第2話 兵装課の評価

「シャムレナ、いるか?」

「んだよ、次長殿。就任の挨拶か? んなもんいらねえよ」

 本日付で上司になったヴェルムに対しても、相変わらずの態度で接するシャムレナ

「社内への挨拶など非合理的なことはしない。それよりも二週間ほどこいつの面倒を見てくれないか?」

「んだよ、上司になったその日に命令とか……お、あの子じゃん、えー、何だった? そう、メイフィ! 久しぶりだな!」

 シャムレナはその長身でメイフィを引き寄せて抱き着く。

 メイフィはなすすべもなくそれを受け入れるしかなかったが、キスだけは厳重に警戒していた。

「なんだよ、この子、私にくれるのか?」

「いや、まだ所属は決まっていない。適正を見たいのだが、窓口課カスタマーよりもこっちの方が適性があるのではないかと思って連れて来たのだ」

 シャムレナは、嫌がるメイフィとのキスを諦めて、それでも片腕で抱きながらヴェルムに向き直る。

「てめえは部下の教育出来ねえもんな。使い潰して、仕事を与えずに、居たたまれなくなって辞めた奴、何人もいるよなあ?」

「私は常に会社の利益を考えているだけだ。彼女たちの平均的な退職期間を考えて、教育で私の時間、つまり費用コストを使用して、彼女たちを育てた場合と育てなかった場合の利益と費用コストのトータルバランスを考えた場合──」

「そういうとこだよ! もういい、この子は私がもらう!」

 シャムレナは、ぎゅっとメイフィを抱きしめる。

「よ、よろしくおねがんぐっ!?」

 油断するべきではなかった。

 隙をつかれて唇を奪われたメイフィ。

「とりあえず適性を見るために二週間だけだ。任せたぞ?」

 そんな惨事を前にしても、表情一つ変えずに兵装部を後にするヴェルム。

 背後からはメイフィの悲鳴にも似た声が聴こえてきたが、気にはしなかった。


「あいつを使ってみてどうだったか聞こうか」

 二週間後、ヴェルムはシャムレナをに訊いた。

 呼び出しても来なかったので、自分から出向き、その場では無理な話であったので、会議室に連れ込んだ。

「あの子は私に預けろ。絶対ものにしてやる!」

「私は評価を聞いているんだが」

 凄むように言うシャムレナに対しても、冷たくそう返すヴェルム。

「私が育てるからそれでいいだろ? なんでてめえに報告しなきゃならねえんだよ?」

「適性を確認しているだけだ。部長の命令でな。全ての情報をもとに、部長が配属先を判断するのだ。私はその橋渡しをするだけだ」

 実際はヴェルムが配属先を決めてもいいことになっているが、それをシャムレナには言わない方がいいと判断している。

「部長がってんなら言うけどよ。あの子はまあ、現段階で即戦出来るほどの強さはねえ。力もないしな。だが、スピードはかなりあるし手先も器用だ。だから後衛を努めつつ、場合によっては臨機応変に前衛も務められる戦力に出来る子だ」

「なるほどな」

「年齢考えたら、私くらいの年になったら主戦力、場合によっては私にとって代わるくらいになってるはずだ。あんな子を兵装課リュークスに入れねえなんておかしいと思うぜ?」

 絶対に欲しい、と考えているのが分かる、嫌いなヴェルムに対しても熱を持って話すほどの人材なのだろう。

「分かった。そう伝えておこう」

 話の途中ではあったが、ヴェルムは立ち上がる。

「おい、あの子どうすんだよ?」

「次は諜報課ラクシルに連れて行く」

「ちょっと待て、あの子を諜報課ラクシルなんて連れてったら宝の持ち腐れだぞ? 私の方が絶対モノに出来るからよ……おい、待てって!」

 ヴェルムは、メイフィについてまだ話そうとしているシャムレナを無視して会議室を出る。

 背後からは破壊音がするが、それも無視した。


「所感を聞こうか」

「……二十回はキスされました」

「それは所感ではない」

 兵装課リュークスの事務所にいたメイフィには開口一番でそう言った。

「えっと、訓練はきついけど、慣れたらやっていけそうだって思いました」

「そうか。では明日からはまた別の部署で二週間働け」

 ヴェルムはメイフィについてくるように促すと、談話室に移動する。

「あ、あの……それで、シャムレナさんは私の事をどう評価していたんでしょうか?」

「腕力がないと言っていた」

「そ、そうですか……」

 がっかりと落ち込むメイフィ。

「次は諜報課ラクシルに行ってもらう。リーナには会ったことはあるな?」

「はいっ! 頑張ります!」

 力強く、答えた。

 やはりこれでいい。

 兵装課リュークスで高評価だったと聞けば、もう兵装課リュークスでいいと思い、次では手を抜く可能性もある。

 だから、嘘をつかない程度にネガティブなことだけを告げ、どこかで気に入られなければ行き先がないと焦らせて必死にさせた方が、最もパフォーマンスが発揮できる場所が分かるものだ。

「リーナ、前に頼んでいたことだが、こいつを連れて来た」

 奥の衝立に話しかけるヴェルム。

『やあ、次長さん。お元気かい?』

「基本的な能力はないが、元盗賊であって潜入経験もあるそうだ。どの程度使えるかは私も知らない。自分で試してくれ」

 ヴェルムはリーナの挨拶を無視して、説明をする。

『君は本当に情緒がないなあ。用件の前に軽い挨拶くらいするもんだろ?』

「客先ではしているから問題ない。お前がそうしなければ極端にパフォーマンスが落ちるのならやることも検討するがそうではない」

『いいよ、分かったよ、まったく君は……。で、その子が新入社員の子だね? ああ、前にも一度来たね。あれは研修か何かだったの……いや、違うな? 君、あの時以降に絶望して、そこから立ち直ろうとしているんだね?』

 リーナが、見えていないはずの衝立の向こうから、まるで全てを見通しているかのように言う。

『あ、ごめんね? 嫌な思いさせちゃったね。これがボクの悪い癖なんだ、悪かったよ』

「いえ! 大丈夫です!」

 メイフィは今はまだ思い出したくもない事を指摘され、曖昧に答えようとすると、それを見取ったリーナに謝られる。

「とりあえず二週間だ。仕事をさせてもいいし、適性を見てもいい。二週間後に感想を聞かせてもらおう」

 二人の会話が始まったのを見て、ヴェルムはもういいとばかりにそう言って立ち去った。

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