4. 結―――という名の序章であり予兆



「……ったく、お前らはよぉ………はぁ。」

 ようやく落ち着いた兄―――太陽兄ぃは、深いため息をついた。





 あのあと。

 僕と月夜は、兄にコッテリと油を絞られた。拳骨はさすがになかったけど、それでも同じくらい怒られた。

 ・・・うん、やっぱり兄は怖い。最強だ。

 月夜なんか、怒られて少し涙目になってる。小声で「お兄ちゃん怖い……。」と言ってるのが聞こえたくらいだ。




 そして、その説教のあとが今に至る。

 兄は言いたいことが言えたのか、ちょっとスッキリとした表情だ。かわりに僕らはだいぶ凹んでいるが。

 もう一度息を吐いたあと、

「……で?主に浮気担当である伏見探偵。なぜ貴女はここに?まだ事務所は片付いてないのでは?」

 兄は矛先を、今も黙っている女性に向けた。


 ―――そういえば・・・今の今まで気付いてなかったが、彼女は兄が入ってきてから一言も話をしていない。普通はリアクションの一つや二つ、入ってきた人に気付いてもらえるように起こすはずだ。縛られているのなら、尚更のこと。

 けれど、それが一度もない。

(……なんでだ?)

「え、お兄ちゃん知ってる人?っていうか、やっぱり探偵さんだったんだ。」

 月夜も疑問に思ったようだ。

 しかし、兄はそれを無視して女性の方を―――伏見さんの方を見た。


 数秒間の無言のあと。

「……数時間ぶり、ですかね。貴方のご兄弟でしたか、。」

 ようやく伏見さんは重々しく口を開いた。




 伏見さんの刺々した言葉を、兄はやんわりとかわしつつ言葉を紡ぐ。

「私の質問には答えてくれないのか?伏見探偵。」

 まさかの知り合いだったことに、僕らは驚きを隠せなかった。一応名前は知っていたけれど、あの兄もこの人のことを知っていたとは。

 しかし、僕らの驚きはそれだけじゃない。

(……あ、あの太陽兄ぃが…………っ!)

(……あ、あのお兄ちゃんが………っ!)


((〝私〟って言ってる………………っ!?))


 普段(仕事のときは分からないけれど)敬語とは無縁だった兄が、敬語を使いそれ以上に自分のことを〝私〟と言った。これに対して、僕らは目を見開いた。

 とはいえ、僕らの驚きなど知らず、太陽兄ぃと伏見さんは会話を続ける。

「まさか。けれど、こちらにもプライバシーというものがあります。だから、簡単に言うわけにはいかないんです。」

「しかし、私は刑事である前にこの二人の保護者であり家族だ。知る権利は、私にもあるはずです。」

「貴方に用があるのではありません。あたしは、彼らに用があるんです。」

「だから関係ないと?」

「先程からそう説明しているはずです。」

 一見、普通の会話に見える。しかし・・・僕の目には、火花が真ん中に見えた。音も聞こえるような気がする。


 ―――しかし突然。

「……月夜。能力あれ使ってくれ。」

 イライラした兄が、月夜に指示を出した。

「……ぇ!?」「なっ……!」

 伏見さんと月夜が、ほぼ同時に驚きの声をあげる。月夜は戸惑いによる驚きに近く、伏見さんはむしろ、驚きより驚愕に近かった。

「お、お兄ちゃん……いいの?許可出して。」

 戸惑う月夜に、

「仕方ないだろ、こっちはやめてくれって言ってんのに……この人が聞いちゃくれねぇんだから。強制になっちまうが、眠らせる方が効果的だ。」

 少しずつイライラしてきている兄が、乱暴に答える。・・・だんだんと昔の兄に戻っていると思うのは、僕の気のせいだと思いたい。

「……っなぜ邪魔をされなければならないんですか!こっちは脅されてやってるんですよ!?」

 焦りが頂点に達したのか、伏見さんは大声でここに来た目的を話し始めた。


 曰く、今日の昼間に依頼がやってきたこと。

 曰く、その少しあとに窓ガラスが割れたこと。

 曰く―――その依頼の内容は、僕らの『記憶』であること。

 それらをすべて。


 その話を、僕らは首を傾げながら、兄は眉を寄せながら聞いていた。

 ・・・目的について話をしてくれたのは、良かったと思う。最初から知りたかったことではあったし、この人は僕らにとって敵ではないことも、ようやっと分かったからだ。

 ただ・・・なぜ、僕らの記憶が依頼なのか。

 というか、依頼内容が記憶とは思わなかった。人の記憶なんてまず、見せることも取り出すこともできるはずがない。ましてや依頼として出すことも出来ないはずだ。

 しかし、現にそれは来た。と、いうことは・・・

(彼女の能力は、記憶が関係するものなのか……?)

