🍓イチゴの足りないX'masケーキ🍰

侘助ヒマリ

かなりの部分がノンフィクションです。

 大学を卒業してからだいぶ疎遠になった麻生あそうから、電話が来る季節となった。


『なあ、今年も頼むよ。一個でいいからさ!』


「仕方ねえなあ。じゃあ一個頼むよ」


『サンキュ! じゃ、いつものやつでいいよな? なんなら実家の分も注文するか?』


「ふざけんな! 俺の実家がケーキ屋だってお前も知ってるだろ?」


 毎年木枯らしの吹く頃になると、きまって麻生とこんなやり取りをする。

 いや、俺だけじゃなくて、麻生はかつてのサークル仲間全員に同じような電話をかけまくっている。


 彼の就職先である大手コンビニの、クリスマスケーキの注文伺いだ。


 麻生の会社では、入社してすぐに全国の直営店舗の店長を歴任して現場経験を積むのが普通らしく、彼は入社一年目の冬から各店舗のノルマ達成に追われる身となった。


 正月のおせちに始まり、節分の恵方巻、母の日・父の日のプレゼントなど年間を通してノルマが課せられ大変らしいが、クリスマスケーキだけは俺らサークル仲間を頼って電話してくる。


「仕方ねえな」と苦笑いしつつも、毎年俺は麻生からケーキを注文する。

 サークルの他の奴らも同じだ。

 都内に住んでる奴はもちろん、愛知や大阪に住んでる奴まで、彼の勤務する群馬の外れのコンビニ店舗でクリスマスケーキを購入する。

 そんなことがかれこれ五年ほど続いている。


『配達日は12月22日の土曜日な。場所は大木んちのアパートってことで』


 配達日と場所を一方的に告げられるのもいつものこと。


「了解」


 返事をして電話を切った。


 俺たちのクリスマスが今年ももうすぐやってくる。



 🍰



 尊敬する教授の元で研究者の道に進むため、大木は来年博士課程を修了した後も大学に残るつもりらしい。

 大学入学時から住み続けている大木の安アパートの六畳間に入ると、八人ほどの仲間がすでにぎゅうぎゅうの車座になっていて、一斉にこちらを見上げた。


「よう、北川。久しぶり」

「おう。今年集まるのはこれだけか?」

「美幸と礼香がもうすぐ着くってー」

「そうか。けど、肝心の麻生が来てねえな」

「関越道は下りたみたいだが、その先で渋滞してるってさ」

「生クリームがダレちゃわないかなあ」


 一年ぶりに会う仲間たちが挨拶もそこそこに、つい昨日もサークルで顔を合わせたかのような気安さで言葉を交わす。

 部屋飲みの会場だった大木の部屋。

 変わらないメンバーの、変わらない笑い声。

 週末でみんなが私服ということもあり、この部屋に入った途端、時間が五年前に巻き戻ったように感じた。

 もっとも、あの頃よりほんの少しくたびれた皆の表情に目をつぶればの話だが。


 持ち寄った酒で麻生を待たずに宴会が始まり、かなり酔いが回ってきた頃になってようやく奴が到着した。


「なんだよー。もう飲んじまってるのか」

「遅れたお前が悪いんだよ! 待ちくたびれた」

「誰か車からケーキ運ぶの手伝ってくれよ」

「わかった。俺が行く」


 二、三人が立ち上がって麻生と一緒に部屋を出ると、しばらくしてから真っ赤な箱を積み上げた奴らが戻ってきた。


「忘れねえうちにみんな金払ってくれ!」

「うぃーす」


 それぞれが代金と引き換えに麻生からケーキ箱を受け取り、前に抱えて座り直す。

 女性陣からプラスチックのフォークが配られ、全員に行き渡ったところで大木が音頭を取った。


「それじゃ、やりますか」

「毎年恒例のクリパだな!」

「メリークリスマース!!」


 めいめいが酒の入ったプラカップを掲げ、形ばかりの乾杯をする。

 それからおもむろに赤い箱を開け、中からケーキを取り出した。


 麻生から買ったホールケーキを大木の部屋で一人一個まるごと食べるのが、俺らのクリスマスパーティーだ。


 五号サイズの丸い純白のケーキには、胸やけしそうなほどたっぷりのクリームがのせられ、そこに埋もれるかのようにクリスマスのチョコプレートやモミの木の形のロウソク、サンタクロースの人形などがデコレーションされている。


 いつもどおりのオーソドックスなクリスマスケーキ。

 しかし、何かが足りない。


「麻生……。このケーキ、イチゴがのってねえぞ」

「ほんとだー」

「そう言えば麻生君、イチゴはいつも後のせするように別で持ってきてたよね」

「はよ寄こせ!」


 純白すぎるケーキを前にイチゴの後のせを待つ皆の視線が麻生に注がれた。

 だが奴は一瞬視線をくるりと巡らせた後、何か思い当たったように顔をしかめた。


「……わりい。イチゴ、店に忘れてきた」

「ええーーーっっ!?」

「なんだってぇーっ!!?」


 十数人の仲間から、驚愕と悲嘆と絶望の入り混じった絶叫が沸き起こる。


「イチゴがなくてホールケーキまるごと一個なんて食えるか!」

「今から群馬まで取りに行ってこいや!」

「群馬まで行かなくたって、どっかで買ってくればいいんじゃない?」

「いや、さすがにこの時間まで開いてるスーパーはないだろ」


 酔っ払いたちは今さらイチゴを買いに走る気にもなれず、自動車で来ている麻生もすでにビールを飲んでしまっている。


「しょうがねえ。このまま食おうぜ……」


 俺がそう言うと、皆渋々といった表情でプラフォークを真っ白なケーキに突き刺した。


「くう……。甘ったるい」

「大木、頼む、水をくれ!」

「せめて、せめてスポンジの間にサンドされていたのがイチゴだったら救われたのに……」

「たとえサンドされてるのが黄桃でも、今の俺たちには唯一の拠り所だ」

 皆が無言で食べていたのは始めの五分の一くらいまでで、食べ進めるごとにあちこちから泣き言が聞こえてきた。


「これはレアチーズケーキだ。レアチーズケーキだからイチゴがのってないんだ……」

 大の甘党を自負する井口までもが、苦悶の表情で自己暗示をかけ始める。


「みんなすまん! 来年はイチゴを倍にして持ってくるわ」

「お前、こんなミスやらかしといて来年もまた注文取る気かよ!」


 悪びれた様子もなくカラカラと笑う麻生に非難を浴びせながらも、結局来年も麻生にクリスマスケーキを注文することになるんだろう。


 来年からは23日が祝日じゃなくなるから、こうして皆が集まるのは難しくなるのかもしれない。

 そのうち家庭を持ったりすれば、クリスマスケーキは家族で食べるために持ち帰ることになるのかもしれない。


 こんな馬鹿なクリスマスを過ごせるのは、きっとこの数年のうちだけだ。


 そう考えると、甘ったるいだけのケーキにほんのちょっぴり甘酸っぱさがのったように感じられた。





 五年目の集まりに。

 変わらない仲間に。

 イチゴの足りないクリスマスケーキに。


 メリークリスマス!!





 🍰


 後日談になるが、元旦から数日遅れで届いた麻生からの年賀状には、手書きで一言だけ次のように添えられていた。


『皆に渡せなかったイチゴは、スタッフで美味しくいただきました♡』



 🍰おわり🍰









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🍓イチゴの足りないX'masケーキ🍰 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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