3. 転

 ちょうどその時。

 ピンポーン・・・と、女性がインターホンを鳴らした。そしてその数分後に、ガチャリと玄関の戸が、音をたてながら開いた。

(……っ今!)

 見られないように、少しずつ近付いていく。徐々に、彼女に向かって圧力をかけながら。

 そして―――

「なっ。」

 彼女が気付いて振り向いたのと同時に、彼女の額にかざした左手に向かって意識を集中させた。

 瞬間。左手に熱が集まり、甲に淡い光を放ちながら、〝勿忘草わすれなぐさ〟がゆっくりと、その『華』を咲かせた。

 その光は、ふわりと香のように粉末になって女性の周りを包んだ。同時に、なんともいえないとてもいい香りが、四階のフロアを漂い始めた。

 彼女は最初こそ抵抗していたものの、目をトロンと蕩けさせて崩れ落ちた。それを、あたしは彼女の身体を支えておぶった。

 手を口許に寄せると、微かに息をしている。目も閉じている。

 ―――どうやら、あたしの能力は効果を発揮したみたいだ。

「よっ……と。」

 彼女の背中に手を回し、しっかりと背負うと玄関の戸を開けた。


 ―――「……ごめんなさい、探偵のお姉さん。」

 あたしの呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。









 ・・・ピンポーン・・・・・・。

 ・・・・ガチャリ。キィーー・・・・・・。

 インターホンの音が聞こえてきたので、僕は戸を開けた。ただし、

 右手は変わらず、綺麗な光を放っている。何個いくつかの力を使っているからか、その光は少し明るい。しかし、まだ限界ではなさそうだ。

 ―――暫くすると、微かに香のような薫りがしてきた。そして・・・。


「たっだいまーーー!」

 強くなった薫りとともに、姉が女性とともに帰ってきた。






「おかえり、月夜。大丈夫だったか?」

 リビングの窓を少し開けながら、僕は訪ねる。それから、溜まっていた食器を洗い始めた。

「だいじょぶだいじょぶ!取り合えずはよゆーだよ。あんたの力のおかげね。」

 背負っていた女性を椅子に座らせ、しっかりと椅子に固定しながら月夜は答えた。

 そんな姉の様子に、

「……そっか。」

 安心したのと姉の力になることができた喜びで、少しだけ笑った。姉に見えないように、だけど。




 洗いものを終えると、僕は別の開いている椅子に座った。そして、椅子に固定されている彼女を改めてみた。

 歳はたぶん、僕らより年上だ。成人して会社に行くくらいだろうか。いや、この服装から見て探偵の類いか。

「……どう?なにか分かりそう?」

 隣の椅子に座った月夜が、こちらに目を向ける。その目は好奇心に溢れていて、キラキラと光っていた。とにかく気になって気になって仕方がないらしい。

「……危険人物ではなさそうだ。刃物とか銃とか、見た感じ見当たらないし。」

「んじゃあやっぱ……探偵さん?」

「だろうね。たぶん兄ちゃんが言ってた、伏見さんって人だよ。」

「え、そうなの!?こんなキレイな人だったんだ……。」

 唸り始めた月夜に、僕は能力の電源スイッチを解除した。渡していた力が、僕の右手の甲に戻っていくのを感じる。それから、疲労がドッと押し寄せてきたので、息を吐きながら座り直した。




 ―――その時。

 女性が眉を潜め、身じろぎし始めた。それからゆっくりと・・・目が開いた。―――どうやら月夜の能力・『深眠ディープ・スリーパー』の効果が切れたようだ。

 それは姉にもわかっているようで、

「効果切れんのはやっ……まぁ話聞きたいし、また眠らせるからいいけどさぁ。」

 とため息をついていた。

 女性は何度か目を瞬かせ、辺りを見回した。そして、自分の状況に気付くも声を上げることはなく、ただじっとこちらを睨み付けた。


「……どうしてあたしを入れたの?あとこの拘束、早く解いてくれないかしら。」

 淡々と彼女は問う。冷静だろうが胸のなかで色々考えてる、そんな表情だ。

 怒りとか焦りとかあるのだろうけど、まずは状況把握をせねば・・・というところだろうか。

(なるほど、さすが大人の対応と言うべきか)