 だとしたら、先程『解放しろ』と言ったことも納得できる。手で頭に触れなければ、発動はしないのだから。彼女も焦ったに違いない。


 僕が頭のなかで考えている間にも、伏見さんは話を続ける。

「……だから貴方たち二人には、依頼として協力してもらわないといけないんです!そうじゃないと―――。」


「……てめぇ。」

 しかしそこで、兄が彼女の話をぶった切った。そしておもむろに近付くと、彼女の胸元をバッと掴み上げたのだ。




 ガタッと、椅子が音をたてて倒れた。

「お兄ちゃん!?」「っ太陽兄ぃ!」

 同時に僕らは声を上げた。そして兄を止めようと、二人で駆け寄った。

 その間も兄は、伏見さんの胸元をギュッと

 握りしめている。伏見さんはというと、怯えた表情で兄を見ていた。しかしそれでも、目の色を変えることはなかった。


 なんとなくというか、長年の経験で分かる。兄は今―――猛烈にキレているのだと。

 キレているせいか、昔使っていた口調に戻っている。殺気というか気配も、ヤンキーだった頃のそれになっていた。


 僕らのためとはいえ、ここで問題やら事件やら起こすとヤバい。兄が職を失う。

(それだけは……っ!)

「お兄、ちゃんっ……ここでやっちゃダメだよ!お兄ちゃんになにかあったら……あたしたち………っ!」

 月夜が必死に止めようとしている。兄の背に抱きつき、伏見さんから離そうと。怖いのか、ブルブルと震えながら。

 一方の僕も、伏見さんの胸元を握りしめている兄の手を離しにかかっていた。力を手に腕にいれて、少しでも暴走を止められるように、と。

 ・・・力はだいぶついたと思っていたけれど、やっぱり兄は強くて。なかなか離せそうにない。

 兄を止めたいと思うのに、それがなかなか出来ないのが悔しくて。

「……っ何やってんだよ兄貴!僕らが大事なら、こんなこと……っやるんじゃねぇよぉっ!」

 気づけば僕は、大声で兄に叫んでいた。



 それがきっかけかは分からない。もしかしたら、別の思いがあったのかもしれない。

 だからかは分からないが、兄はようやっと・・・伏見さんから手を離した。



「……ちっ。」

 少々イライラが残っているようだけど、落ち着いたみたいだ。兄は力を緩め、伏見さんを元の椅子の上に下ろした。

「ッゲホ……ッ。」

 微妙に息が詰まったのか、伏見さんは咳をしながら椅子に座りなおした。そして、キッと兄を睨み付けた。


 戸惑いを隠せず、チラチラと交互に兄と伏見さんを見ていた月夜。しかし意を決したのか、もう一度伏見さんに向かって頭を下げた。

「……ごめんなさい、探偵さん。」

 そして、左手を彼女の頭に向けた。

 ゆっくりと彼女の左手に、光が灯っていく。同時に、とてもいい華の薫りが、この場所にじわじわと広がっていった。


「っなん…………で…………………。」

 最初は抵抗していたものの、徐々に目をトロンと蕩けさせ、瞼の力が抜けていった。

 そして最初よりは素直に、眠りへと堕ちていった。


 ダランと力が抜けきって、椅子から落ちそうになる伏見さんの身体を、兄は片手で背中に乗せた。いとも簡単に、軽々と。

「よっ……と。」

 落ち着いたのか、いつもの兄に戻っている。さっきまでの兄とは全然違って、いつもの陽気な兄に戻っていた。

「……っお兄ちゃんのバカやろーっ!」

 月夜が泣きながら、兄の懐に飛び込んだ。そしてその勢いで腰に抱きついた。

「うわぁっ月夜!?なんだよ怖かったのかぁ?」

「ったり前でしょう……!っバカ兄貴、怖がらせないでよ……っ。」

 驚いていた兄だが、月夜が震えているのに気付いて片手で姉の身体を抱き締めた。

「……ごめんな月夜。怖かったよな?もう、こんなことやめるからな?大丈夫だぞ~。」

 頭を撫でる兄に、泣き止んだ月夜は、

「絶っ対にやんないでよバカお兄ちゃんっ。次やったら……っお兄ちゃんの嫌いなピーマン料理にしてやるんだからっ!」

 と軽口を叩いた。

「おいおいおい!それだけは勘弁してくれ~っ!」

 おどける兄。笑う月夜。

 二人とも、だいぶ調子が戻ったようだ。




 落ち着いたところで、僕は月夜を呼んだ。

「……月夜、そろそろ始めようか。」

 僕の声にハッとなったのか、月夜は頷くとこちらにやってきた。そして、僕の大きな右手を握りしめた。、自らの左手で。

 そして、どちらからともなく頷くと、それぞれ痣のある手に意識を飛ばした。


 ―――瞬間。一人でやったときよりも熱い熱が、僕らの握りしめるそれぞれの手に集まる。そして・・・〝勿忘草〟の『華』が、大輪の花びらを咲かせた。

 それが合図かのように、同時に僕らは言葉を紡いだ。空いた手を、彼女の頭に向けながら。


「「消えろ。記憶は小さな花弁となって。」」


 握りしめた手から現れた光が、キラキラと粉のように舞い上がった。そして、それは彼女を―――伏見さんを包んだ。




 そのあと、兄は伏見さんを事務所に送ると言って出ていった。それを送り出し、僕らは眠りについたのだった。







 これで、僕らは安全だと思っていた。依頼なんてなっているし、襲われる心配なんて、もうないのだと。

 けれど―――この一夏の出来事は、これだけにとどまらなかったことを、今の僕らは知るよしもなかったのだ。


 ―――今、始まろうとしている。

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