ひばり料理

雲日

「わが、せいの……せんちめんたる、」


 ひばりはたどたどしく、感傷の手、と題打たれた詩を読み上げはじめた。ひばりの声の他に、音といえば乾ききっていない暖炉の丸太がはぜる音、冬の訪れを告げる風がカタカタと窓を揺らす音──のみである。一向に火花の散る気配がないので、ひばりは少し開いた本に指を挟んで項垂れた。


「そうね……もっと想像力を詩に近づけるといいかもしれないわ」


 暖炉の前で、どこから持ってきたのか、揺り椅子に揺られながら本を読む烏の乙女が、謎めいた笑みを浮かべた。


「ひばりちゃんは、どういう服を着てみたいの?」


「わかん、ない……」


 ギイ、と揺り椅子が軋む。乙女は衣連れの音を立て立ち上がった。ひばりは目を見開いて振り返った。


「うまく行かないときもあるわ」


 白く伸びる素足が床を叩いた。


「──曇日くもりび空気くうきのなかに、」


 紅い火花が散る。見えない裾にミルクを流したように、煙のように広がるスカート。

 

くるひいづるくす鬱憂メランコリアよ……」


 鋭く、物悲しい薫りが広がる。深緑の枝がミルクの霧に隠れるように伸びる。はっと広がり、シニヨンに結われる黒い髪。


「そのもとにきりは咲く」


 その髪にはアラバスターの、胸元には薄色の小花が集まって咲く。どこからともなくショールがあらわれ、体に巻き付き。烏の乙女はひばりの手を取った。


Whiskyウイスキイのごときしぶき、かなしみ……」


 ショールを止める琥珀のカメオ。繋がれた手からウィスキー色の光が流れ込み、ひばりのワンピースをセピア調に染め上げた。烏の乙女は手を引いたまま大股に歩き、壁に掛けられた季節外れのカンカン帽を取り上げた。手の中で溶けて焦げ茶のベレー帽になったその帽子に、ひばりの髪を押し込んだ。


「出かけましょう。他の人の服を見れば、勉強にもなるわ」


「……はい」


 ひばりは羨ましがるような、憧れるような、変な顔をして頷いた。




 外は曇日であった。


 楽しげな足音を立てて砂利道を歩く烏の乙女のあとを、ひばりは雛鳥のようについていく。


「外に出るのは初めて?」

「はい」

「寒くない?」

「はい」


 ひばりの緊張した面持ちを見た烏の乙女は明るい笑い声を上げた。


「そんなに緊張することないわ。ご覧、街が見えてきた」


 白樺の木立を抜けると、草原があり、その向こうに赤煉瓦の街があった。草原の中の、踏み固められた小道を二人は歩き続ける。


「あそこが中央街。私はあそこに住んでいるの。今は……7人くらいが居るかしらね」


 小道に石がひかれ始め、いつしか二人は煉瓦の道を歩いていた。


「ひばりちゃんは、香水を付けたことがあるかしら」


 ひばりは唐突なその質問に少し驚いた顔をして、首をかしげた。


「多分……ない、と思う。興味は、あるけど」


 烏の乙女は安堵したように微笑んだ。


「良かった」


 二人は煉瓦の道を外れ、街の周りを歩いていく。木の電信柱が等間隔に並び、遠くに丸いドームが見える。雲に音が吸い込まれでもしたかのように、街は恐ろしいほど静かだった。


「ここよ」


 街の外郭から少し離れたところに、ちいさな西洋風の家がぽつりと建っていた。黄ばんだ薔薇園に囲まれたその家は、客を拒むかのように冷たい空気を放っている。曇り硝子の向こうで、人影が揺れた。


「ここの子は少し気難しやだけど、優しい娘だから大丈夫」


 烏の乙女はそう囁いて、そっと、呼び鈴を鳴らした。

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