第1話 配属

「本日より、君を融資営業部部次長に任命する。これが正式な任命書だ」

「謹んで拝受いたします」

 翌月、月初の部長室。

 ヴェルムは次長の任命書を受け取る。

「君がこれからは更に活躍できることを期待しているよ」

「ご期待に沿えるよう頑張ります」

 ヴェルムの一礼。

「さて、それともう一つ、今日付けで融資営業部の社員が一人増えることになった。君にその処遇を任せたいと思う」

「分かりました。どのような社員ですか?」

「例の女の子だよ」

 部長とヴェルム、二人の間の「例の女の子」と言えば一人しかいない。

「……その節はありがとうございました」

「君の珍しい頼みだからね。所属は融資営業部付となっている。どの課に所属させるかは君が決めればいい」

 部長が差し出すのは新しい組織図。

 そこにはまだ「仮」の組織図と書かれているが、その「融資営業部」の文字の下に部長、その下にヴェルムの名があり、その下に各課があり、課長以下の名前が並んでいるのだが、その課の並びと別の枝に、「メイフィ」という名前が記載されていた。

 本来ならそのどこかにメイフィの名前が載るものなのだろうが、現在のところ、ヴェルムの下に記載されている。

 このような状態を「部付社員」と言い、配属先が部までしか決まっていない新入社員にはよくあることだ。

「私が決めてもよろしいのですか?」

「そもそも彼女は君が『私が責任をもって育てます』と言ったからね。その責任を君に任せるのが筋だろう。それに私を含め上層部も彼女の潜在能力ポテンシャルはかなり高いと評価している。その花を輝かすことで、私も自信を持って上に君を部長に推薦できる」

 潜在能力ポテンシャルが高いという評価。

 それならばまだ、育てる価値はあるだろう。

 だが、あれを育てるのか、と思うとヴェルムは少し気が重くなる。

 何しろ前職は盗賊で、礼儀もマナーも盗賊のそれしか知らない十五歳の少女。

 あれに社会常識を一から教え込むとなると、気が遠くなる。

「とりあえず、君の課の部屋に行くように伝えてあるからもういると思う。しっかり育てて一人前の社員にしたまえ。彼女が成長することが君の弱点であった人を育てるという部分の解消にもなりうる」

「分かりました。では失礼します」

 ヴェルムは一礼をして部長室を出る。

 そして、多少気が重くなりながらも窓口課カスタマーの事務所へ向かう。

「……!」

 そこには所在なげに立っていたメイフィが、ヴェルムを見つけほっとしたように小走りで来た。

「ど、どこに行ってたのよ! 知らない人ばっかりで、どうしようかと思ったじゃないの!」

「言葉に気を付けろ。お前は今日から私の部下だ」

「あ……うん……はいっ!」

 慌てるメイフィだが、どうせ敬語と言っても盗賊内のそれ程度だろう。

 窓口課カスタマーなら、そこから鍛える必要もあるが、そもそも彼女に窓口課カスタマーは向いていないような印象がある。

「しかし、まさか本当に入社するとはな」

「あ、あんたが……あなたが来いと言ったんじゃないですか……」

 少し怒ったように、だが、やっと知り合いに会えたという安堵の表情のメイフィ。

 親族も友達もいない彼女は、ヴェルムのような男でも知り合いと言うだけでほっとするのだろう。

 ヴェルムは自分が彼女に嫌われていることは気づいている。

 だが、彼は与えられたこの駒を、自分の昇進のために効率よく消費しなければならない。

 駒は意のままに動いてくれればそれでいい。

 だが、困ったことに、生きた駒というものはモチベーションというものでパフォーマンスが変化するものなのだ。

 窓口課カスタマーには彼女のモチベーションを高められそうな女子社員はいない。

 そもそも、多くの女子社員は、本社移動時に、支社となる元の拠点に残りたいという希望を出してきたので、ここにはいない。

 では、新本社について来た社員は意欲溢れる優れた社員なのではないか? と言えばそうではない。

 彼女たちには個々に事情があるだろうし、その心境も複雑であろうから一概には語れない。

 だが、あえて端的に彼女たちの特徴を述べるのならこうだ。

 自分のミスをヴェルムに指摘され、「始めからお前には期待していない」「お前などに頼んだ私に問題があった」など、人格など一切配慮しない言葉を吐かれることを至上の悦びとしている。

 その群れの中に、このメイフィを混ぜてしまうのはもったいない。

 普段のヴェルムならそれでも構わない、染まる染まらないはあいつ次第だ、と思うだろうが、何せ今の彼は部下の教育能力を問われているのだ。

 ヴェルム直下の新入社員が、彼の指示のもと活躍を見せれば、それは非常に分かりやすいアピールシグナリングの材料となるのだ。

「とりあえず、お前の配属は融資営業部までしか決まっていない」

「はい。それで、いつどうやって決めるんですか?」

「私が、私の判断で決める。決まるまでは私の直下だ」

 ヴェルムが言うと、メイフィが微妙な顔をする。

 ヴェルムも、もとより彼女に嫌われていることは分かっているし、興味もないので特には気にはしていない。

「お前、前に盗賊団のところに行く前に、結構強いと言ったな?」

「うん……あ、はい」

「ではまず、兵装課リュークスに行くか。シャムレナの下で二週間ほど働いてみろ」

 そういうと、ヴェルムは、メイフィの返事を待たずに歩きだした。

「え、あ、ちょっと待って……ください!」

 メイフィはその後を慌ててついて行った。

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