洋種の少女

「……誰」


 少し掠れた細い声が扉の向こうから問いかける。


「私よ」


 ややあって、衣ずれの音。細い声は咳払いをして言った。


「……違う」


「『月に吠える』のがある・・・


「ひ、ひばりです」


「へえ……」


 ガチャリ、ドアが押し開けられた。

 ふわふわと広がる金の髪がドアの隙間から溢れた。レースのたっぷりとした白いドレスを着た娘はうす青い目でひばりの顔をじっと見た。


「……あんずの子は怒ったでしょう」


「まあ、ね」


 娘はふいと目をそらし、ドアを押し開けて中を手で示した。絹糸でかがられたドレープの合間から見える白い肌には、薔薇の蔦に巻き付かれたような赤いあざが何本も走っている。


「……入って、烏の先生、新しい妹」





 娘は泳ぐようにスカートをなびかせ、すいすいと狭い廊下を進む。慣れた様子で後に続く烏の乙女の後を、ひばりはおそるおそるというように追いかける。古びた板張りは、靴に踏まれてキイキイ鳴った。


ペンキが剥げかけた扉を開けると、


「うわぁ……!」


 ガラス張りの温室。至るところから漂うくらくらするほどの花の香り。蜂の羽音。錆びた鉄骨に絡む小さい葉。机に絡む若緑の棘。朝顔の隣でスノードロップが咲き、生けられた梅の花枝の脇で桔梗の鉢が花を揺らしている。季節を忘れたように咲く花々は不気味な調和を保っていた。


「……私、『藍色のひき』のがある・・・。呼ばれ方は色々。薔薇のもののけ、とか、花園の魔女、とか」


「私やあんずちゃんは、林檎と呼ぶわね」


 薔薇の株の間を慎重に通り抜けながら烏の乙女が口を挟む。


「──ゆめのやうにきえうせる淡雪あはゆきりんご……たった一篇の詩から名を決める……」


 いつの間にかガラスのポットを持った薔薇のもののけは、そう言ってため息を吐いた。


「あら、薔薇は薔薇さうびの姉さまがいらっしゃったし、蛙はいつも第百や蛙のがある・・・のものだもの。香料の乙女とでも呼びましょうか?」


「……品がない」


 そう言って、藤棚から垂れる薄紫をよけると、白い塗装が剥げかけた鉄の丸机と、椅子が三つ。薔薇のもののけは鈴蘭を背に座ると、カップに赤い茶を注いだ。

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