第6話 君は光

 人によく、心がない、お前には感情がないのか、と言われる。

 それを否定することは簡単だ。

 なぜなら、感情は存在するのだから。

 だが、私がそのような人間だと思われているのは、これもまた事実だ。

 会う人間ほぼ全員にそう言われるのだから。


 私に心がないと言われるのが事実であれば、それは失ったのではなく、壊れたのだろう。

 感情というものが私の自律通りに動かないだけだ。

 いつそうなったのか? と訊かれれば、その答えは明確に分かる。

 壊れたのは、あの時だろう。

 十歳の時、私には私の身の回りの世話をしてくれる使用人がいた。

 服を着替えさせてくれ、身体を洗ってくれ、部屋を掃除してくれ、暇なときには遊んでくれた。

 私もその人が気に入っていた。

 そしてある日、私の両親は借金で連れて行かれた。

 私はそれを知らないまま、部屋で多分、勉強をしていた。

 そんな部屋に、使用人たちが入ってきたかと思ったら、私に目もくれず、調度やベッドを持ち運び始めた。

 私は驚いて止めようとしたが、押されて吹き飛ばされた。

 それが恐ろしくて涙が出そうになった時、あの使用人が来た。

 他の使用人が恐ろしかった私は、その人に抱きつこうとしたが、止められ、服を脱がされ始めた。

 抵抗するが、殴られた。

 私は彼女に懐いていたので、彼女が鬼のような形相で私から衣服を奪っていく様子は、私自身、相当にショックだった。

 その後、一人になって、泣いていたが、そんな私を金融会社は家から追い出した。

 私は着古しの襤褸着ぼろぎだけを身に纏い、街を徘徊することになってしまった。

 当時としては、何もかも失って、何も出来ずただ、泣いていた。

 空腹になり、食べるものもないので、ああ、このまま死ぬのか、と考えたら、とても怖くなった。

 死にたくない。

 生きたい。

 どんなことをしてでも、生きていきたい。

 町の店頭に並んだ食材。

 あれを奪えば生きられるだろうか。

 いや、すぐに捕まって奪い返されることだろう。

 人の物を奪う事は悪い行為だ。

 いや、ではなぜ私はこんな目に遭っているのだ?

 何かもを奪われたのだ?

 誰かが、私から、私の物を奪ったからだ。

 ではなぜ、私は奪ってはならないのか?

 それは、私が弱いからに他ならない。

 私が強ければ、他人から奪っても、誰も文句は言わない。

 だとしたら、誰が強いのだ?

 誰が、人から物を奪っても、文句を言われないのか?

 ああ、それは、私から全てを奪って、誰からも文句言われていない存在がいるではないか。

 それは、金融会社。

 私の、天敵。

 だが、そちら側に回れば。

 金融会社側に回れば、自分は誰よりも稼げるのではないか?

 強い敵は、親の敵は、味方にした方が、私もその一部になれる。

 彼らに従属した方が、私は生き延びられる。

 貴族の誇り? そんなものは、潤沢な金がある者が酔って口走っているだけだ。

 私がそれを口にするということは、死を意味する事でしかない。

 貴族の誇りを持って死ぬ。

 なんて馬鹿らしい死に様だ。

 だから、私はリクシーナ金融社の門を叩いた。

 当時の融資営業課課長、現融資営業部部長は年齢も関係なく使えるものは伸ばして使う方針であったため、私はうまくそれに乗り、昇進した。

 他人の担保を奪い、その一部が自分の金になることに、何も思わない。

 私は醜くても、生きることを選んだのだ。

 他に何の選択肢はない。

 だから、誰が何を言おうと、私は──。


「それでも人は、自分の出来る範囲内で美しく生きる事は出来るんじゃないですか?」


 私と同じような境遇の少女が言った。

 ある日突然何もかもを失ったばかりの少女が、言った。

 その選択肢は、あったのだろうか?

 選択肢は、なかった。

 いや、「私には」なかった。

 私はただ、生きるか死ぬか、それ以外の選択肢を持ち合わせていなかった。

 だが、彼女はどうだろう?

 あるかも知れない。

 彼女には、第三の、第四の選択肢があるかも知れない。

 私は何故か、そうなることを願っていた。

 私の考えを否定して、自らの人生をもってして、それを証明する事を、心待ちにしていた。

 貧しく、苦しいながらも美しく生きて、私に「ほら、私は出来ましたよ?」と、生意気な表情で笑う彼女が見たいと思った。

 そして、私をこの暗闇から引っ張り出して欲しい。

 そう、願っていた。

 私にはない、私には放てない光を持っている彼女を、輝かせたいと思った。

 だから、彼女をこんなところでは終わらせられない。

 こんな、くだらない事で、終わらせられない。

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