第33話 希望の世界14 飛行船

カナヘビに乗って着いてホルプの街を囲う壁を越えたえぬ達4人は、再び飛行船の発着所にたどり着いた。間も無く飛行船が到着するのか、人々がせわしなく動いている。発着所のすぐ側にはおそらく荷物を一時保管するための倉庫がある。その中の一画に、えぬ達は身を潜めていた。


「うん、じゃここはアンナ、頼むよ」


ケイはそう言ってアンナの肩をぽんと叩いた。


「任せて。私には誰も追いつけない」


それを聞くとケイはハンカチを取り出して、ショウの頭に乗せた。あっという間にショウの姿は跡形もなくなくなった。続いて、えぬも同じように、最後に自分自身にハンカチを乗せるとケイ自身の姿も無くなり、ひらひらと舞うハンカチだけが残った。


地面に落ちる前に、アンナはハンカチを素早く掴んだ。


「準備体操は……まあいっか」


クラウチングスタートの姿勢をとり、アンナは勢いよく駆け出した。空気を切る音とほのかな煌めきのみが走った後に残った。


アンナ自身には、周りの風景がゆっくりと見えていた。走っていると、自分だけの世界に溶け込める。怒られると、よく公園で走った。無我夢中に足を動かした。小さなうちから始めていた医者を目指すための勉強は嫌いではなかったが、うまくいかないときに両親にガミガミ言われるのは嫌いだった。やがて医者の道が自分の夢なのか、周りの夢なのかわからなくなり、鉛筆を握っても手を動かさなくなった。


人々の間をすり抜け、人気のない発着所の隅にアンナは身を隠した。


そのうち、大きな音が聞こえてきた。音は少しずつ近づいてきて、地面を揺らすほどになった。風でぐしゃぐしゃになった前髪をかき分け、目にした先には、巨大な飛行船が現れていた。


気球部分の他に、どう使われているのかはわからないが、たくさんのプロペラがついた船体が異彩を放っていた。やがて船体部分の扉が跳ね上げ橋のように開き、たくさんの人が荷物を降ろす作業を始めた。木箱の中にはあの紫色の花も大量に入っていた。


「さて」と一言呟き、アンナは再び地面を蹴った。すぐにトップスピードになる。すり抜ける隙間もない人混みがあったので、跳ねて壁に飛び移った。腕を大きく振ってバランスをとりながら壁を走った。


壁を走るのは疲れる。肩で息をしながらも心地よいリズムに身を任せ、アンナは駆けた。


「もう少し、走っていたかったな」


ふと、何故かはわからないがそんなことが頭をよぎった。飛行船の入り口が見えた。壁を軽く蹴り、着地。すぐにまた走りだそうとした。


が、段差につまずき、ゴロゴロと転がって人混みの中にアンナは突っ込んだ。どこからかため息と「あいつ、また転んだのか」というショウの声が聞こえた気がした。


「いったあああ!なんなのよ!」


思わず叫んで開いた目の前には、侵入者を見下ろす屈強な男達の姿があった。


「準備体操、しとけばよかった」


アンナの額には汗が滲んでいた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る