念を押した本人が遅れるのはどうなんだろうか?

 真面目で通っているノ割さんなわけだけども、時間にはルーズなのだろうか?

 LINEを確認すると、十分前に「こめん、遅れる!」とは来ているのだが、その後音沙汰はない。

 代わりに姫先輩から、謎のスタンプをプレゼントされた。

 マヨネーズのスタンプをプレゼントされた。

 どうすればいいのだろうか?

 使えばいいのだろうか?

 どこで?


「………………」


 ノ割にスタンプ連打をしてやろう。

 そう思ってスマホを取り出した所で、俺は目を奪われた。

 見ずにはいられなかった。


 改札口から、一人の美少女が小走りで走ってくるのが見えた。

 真っ直ぐに俺の所にやって来た。


 ––––ノ割である。


 遠くからでもすぐに分かった。目立っていた。

 その証拠に俺を含め、多くの人がノ割を見ていた––––目を奪われていた。

 この空間にいる人は全員見てるんじゃないかと勘違いしたほどに、だ。

 それほどまでにノ割は目立っていた。際立って、目立っていた。

 髪色が派手なのもあるが、全体のシルエットから違う––––可愛いを纏っている。

 シンプルなハーフアップの髪型、白いワンピース、ピンクのカーディガン、リボンの付いた栗色のパンプス、ビスケットの形をした小さなバッグ。

 今年の春トレンドは、これだ! と言われても違和感はない(実際、全然知らないのだけれど)。


「遅くなったわね」


「あ、あぁ」


 遅れた事に対し文句を言おうと思っていたのだが、そんな言葉は出てこなかった。


「今来たところ」


 代わりに、全然違うのにそんな訳の分からない嘘を付いてしまった。

 ノ割はそれを聞いて、苦笑した。


「あら、先に来て、三十分も待っていたんじゃなかったかしら?」


 そう言って、俺の催促LINEを見せてきた。


「いや、えっと……」


 咄嗟に意味の分からない嘘を付くからこうなる。そもそも、なんで俺はそんな事言ったんだ。

 しかしノ割は「まぁ、いいわ」と走ってズレてしまったのか、履いているパンプスを直す。その時ちょっとだけ胸元が見えた。姫先輩程ではないが、それなりにある。


「その、なんで遅刻したんだ?」


「女の子には色々あるのよ」


「学校に行く時は遅刻しないじゃないか」


「学校とお出かけは違うでしょ」


「出かけるって意味では一緒じゃないか」


「それは、ハルにとっては––––でしょ?」


 含みのある言い方である。

 これ以上追求しても答えてはくれなそうなので、この質問は切り上げ、別の質問をしよう。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


 そう、どこに行くか、何をするかを俺は全く聞いていない。

 だから、デートじゃないって言ったんだ。


「黙ってあたしに付いてくればいいのよ」


「なんだよそれ……」


「ハル、カモン!」


「俺は犬じゃない!」


「お昼ご飯くらいなら、奢ってあげるわよ」


「よし、早く行こう」


 それは仕方ないよね。まぁ、お昼食べるまでは付き合ってやるかな。


「………………」


 うん?

 ノ割の首筋に何か付いてる。


「なぁ、ノ割さん」


「あによ」


 今日も『何よ』じゃなくて、『あによ』である。

 まぁ、それは置いておいて。


「いいアクセサリーだな」


 ノ割は「アクセサリー?」と首を傾げる。

 その通り、ノ割はネックレスどころか、イヤリングなどのアクセサリー類は一切身につけていない(そもそもノ割は、ピアス穴が空いていない)。

 俺はニヤっと笑ってから、


「そのワンピース、一万二千円もするんだな」


 と教えてあげた。


「なっ、何で知ってるのよ⁉︎」


「流石人気急上昇のYouTuberは違うなぁ」


「だから何で知ってるのよ⁉︎」


 俺は無言で自身の首筋を指差してみせた。

 ノ割はその仕草を見て、少し考えてからハッとした表情を浮かべ––––自身の首筋を触る。

 そこには、値札タグが付きっぱなしになっていた。

 それに気が付いたノ割の顔が、みるみる真っ赤になるのが見てとれた。面白い、りんごみたいである。


「……ペンとかあるなら切ってやるぞ」


「あっ、えっと、ポーチの中にあるから」


 ノ割は少しギクシャクした動きで、カバンからポーチを出し、俺にペンを手渡してきた。

 俺はそれを受け取り、ノ割の後ろに回り込む。

 こいつ、耳まで真っ赤になってやがる。

 俺は苦笑いをしながら、タグにペンを通して、タグ紐の根元を軽く押さえてから、ペンをぐるぐると回して値札タグを千切り取った。


「ほら、切れたぞ」


「あっ、ありがとう……」


「真面目なノ割さんもこんなミスをするんだな」


「うっ、うるさいわね!」


「別に問題ないだろ、うちの妹もたまにやってるし」


「あたしは問題あるのよ!」


 ノ割は「もう、なんで今日やっちゃうのよ……」と小声で呟いていた。

 俺にからかわれるのが余程嫌だったと見てとれる。

 この前のお手の仕返しだ。飼い犬に手を噛まれたな。

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