第34話 希望の世界15 シンデレラとバットの王子様

「なんだこいつは」


そう言って屈強な男達の中でも特にたくましい腕の男達がアンナを掴んで持ち上げた。走ろうにもこれでは走り出せない。


「こいつ、こないだ広場で見たぞ」


別の男がそう言った次の瞬間、一気に敵意をもった目線がアンナに集まった。こないだの広場での一件は想像以上に広まっていたようであった。


「どうする。牢にぶちこんどくか」


「そうすれば安心だ。何も問題ない」


男達の短い会話でアンナの処遇はあっさりと決まった。これも紫色の花のせいなのか、男達の考えが短絡的になっているようだった。


「よし、連れていくぞ」


アンナの腕を掴んだ男が、語気を強めてそう言った次の瞬間、コツコツと床を叩く音が聴こえてきた。音は次第に跳ねるリズムに乗り、発着所に響きわたった。


アンナが、ガラスの靴でステップを踏んでいた。


「お前、何してる」


「ダンス。腕をつかまれているから足だけだけど。シンデレラは舞踏会で王子様とダンスを踊るでしょ。ガラスの靴で」


静かな発着所に、アンナの刻むリズムだけが飛び交う。


「1人で何を言っているんだ。もういい。つれていくぞ」


男がぐっとアンナを引っ張った。


何かが、這う音がした。


男が天井を見上げると、カナヘビがぺたりと張り付いていて男の方をじっと見ていた。


「かぼちゃの馬車の到着ね」


アンナの言葉が合図になったのか、カナヘビは細かく脚を動かして壁をつたい、目にも留まらぬ速さで男達の中に突っ込んだ。


男達は仰天しながら慌てふためき、場は大混乱になった。それに乗じてカナヘビはアンナを掴んでいた男に突進をした。男は派手に転び、腰を打って呻いた。


「お迎えありがとう。危なかった」


アンナが頭を撫でると、カナヘビは嬉しそうにチロチロと舌を震わせた。


「待てこの野郎!」


腰を打った男に目をやると、倒れたまま、どこからか取り出したナイフを今にも投げようとしていた。


走りだし、間に合わない。


アンナは瞬間的にそう感じた。


ナイフが放たれた。


目の前に突然大きな背中が現れた。ショウだ。金属バットを軽く降ると、ナイフは金属がぶつかる甲高い音とともに遠くへ飛んでいった。アンナのポケットからはいつのまにかケイのハンカチが落ちていた。


「随分とむさ苦しい王子様が現れたわね」


「うるさい。そんな柄じゃない」


互いに憎まれ口を叩きながら2人は笑った。



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世界を歩く少女えぬ tomo @tomo524

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