第四章 報復から利益を得る

第1話 完全犯罪

 誰にでも、好きな人、嫌いな人がいる。

 そして、それぞれに好きになったきっかけ、嫌いになったきっかけというものがある。

 だが結局、きっかけはきっかけであって、明確な理由とは異なるものだ。

 例えばある知り合った者を、心の中で、あまりよく思っていなかったとする。

 だが、大抵の者は、それでも妥協して付き合っていくだろう。

 そのうちにその理由などどうでも良くなって親友になるかも知れない。

 だが、別の理由、つまり「きっかけ」が発生して、その者を大嫌いになり、話もしなくなったとしよう。

 するともう、何があろうと嫌いとなる。

 その後、きっかけとなった理由がどうでも良くなった、もしくはなくなったとしても嫌いは変わらない。

 きっかけがなければ、いつしか親友になっていたかも知れない。

 だが、そのきっかけのせいで、おそらく永久に嫌いのままだ。

 そして、逆もある。

 人は何かがきっかけで好きになることも嫌いになることもある。

 それには、本人を好き、または嫌いになる理由は、関係ないのかも知れない。


          ■


「うーん、難しいねえ」

 衝立の向こうからは、そんな声しか漏れない。

「だって、こんな術式、まだ存在が認知されていないんだから、イルキラが犯人だって証拠をつかむのはかなり難しいんだよね」

「そこを何とかならないか?」

「イルキラが、開発している術式を持ってきて、同じ現象が起きたら証拠になるけど、まず出してくれないだろうし、起こすにはもう一人被害者を出さなきゃならないし……」

 ヴェルムはリーナに、先ほどの経緯を説明し、この件でイルキラを責める正当な理由を考察していた。

 なにしろ相手も一流企業だ、そう簡単に疑い、責めるわけにはいかない。

 「そちらにうちの社員が操られて、担保の金剛石ダイアモンドを、盗もうとした」などと言っても、それを証明するものは、イルキラ社内にしかない。

 更に言えば、未遂で済んだので、盗まれてすらいない。

 だから、何の証拠も痕跡もない。

 証明さえ出来れば、いくらでも責められるし、そちらのシナリオは得意だ。

 だが、大企業同士の戦いは、大義名分というものが必要なのだ。

 腹が立ったから攻めていい、というわけにはいかない。

 何とかして攻めなければ、メイフィの敵が討てないが、そこは相手も十分理解しているようだ。

「さすがに向こうも大企業だよ、こちらの被害が分かってるのに、後に残る説得力のある証拠がないよ」

「そうか……」

「あるとすれば、向こうの社員さらってきて口を割らせるくらいだけど、そのリスクはかなり大きいね」

 それは、もちろんそうだろう。

 お互い、国も関与してこない程に自治が認められている、逆に言えば無法に動ける集団ではある。

 だが、だからと言って、国同士の戦いに大義名分が必要であるように、こちらが理由もなく攻めれば、向こうに大義名分を与えられてしまう。

 大義名分が何故、必要かというと、大義名分は大義名分を呼ぶのだ。

 つまり、理由もなく相手を攻めると、それを見た第三社または第三国が、「イルキラが理由もなく襲撃を受けている。これは助けないと」と、リクシーナを攻める口実になってしまうのだ。 

 確実に、さらった者が吐かなければ、今度はこちらが責められるのだ。

 そうなるとどうしようもない。

「分かった、ありがとう」

「うん、ごめ……え? 今、ありがとうって言った!? あの鬼畜眼鏡と言われたヴェルムさんが? まあ、ボク以外言ってないけど! 何があったの?」

 心配とは別の興味を持っているリーナには何も応えずに、ヴェルムは諜報課ラクシルの事務所を出た。

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