 監察をしながら、僕は答えた。

「僕らに用事があって、そのためにここにやって来た……僕はそう考えています。だからこそ、僕は部屋に入れた。多少強引でしたが、そうでもしないと危ないと思ったので(僕らが、だけど)。」

 月夜が頭を下げる。女性は一層、眉を寄せてさらに問う。

「この拘束については、何かないの?できれば解放して欲しいのだけど。」

 ほんの少し、女性に焦りが見える。

「ごめんなさい、探偵のお姉さん。それだけは駄目なんです。」

 この問いには、月夜が答えた。

「なぜ?」

 さらに問う女性。焦りが見えはじめ、額に汗が流れたのが見えた。何をされるのか分からなくて、困惑しているようにも見える。


「……あなた、ですよね?」

 今度はこちらから質問した。監察して考えて導き出した、一つの可能性を確信のものとするために。とはいえ、ほぼ確実に当たっているような気もするが。

「っ!?」

 案の定、彼女は目を見開いた。身体を硬直させ、ただじっとこちらを凝視した。

 この反応で、僕の考えは当たった。彼女は僕らと同じ―――だと。

 月夜も驚いているようで、僕と女性を交互に見ていた。

 そんな彼女達の表情を無視し、僕はまた淡々と言葉を紡いでいく。

「どういう能力かは、僕にも分からない。だけど、拘束を解けと言われるってことは少なくとも、発動させるには手でどこか接触させることが必要。違いますか。」

「……。」

 女性は無言だ。しかしそれが肯定のように、僕には思えた。

 そう考えた上で、言葉を続ける。

「なら、それをさせないようにするために僕らは、貴女を拘束した。それが、貴女のさっきの質問に対する答えです。」


「本題に入ります。ここに来た理由を、僕らに教えてくれませんか?」

 また無言になったので、僕は最初に気になっていたことを聞いてみた。それは、ここに来た目的だ。

 目的がなければ、普通こんな時間になんて来ない。来るはずがない。あり得ないからだ。

 だとすれば、なにか目的があって僕らに会おうとしている。そう結論に至った。

 ―――では、その目的とはなんなのか?

 それが僕は知りたかった。

「………。」

 しかし、まだ無言だ。よほど僕たちに言えることじゃないのかもしれない。

 けど、ここでいってもらわないと・・・この人が僕らにとって、敵か否か。それが分からないままだ。

(……まぁ、教えてくれる訳ない、か……)




 ―――その時。ガチャンと玄関から音がしたのと同時に、

「ただいま~おい双子ども、帰ったぞ~。」

 ・・・僕らの兄が、帰ってきた。


 ・・・ヤバい、とてもヤバい。

 何がヤバいって、この状況がヤバい。

 相変わらず女性は椅子に固定されたまま。縄で縛ってるから、簡単には抜け出せないようになっている。これじゃあまるで、僕らがこの人に対して、なにか悪いことをしているように見えてしまう!

 隣では同じように、月夜もあわあわと焦っていた。今更ながらだが、女性を縛っていることに気付いたようだった。

「よよよよ夜見、ここ、これお兄ちゃんが見たら……っ。」

「っ月夜、早くその縄をほどいた方がいい!確実に怒られるって太陽兄ぃに!」

「っ分かってるわよ!」

 姉がほどきにかかった。といっても、自分のナイフで縄を切るだけだったが。


 ・・・がしかし。

「んだよお前ら。なんで返事しねぇ―――あぁ!?」

 月夜がほどくよりも早く、兄はリビングに着いてしまった。

 兄は入ってすぐに、状況を理解したようで・・・






 一度深呼吸をした兄は、また大きく息を吸うと。

「……お前ら何やってんだっ!!」

 夜だと言うのにも関わらず、僕らを怒鳴ったのだった。

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