第2話 熱い、男。

「シャムレナ、いるか?」

 ヴェルムは次に兵装課リュークスの部屋を訪れる。

「何だよ、こんな遅くに? こっちはもう帰るところだ。帰る間際にてめえの話なんて聞きたくねえから明日にしろ」

 うっとおしそうに声だけ上げて、無視するように座って作業を続けるシャムレナ。

「明日、全軍を出してくれ。ここにいる全軍と、あと、メリラ支部の出せるだけ全軍でいい」

「はあ? 嫌だよ、そう簡単に動かせるかよ。何言ってんだ?」

 シャムレナの拒否。

 それは当然のことであり、もしヴェルムとシャムレナの仲が良好でも、まずは拒否することだろう。

 実際、全軍を動かすのは簡単なことではないのだ。

 そして、そのくらいお前も分かるだろう? と。

「今から準備して、何とか間に合わせてくれ」

「…………? 何があったんだよ?」

 普段、こんな事を言われたら、怒鳴って拒否するところだが、ふと、シャムレナは気付いた。

 あれ、こいつ、表情があるぞ、と。

「……メイフィがイルキラ魔兵商会のスパイにされたが証拠がない。だから攻めて口を割らせる」

 簡単に経緯を説明するヴェルム。

「……お前、何言ってんだ? リスク高えだろ、嫌だよ、馬鹿か?」

 さすがにそんな無茶な作戦に、自分の大切な部下を出すことは出来ない。

「そりゃあな、私だって、てめえはともかくメイフィが被害を受けてるってのは、ムカつくし何とかしてやりてえ」

「…………」

「だがな、こういうことは相手の会社を壊滅させるつもりの覚悟がなきゃ出来ねえ。てめえなら分かんだろ?」

 ヴェルムの言っていることがどれだけ無茶な作戦か、少なくともシャムレナの知っているヴェルムが、分からないわけがない。

「証拠なんてもんは、諜報課ラクシルに調べさせて、それ持ってきゃいいだろ? いつものてめえならそうしてるだろ?」

 どうしたんだ? とは言わないが、普段と様子の違うヴェルムを、嫌悪しているとはいえ、もう、長いつき合いの彼がおかしいことが気になってしまうシャムレナ。

諜報課ラクシルには既に行った。難しいと言われた。リーナが難しいと言うという事はつまり不可能だという事だ」

「それで兵装課リュークスかよ。他にもいくらでも方法はあんだろ?」

「これが、一番効率がいいからだ」

 ヴェルムが迷いなく答える。

「はあ? いや、私は確かにてめえより頭良くねえけど、これよりも効率のいい方法なんていくらでも考えつくぞ? こっちの方が金も使うし死傷のリスクもあるし、どう考えても効率悪いだろ」

「いや、確かにその通りだ。だが、そういう話ではない」

 シャムレナの言う事は正しい。

 そう認めた上で、観点がそこではない、と言うヴェルム。

イルキラ魔兵商会やつらに最も効率的に打撃を与える方法がこれしかないのだ」

「打撃を与える? それは、もしかして、メイフィの報復にか?」

「そうだ」

 シャムレナは、本当に目の前のこいつはヴェルムなのか? と疑う。

 こいつこそ、誰かに操られていないのか、と。

 それほどあり得ない発言だ。

 ヴェルムは絶対に私情では動かない。

 そこが一番腹の立つところだが、同時に信頼出来るところでもある。

 こいつは目の前で部下を殺されても、この状況を利用してどうやって利益を高く得るかを考えるような奴だ、と思っていた。

 その彼が部下の報復のため、と口にしたのだ。

「……そうすることで、てめえの昇進が早まるのかよ?」

 シャムレナも何となく、メイフィの育成がヴェルムの功績になることを知っている。

 だからこそ、こんな奴の功績に、あの、何も教えなくても勝手に育つようなメイフィの成長が絡むのに腹が立ったので、自分が育てて、この成長はヴェルムには関係ない、と主張しようとしていたのだ。

「違うな」

 だが、ヴェルムはそれを否定した。

 つまりは、自分の昇進には関係ない、と。

「これは、私の、私怨だ」

「ほう」

 そして、これが完全に私情であることを堂々と口にする。

「つまり、お前個人が大切だと思っている奴がひどい目に遭ったから報復がしたいってことでいいんだな?」

「そう思って構わない」

 平然と、自分が許さないから報復をするためにお前会社の兵を動かせ、と言い切った。

 あの、ヴェルムが。

「絶対に奴らを許さない! 費用コストや社益など後回しだ。全責任は私が取る。だから全軍を──」

 まだ話しているヴェルムの襟を掴んで引き寄せるシャムレナ。

 そして──。

「む……んっ!?」

 引き寄せた口にキスをした。

 まさかそんなことをされるとは思っていなかったヴェルムは、抵抗すら出来ず、ただ、現状理解だけで精一杯となっていた。

「お、おま、なに……!?」

 驚き、慌てるヴェルム。

 それもシャムレナは初めて見た。

 いや、初めて会った、あのガキの頃はこんな顔をしていたかも知れない。

「ヴェルム。てめえもなかなか熱い奴じゃねえか!」

 ヴェルムの肩に手を回しながら叩くシャムレナ。

 彼女はとても単純な人間で。

 気に入った人間には、ただ、好意を示すのだ。

「そういう事なら分かった。全軍準備してやろう。おい、作戦会議するぜ、隊長残ってたら集めろ!」

 兵装課リュークス内に号令する。

「よし、後は任せろ。てめえにも協力してもらうぜ?」

「あ、ああ……」

 茫然とするヴェルム。

 いつもなら、何を言われても冷静な彼が、今はただ、成り行きを見守ることか出来なかった。

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