2. 承

 ―――異変があったのは、家に帰ってから十分ぐらいのことだった。




「ごめん下さぁい。」

 ―――明らかにここのマンションには住んでいない、僕らより年上だけど若い女の人の声。しかも、こんな時間に用事があるはずもない人だ。一体、何の用だ?

 不信感を募らせながら、僕は今さっきのことを思い出していた。









 結局、家に帰ってきたのは21時を過ぎてからだった。買い出しに思いの外時間がかかり、さらに外食までしたからだ。

 原因は、月夜にある。いつも食べているアイスがなかなか見つからず、色んな所を歩き回ったのだ。コンビニにも行ったし、スーパーマーケットにも行った。本当に・・・色んな所を歩き回ったものだ。

 だから―――そのアイスが見つかったとき、すでに時刻は19時を過ぎていた。

 今から帰ってご飯の用意をするのは、なかなかにツラい。食器がまだ何個か残っていたので、まずは洗いものからすることになってしまう。

 それは非常に―――めんどくさい。僕もそうだけど、月夜も確実にごねる。

 ということで・・・ほんの少し浮かれながらも、外食をすることになったのだ。


 夜の花咲町は、地方都市の田舎町だけあって、少々肌寒い。昼間の温暖な暖かさとは違い、冬の昼間のような寒さだ。気温の寒暖差が大きい。夏だというのに、だ。


 肌寒い町のなかを、はや歩きしながら家に帰る。そして家のなかに入るとまず、月夜がお風呂場へと走っていった。

 煩かった姉がいなくなったので、ようやく一息つけるところだったのだ。




 ―――だったのに。まさかこの瞬間タイミングで邪魔が入るとは。

(ったく、こんな夜中に誰だよ……)

 少々イライラしていた僕は、半ば八つ当たりのつもりで玄関を見に行った。










「……めん下さぁい。」

 お風呂場でシャワーを浴びていたら、微かに外から声が聞こえた。

 ―――こんな時間に、しかも女の人が来るなんて。何の用事があって来たのだろう?

 ほんの少し嫌な感じがしたあたしは、急いでお風呂場を出ると、着替えの服を手に取った。素早く着替え、洗面室から廊下に出る。


 ―――同時に。弟の夜見とぶつかりそうになった。

「「っ!」」

 ―――瞬間タイミングは、あたしたち二人ともほぼ同時。あたしはそのまま目の前の部屋に入り、夜見はキュッと音をたてながら後ろに下がった。

 ちょっとだけ足を擦りむいたけど、怪我はそれだけだったから大丈夫。

 その時、夜見が言った。

「……月姉ぇ、大丈夫か?」

 あたしと同じ翠の瞳を、不安そうに揺らせながら。しかも、昔呼んでいた呼び名であたしを呼んで。『月姉ぇ』・・・と。

 ・・・不安、なんだ。今ここに来た人が、あたしたちを害する人かどうか、全然分からないから。

 なら、今のあたしにできること。それは―――


「……大丈夫。あんた一人じゃないから、あたしがいるから。」

 あたしは、夜見の身体をギュッと抱き締めた。〝ここにいるから〟と、夜見が安心できるように。

 ・・・ほんの少し、不安もあるけれど。それを隠すように、あたしは夜見を抱き締め続けた。




「………月夜、もう、だいじょぶだから。」

 夜見の照れたような声がしたので、あたしは解放した。そして、弟の顔を見た。

 だって、弟の照れた顔は小学校以来だもの。あの時の夜見は、それはそれはとても可愛かったから。

 けれどすでに、元の何かを考えてる表情に戻っていた。・・・すでにもう、落ち着いたみたいだ。・・・見たかったのに。

 そんな弟に、ほんの少し寂しさを感じながら、今来た来客は誰か聞いた。




(……っと)

 地面に降りると、あたしは一度息をついた。

 夜空の星がキラキラと輝いて、一つの宝石のように見える。月はすでに墜ちたのか、星はいつもより近くに、そしてきれいに見えた。

 顔を上げ、左手を伸ばす。星を掴むかのように、真っ直ぐと。

 影になっているからか、は見えない。明るい場所なら、キレイにそれは見えるのに。

 ・・・いつもであれば、見えない方がいいと思っている所だ。枷なんて、いらなかったから。それをつけたときのことを、思い出したくもないことだから。見えない方が、罪の意識を・・・考えずに、すむから。

 けれど今は―――少しでもいいから見たかった。罪の象徴だけれど、勇気を貰える証でもあったから。

 あたしは左手を、そっと右手で包んだ。そして、少しでも勇気を貰えるようにと、ギュッと握りしめた。


「っよし!」

 気合いを入れると、あたしはもう一度マンションの入り口に向かった。






 あたしたちの家がある四階への階段につくと、まずはそっと玄関の方を見た。

 玄関の前に、女の人が立っている。上にハーフコートを来て、黒いスリムパンツに身を包んだ女性が。帽子を被っているのは、顔を見せないようにするためだろうか。あるいは変装のつもりか。

(癖っ毛のある人なのね……)

 襟元と帽子の間から見える髪が、くるんと跳ね上がっていた。もしかすれば、その癖っ毛が直せなくて、帽子を被った可能性もあるのかもしれない。

(間抜けなのか、それとも誘ってるつもりか……)

 どちらかは知らないが、仕掛ける瞬間タイミングは待たねばならない。見えないように身体を上手く隠しながら、あたしはその時を待った。先ほどの会話を思い出しながら。




 ―――「今来た人は、たぶん探偵かなにかの人だ。あるいは僕らの能力を狙う、危険人物。」

 本を棚から何冊か出しながら、夜見は自身の考察を語った。

「……どちらにせよ、あたしたちを狙ってるのには変わりないでしょそれ。」

「まぁ、そうだな。」

 ようやく出し終えたのか、弟は椅子に座った。右手で本に触れながら、淡々と言葉を紡いでいく。

「取り合えず、月夜には奇襲をかけてもらおうと思うんだけど。」

「了解。どうすればいいの?」

「今から力を何個か、月夜に渡す。それを使って外に出てほしい。瞬間タイミングはこっちで出すよ。」

 弟は右手に力を込めた。



 すると―――夜見の右手に光が集まりだした。

 その光は何個にも分かれると、真っ直ぐあたしのところに来て、なかへと入っていった。

 それと同時に、なんだか力が湧いてくるような感覚がして。軽くそこで飛んでみた。

(身体、軽くなってる……?)

「違和感ない?可笑しいところある?」

 心配そうに、こちらを見る夜見。あたしは胸を叩きながら大丈夫だと示した。

 ほっとした表情を少しだけ見せた夜見は、今あたしにかけた力のことを教えてくれた。

「今かけたのは、『強化ブースト』と『無音サイレス』。身体強化と耐久強化の二つが『強化ブースト』の効果だから。」

「ん、了解。」

 そのあと、どの瞬間タイミングで奇襲をかけるかを決めて、それぞれの行動に入ったのだ。

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