第24話:帰還と宴

「良く帰ってきたね!」


 ユクトはエルナを背負って、ミランと一緒に森林の憩い場に戻ってきた。 

 彼らが宿泊している宿で、ロビーのソファにおかみさんが待ち構えており、彼らが入ってくるなりユクトとミランをがっしりと抱き寄せて熱烈な歓迎をする。


「うわっ!」

 

 思わずアベルの長剣とエルナを背中に背負っていたユクトが、後ろに倒れそうになるのをどうにか踏みとどまる。


「無事帰ってきました」

「エルナちゃんも見つかったんだね。本当に良かったよ」


 それから態勢を整えて彼女に帰還を告げると、背中のエルナを見てほっとした笑みを浮かべる。

 その目が赤いところを見ると、寝ずに待っていてくれたのだろう。


「それだけじゃないんですよ! 他の子供たちも無事に見つかったんです!」

「本当かい? すごいじゃないか!」


 4人の子供は、それぞれアベルとウルが2人ずつ連れて村長の家に届けている。

 紐で背中とお腹に1人ずつ固定した状態で。

 そのため、アベルは長剣をユクトに預けたわけだが。


 帰りは特に魔物に襲われることもなかったが、ウル曰く聖なる水で性質の変わったジルによる加護のお陰だろうとのことだった

 霊魂というよりは精霊よりの存在に変わっていたらしいが、彼が居なくなったことでその加護もすぐに消えてなくなるだろうとも言っていた。

 

「詳しい話はお昼でも良いですか? 今は彼女を休ませたいのと……あと僕たちも」

「そうだったね、そっちのお嬢ちゃんもだいぶくたびれてるし、早く部屋にお行き。布団を汚す心配はしなくてもいいよ。村の子供を救ってくれた恩人相手に、そんなことは気にしやしないからさ」


 奥さんはフラフラのミランを見ると、ありがたいことにそのまま布団に入っても良いと言ってくれた。

 だが、ユクト自身ドロドロのまま寝るのは遠慮したかったので、一応お湯とタオルだけは用意してもらう。

 

「意外と潔癖なんだね」

「いや、まあ綺麗な布団で寝るなら、さっぱりしたいんで」


 お湯を要求するユクトを見て少し驚いた表情をした奥さんだったが、すぐに笑顔に戻って奥へと引っ込んだ。

 お湯とタオルを用意しに行ったのだろう。

 それまでは、ロビーで少しゆっくりさせてもらうことにした。


 昼過ぎに目を覚ました時には、いつの間にか部屋に戻ってきたアベルも隣で寝ていた。

 彼は着替えこそしたものの、そこで力尽きた様子だったが。

 まあ、あれだけの冒険をしたあとに、子供たちを抱えて森を歩いて戻ってきたのだから当然かもしれない。


 ユクトは上半身を起こすと、ベッドの横のテーブルに置いた身分証を見てニヤニヤとする。

 そこにははっきりとレベルが5と表示されていた。

 まさか、一気に2も上がるとは思わなかったが、少しだけ思い当たる節はあった。


 1つ目はこれまでの戦闘で、レベル4まであと少しまでのところに来ていたのではないかということ。

 それと、お守りをルガールに投げる際に、魔力を込めたのではないかということ。

 そう、魔導士としての行動を取れたのかもしいれないと、考えたのだ。

 どちらも憶測にすぎないが。


 そして一番大きいのは、ゴースト以上リッチ未満のルガールに止めをさしたこと。

 これに尽きるだろう。


 そして初めてスキルを授かることもできた。


 【スタミナ変換】


 魔力をスタミナに変換するスキルらしく、オンオフの切り替えのできるパッシブスキルのようだ。

 彼自身まさか魔法職で自分に作用する肉体強化系のスキルを最初に覚えると思っていなかったので、あまりの嬉しさについ頬が緩んでしまうのは仕方ないことかもしれない。

 スキルは天啓や閃きとともに、使い方がすっと理解される。

 まるで自分で思いついたかのように記憶され、忘れることはない。

 いや、スキルを一時的に忘れさせる魔法やスキルもあるらしいが。

 自然に忘れることはない。


 いつみんなに報告しようかなと、身分証の入ったひも付きのケースを首に掛けていると、ふと横から視線を感じたのでそっちに目をやる。


「レベルでも上がったか?」


 そこにはいつのまにか横向きになって頬の下に手を置いた状態のアベルが、ばっちり目を覚まして面白そうにユクトの顔を見ていた。


「なんだ、起きてたの? 自分で起きるなんて珍しいね」

「ああ、なんか久しぶりに質の良い睡眠がとれた気がする。それよりも」

「うん、レベルが上がった。それも5になって」

「うわはっ! 一気に2も上がったのかよ! そいつはめでてーな」


 ユクトの報告に、アベルが自分のことのようにはしゃいで喜んでくれる。

 つい、ユクトも嬉しくなって、照れたように頭を掻いたが。


「じゃあ、今日は盛大に祝わないとな? 村長さんが子供たちを救ってくれたお礼に、宴を開いてくれるってさ。解決までいったけど、さすがに追加の報酬が支払えるほどの余裕はないから代わりにってね」

