第6話

「ここで特別ルール! この問題は十八ポイント入ります!」

「は~い♪」


 俺の奥の手になどまったく動じずに、満面の笑みで右手を上げて、とってもいいお返事が返ってきたので先生嬉しいです。先生になった覚えはありませんけど。

 ですが、小豆さん。それでは一流のリアクション芸人にはなれませんね。なる必要もないので問題ないけどな。

 だが、小豆よ……どうやら、爪が甘かったようだな? いや、小豆の爪は舐めたことないけどさ。


「……んふふ~♪」

「……」


 俺の視線にスラッと伸びた白い指が映し出される。

 だから心の中の言葉なんだから、手を差し出すのはやめてくれませんかね。舐めないから。

 ほ、ほんとうだよ。さっき、てのひら、なめられたからって、な、なめないんだからね。


 とりあえず、冷静さを取り戻してみた俺。

 だけど、小豆。あんなにあっさりと了承したのが運のつきなのさ。さすがにコレはお前でも答えられんだろう。

 そんな風に心の中でガッツポーズをしていた俺。やっと寝られると思いながら問題を出したのだった。


「第五問 お兄ちゃん――」

「ヒロイン!」

「……」

「……」


 もはや言葉など不要とでも言いたいほどの不敵な笑みを浮かべて「お兄ちゃん」と言う主語だけで答えを言い切っていた小豆。

 その後、ニ人の間には『沈黙の艦隊』が数隻ほど通り過ぎていたことだろう――。



「……いや、お前、なんでアレを答えられるんだよ?」

「だって、お兄ちゃんだったら絶対に、最終問題には『俺が一番最初にプレイしたエロゲーは?』って聞いてくると思ったから」

 

 勝負がついた俺と小豆は、互いの健闘を称えて、俺のベッドで横たわっていた。 

 正確には、敗者の俺は小豆軍の捕虜として拘束されている訳だ。小豆さんの両腕に。

 まったくもって理解できない現状に思わず、人の胸に顔を埋めている小豆に訊ねていた。

 すると顔を上げたコイツは、さも当然だと言わんばかりにそんなことを言ってきたのだった。

 事実、そうなんだけどさ。確実に答えられない問題だと思っていたから勝ちを確信していたのである。

 だから、いまいち釈然としていない俺。眠い頭で。

 

 それ以前に、別に問題言っていないんだから不正を働いて問題すり替えてもよかったんだけどね。

 そんな頭は働かなかったんだね。眠いから。


「それにしたって、なんでお前が俺のエロゲ経歴を知っているんだよ?」


 そう、俺は仮に出てくる問題がわかっていたとしても、小豆には答えなんて絶対にわかるはずもないと思っていた。

 確かに俺のPCにはエロゲが何本もインストールされている。

 別に隠したりもしていないし、小豆も普通に使ったりするから、エロゲのことは知っていると思う。

 だけど、何本も入っている作品の一番最初のゲームなんて答えられないと考えていた。

 実際には容量的な問題でプレイ済みの作品は削除しているしな。絶対に知らないと思っていたのだ。

 そんな男の子のパンドラの箱的な機密事項をなんでコイツは知っているんだろう。

 俺の表情に浮かぶ疑問を感じたのかも知れない。小豆さんは、笑顔を浮かべて答えるのだった。


「だって、お兄ちゃんがインストール終わってから、私もお父さんに貸してもらったもん♪」

「……」


 俺のインストール後に親父から借りる。それは、ほぼリアルタイムで隣の部屋でも同じエロゲがプレイされていたと言うことなのである。

 あの、ク●親父め……可愛い娘になんでエロゲ貸してんだよ!

 いや、作品自体は素晴らしいんだけどな。

 どれも素晴らしい作品だった。とてもタメになった、参考になった。

 ……まったく活用できないのは俺のスペックが足りないからだと思う。

 だが、俺が借りたのって高一の時だったから、コイツって中二じゃん。リアル美里乃みりのちゃんじゃねぇか!


『美里乃』ちゃんと言うのは、アニメ『俺の妹がこんなに可愛くないと言うヤツは表出ろ!』と言う作品。

 いや、ケンカ売りすぎでしょ。まぁ、いいんだけど。実際に可愛いし。

 その作品の主人公『逢坂おうさか 神介こうすけ』くんの妹だ。

 そんな彼女は大の妹好き。自分には妹がいないのに妹萌えなのだ。

 そんな彼女はオタクである。そして中学二年生なのにエロゲをプレイする。

 とは言え、外面世間体はオタクとは全然かけ離れた優等生タイプの彼女。隠れオタと言うヤツなのだと思う。

 当然、家族にも内緒だったのだが、兄である神介くんにバレてしまうのだった。

 そのことをキッカケに美里乃ちゃんは、ことあるごとに『人生相談』と称して、周りからオタクだと言うことを隠す為にアニキに相談を持ちかける。

 そう言う内容なのである。


 いや、小豆以前に高一の俺がプレイしているのもどうかとは思うが、多感な年頃ってヤツで勘弁してください。

 親父が貸しているんで、親父から妹をかばう『人生相談』を受けなかったから、知らなかったんだけどさ。と言うか、知っていたら俺の方から人生相談してでも、プレイをやめさせているけどな。だって俺の履歴なんだし。