「まあ、確かに現金も欲しかったけど、それよりも喜んでもらえて良かった。皆で楽しめるなら、そっちの方が僕も良いかな」

「相変わらずの良い子ちゃんだことで。つっても、評価は最高評価を約束してくれてギルドにも一筆書いてくれるって言ってたから、昇格は確実だと思えばそれも悪くないか」


 アベルとしてはやはり現金が一番なのだろうが、そこまでお金に執着しているわけでもない。

 ただ、ミランに少しでも楽をさせてあげたいのと、自分とユクトの防具をなんとかしたいという思いが強いだけだ。


「でさ……ここのおかみさんも、旦那に頼んで飯をご馳走させるらしくて、明日の昼に森林食堂で食事してから出ないかって言われたんだけど」

「良いんじゃないか? クエスト自体もっと時間掛かると思ってたから、一日くらいはゆっくりしても問題ないでしょ」

「うんうん、宿泊費は村長が村の予算から出してくれるらしいし、じゃあ精いっぱい歓待を受けようか」


 その日の晩は盛大な宴が開かれ、彼らは大人気だった。

 特にウルは村ではまず見ることが出来ない、純血の獣人だったため村の大人達も興味津々だった。

 特に女性の方からの人気が高く、普段からミランとエルナがせっせとお手入れしていた流れるような毛並みを、皆がうっとりとした表情で見つめていた。

 一部文字通り鼻息荒く見つめている女性達も居たが。


 意外にもアベルは森林食堂の亭主と馬が合ったらしく、何やら村長を交えて楽しそうに話をしながら飲んでいる。


 ウルが女性に囲まれるのを見てプンプンと怒りそうなエルナも、外から来たエルフの子供ということで、村の子供たちから引っ張りだこ。

 それどころじゃなくなっていたが、エルナ自身同世代の子と関わることが少ないので、目いっぱい楽しんでいる。


「ちょと、あんまり走り回らないの! 砂が舞うでしょ!」

「うわっ、あのお姉ちゃん怖い!」

「逃げろー!」


 エルナを注意するふりをしつつ、みんなにはしゃがないようにと口にしたミランが、子供たちから逃げられてちょっと不貞腐れたりもしたが。


「エルナまで逃げなくても」

「うん、初めてじゃないかな? あんなにはしゃぎまわってるエルナって」

「そうね、楽しそうだし……ま、いっか」


 一方、柔和で人懐っこい顔つきをしたユクトは、おじいちゃんおばあちゃんに大人気で、お皿にこれでもかと料理を盛られて、昔話をいっぱい聞かされていた。


「ほれほれ、もっと食わねばそんなんじゃ、鍬もまともに振るえんぞ」

「冒険者様っつーのは、こんなに細っこくても強いのかい?」


 などと、余計なお世話だと言いたくなるが、ユクトはそんなことを思うような柄ではない。

 せいぜいが困ったように苦笑いを浮かべつつ、一生懸命に受けごたえをするだけだ。

 ジルから聞いたおとぎ話の顛末を離すと、老人たちは大喜びだったりもしたので彼らにとっても良い刺激だっただろう。

 

 最初にユクトにおとぎ話を伝えたミゲル爺さんも誇らしげだったし、彼に無理やり手を引かれてきたドワーフのスリナ婆さんもゆ、ことの真相が聞けて満足そうに皺くちゃの顔に、さらに深い皺を刻んで微笑んでいた。


 そしてひと段落ついた隙に、ミランの横に来て今はエルナ達をニコニコとした表情で眺めている。

 

「それにしても、凄かったね」

「うん、まさかあんなに祝福されるとは」


 ユクトが一番の大物の悪霊を浄化して、レベルが2も上がったという報告をしたら、皆がこの土地に伝わるお祝いの歌を歌ってくれたのだ。

 祝われた本人は、かなり恥ずかしそうだったが。

 それでもそれ以上に、こみ上げてくるものがあったようだ。


「明日の昼にはここを出るんだよね?」

「うん、早く町に戻って、ギルドに報告をしないとね。受付の人がどんな反応するのか楽しみだよ」

「でも、今日くらいは思いっきり楽しんでも罰は当たらないよね?」

「そうだね」


 ミランの言葉に、ユクトがアベルの方に視線をやる。

 

「ウルばっかりずりーぞ! 俺は、おっさんの相手しかしてないのに」

「むう……」


 とうとう村の女性に囲まれて、腕やら背中の毛を撫でられ始めたウルを見て、アベルが騒いでいる。


「なんじゃ、撫でてほしいのか?」

「わしが撫でてやろうか?」

 

 村長も森林食堂の旦那も酔っているのか、それとも誰とでもすぐに打ち解けるアベルのなせる業なのか、2人がアベルの髪をわしゃわしゃと撫でまわしている。


「あんた、飲みすぎだよ」

「おう、わしの可愛い人が来た。ほら、こいつがあの狼人をやっかんでるから、お前も頭を撫でてやれ」

「もう、村の恩人になんてことしてんだい」


 奥さんが見かねて注意しているが、旦那は気にした様子もなくアベルの首を押さえて頭を差し出させている。


「まあ、よくやってくれたよ。本当にありがとうね」

「くぅ……どうせなら、独身の若い子がよかった」

「せっかく人が真剣にお礼を言ってるのに、失礼な子だね」


 奥さんが頭を撫でているのに悔しそうにそんなことをのたまったアベルが、奥さんにその手で頭をパチンとはたかれていた。

 

「もう、アベルったら」

「お姉ちゃんたちも、一緒に踊ろう?」

「兄ちゃんも来いよ!」


 その様子をミランが眉間に皺を寄せて見ていたら、12~3歳くらいの少年少女が駆け寄ってきて、手を引っ張ってくる。

 どうやら一部の大人達が演奏して、皆で火を囲んで踊るらしい。

 村の祭事などで踊るらしく、祖霊に捧げるものらしい。


 見よう見まねで踊りながら、森で出会った3人の魂も見ていてくれてるのかなと、空を見上げるユクトだった。

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補助魔導士という良く分からないジョブ適性だったので、取りあえず剣士やってます ウマロ @stimulant

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