「……ん?」

「すぅ~。ふぁ~。……どうかしたのぉ~?」


 親父から俺のインストールしたエロゲを借りていると言っていた小豆。

 俺はその言葉に、少し気になることがあって疑問の声を上げていた。

 俺の胸に顔を埋めていた小豆さんは顔を上げて声をかけてきた。

 そんな妹に恐る恐る確かめておきたいことを訊ねる。


「なぁ、もしかして俺が借りていたのは……」

「全部借りているよ?」


 俺の問いに当たり前だと言うような表情で『全部』だと答える小豆。

 全部? え? いや、まさかな?

 ……いや、さすがに親父でも、そこまではしないだろう。

 そんな風に一抹の不安を覚えていた俺の耳に――


「だから、アブノーマルなのも全部プレイしたよ? ……お兄ちゃんのえっちぃ~」


 やーめーてぇーーーーーーーーー!

 俺の性癖が筒抜けですぞぉーーーーーーーーー!

 そんな、俺にとっての死刑宣告が小豆の口から告げられるのだった。


◇6◇


 俺は我も忘れて心の中で声を張り上げていた。

 そうなのだ。親父セレクトのエロゲ。

 エロゲには三種類存在する。

 ストーリーや彼女達との恋愛を楽しむ『作品系』のエロゲ。主にアドベンチャーゲーム。

 ゲーム性を楽しむ『ゲーム系』のエロゲ。シミュレーションやRPG。そして――

 がんばる為の『実用系』のエロゲ。うん。がんばることに特化したエロゲだね。


 ウチの親父はすべてを幅広く所持している。そしてジャンル問わず幅広く俺にも貸し出していた。

 最初こそ、本当の意味での親父セレクトだったけど。

 ある程度の本数をプレイした今では、かなり俺の意向を聞いて見繕ってくれているのだ。

 ……何故か必ず頼んでいない『妹もの』が紛れているんだけどな。

 とりあえずプレイしないのはゲームに失礼なのでプレイするけどね。

 そして、当然『実用系』だって何本も借りている訳で。かなり過激なやつを。かなりマニアックなやつを。まぁ、控え目に言ってキライじゃない。うん……捕まらない程度には変態なお兄ちゃんなのだった。

 ――って、親父、何平気で女子高校生にアブノーマルまで貸してんだよ! バカなの? バカでしょ? はい、バカ決定!

 ……うん。まぁ、嬉々として借りている俺がバカなんだけどね。


「……ねぇ、お兄ちゃん?」

「な、なんだ?」


 そんな風に背中が冷や汗で冷たくなっている俺の、胸をホカホカに温めて温度差を実感させている小豆さんは俺を見上げて声をかけてきた。

 俺はビクビクしながら妹に聞き返していた。

 すると潤んだ瞳と真っ赤な顔で俺にトドメの一撃を食らわせる。


「あ、あの、ね? 室内だっ、たら、どんなこと、でもぉ、我慢できる、けどぉ……は、恥ずかしい、からぁ、お外に、散歩へはぁ、つ、連れて……行かないで、ね?」

「ごめんなさい。お願いですから忘れてください……」


 泣きそうになりながら、小声になりながら、こんなことを紡ぐ妹。

 そんな妹の言葉に謝罪して忘れてもらうように伝える俺。

 ああ、今日は枕を涙で濡らして寝ることになりそうですよ。……色んな意味で。

 とは言え、俺が小豆さんの枕になっているんですけどね。


「でも、大丈夫♪」

「……なにが?」


 だけど、パッと表情を変えたと思うと、俺を拘束している腕をギュッと強めて満面の笑顔を見せながら――


「私も十六歳になったんだから、今日からお兄ちゃんには私がいるよ~。だから我慢しないで大丈夫なんだよ~♪」

「……なにが?」

「……くぅ~♪」

「――って、寝るのはやっ!」


 小豆さんが意味不明なことを口走っていた。何が大丈夫なんだろう。

 さすがに聞き捨てならない言葉だったんで、今度は俺が同じ言葉を繰り返していた。

 なのに小豆さんは既にユメノトビラを開けていた。いや、さすがに早すぎだろ!

 だが別に『かのは』の、あやてちゃん寝入り……もとい、たぬき寝入りしている訳でもなさそうだ。

 小豆のほっぺたをぷにぷにしても「えへへへ~♪」と笑顔で寝言を言うくらいだし、本気で寝てしまったようだな。夜遅いしな。疲れたんだろうし。俺も疲れた。

 だけど、油断はできないのだ。

 だから、再度ぷにぷにしてみよう。

 ……小豆のほっぺた、やわらかいな。おもちみたいだ。あっ、あんころもちか。


「……」

「ふふふ~♪ ――あぁむぅ――にゅっ!」

「……あっぶねぇ……」

 

 念には念を入れて十数回ほど試してみたが起きる気配はなかった。

 と言うよりも、突然俺の人差し指を食われそうになって、驚いて指を引っ込めた俺。

 何も入っていない口をもごもごしている小豆さん。

 ――なんか、ワ●ワ●パニックやっているみたいで面白いな。

 どれどれ……ひょい! ふぅ、まだまだ……っと! あぶねぇ。慎重に慎重に――いたっ!


 こんな風にゲームを楽しんでいた俺であったが、何度目かの攻防でゲームオーバーしてしまったのだった。まぁ、甘噛みなんで痛くないんだけどね。

 だけど口の中で、俺の指を溶かそうと唾液を絡ませる妹。溶けないけどさ。


「……」

「ぅぅぅぅ……ぬぅ~ぽぉっ」

「……」


 さすがにこのままって訳にもいかないので、引き抜く決意をした俺。

 ……うん。エクスカリバーの鞘じゃなくて指の方だけど。

 一気に引き抜いて小豆が舌を噛んだら可哀想なので、ゆっくりと慎重に引き抜き始めていた。

 そう、あくまでも小豆を気遣ってのこと。別に後ろ髪を引かれる思いなのではないのだ。

 少しずつ引き抜いていた人差し指を渡さないと言わんばかりに、指を絡める小豆の口。いや、お前のじゃなくて、お兄ちゃんのなんだから素直に返してね。

 なんとか口から引き抜いた指を、天井を見上げている俺の目の前に映し出す。俺の人差し指は蛍光灯に反射して、キラキラと光を纏っていた。うーん。この指どうしよ。

 

 指を包む唾液の湿り気と粘り気を眺めて、俺はこの指をどうすればいいのかを思案していた。

 小豆さんに拘束されていて身動きが取れない俺は、ティッシュもタオルも取れる状態ではない。

 かと言って、指をこのまま布団に入れるのは気が引けるし、俺のパジャマや小豆のパジャマで拭いてしまうのは失礼な気がする。

 一番手っ取り早く、俺が舐め取って自分のパジャマで拭いてしまえばいいだなんて、変態思考まで出現する始末であった。


「……」


 しかたないので、目の前でタクトのようにブンブンと振り回す俺。

 すっかり乾燥されたことを確認してから手を布団にしまう。

 とりあえず抱きつかれたままだし、身動き取れない訳で。俺も寝るしかないんだよな。と言うより、もう何もかも忘れて眠りたいのだ。

 まぁ、小豆もすっかり静かになったことだし、俺も寝るかな。


「……おやすみ。そして、誕生日おめでとう。小豆」


 俺は胸元あたりで寝息を立てている妹の嬉しそうな寝顔と、胸元をくすぐる寝息を感じて、微笑みを浮かべながらそう伝えると、電気を消して目を閉じた。

 だんだんと俺に睡魔が襲い、意識が遠のいていく。

 色々あって疲れたけど、なんか今日は心地よく眠れそ……う……だ……な……。


「……うぅ~ん♪ お兄ちゃんにならいいよ~」

「――ッ!」


 ――って、眠れるかーーーーーーーーーー!

 何がいいの? 何でいいの? 

 そもそも、女の子の息が胸元にかかっているのだ。妹だけど。

 シャンプーの香りを鼻に吸い込んでいるのだ。俺と同じシャンプーだけど。

 そんな女の子に身体を密着された状態で、グースカと寝られるヤツがいるんなら、出てこーい!

 いかん、心の中で騒いだら目が冴えちまった。

 でも今日は俺にとっては大事な聖誕祭だし、何よりお袋達が起きる前に起きて、コイツを叩き出さないと大変だからな。

 寝ることに集中せねば!


 俺もユメノトビラを開こうとしていたのだが、その瞬間に俺の胸にかかる生暖かい吐息と寝言で目が覚めていた俺。

 だけど寝坊できない。いや、してはいけないことを知っている俺は、必死で寝ようとしていた訳だ。

 そんな感じで、俺は頭の中で必死にひつじを数えていた。

 だけど、なぜか途中からスイカに変わって、五三万六四八一匹まで数えたところで意識がなくなっていたのである。スイカなのに『匹』なのは寝ぼけていたんだと思う。

 とは言え、五三万に到達した頃には、窓の外から新聞配達のバイクの音が聞こえていた。つまり、既に明け方だったのだろう。

 そんな時間にやっと眠りにつけた俺は、ものの見事に寝坊をして、小豆に抱き枕にされていた現場を、お袋に発見されてしまっていたのだった。



 これが、悲劇の始まりとなった『小豆の誕生日』の全貌である。 

 まぁ、この時点では俺には理解できなかった『小豆の問題の回答』なんだが。

 要は『アニオタ』な小豆さんには、お兄ちゃんの思考は全部お見通しだったのだろう。

 もしかしたら、俺がこのクイズをゲームにすることすらも知っていたんじゃ?

 いとおそろしき いもうとよ……。



 完

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