ルーク・チナツpart3

「強み?」


「ああ。我々女にはどうしても欠ける、敵に対する瞬発的な反応……戦闘の本能、あるいは闘争心や闘志と呼ばれるもの。君は、それを持っているだろう?」





 ニヤリと笑う。チナツは、こちらが実は男だということを知っている。





『男なら戦えるだろう?』





 チナツはそう言っているのだ。





「確かに、それはそうかもしれませんけど……でも、クイーンみたいな魔法を使われたりしたら、俺じゃ敵うわけがありませんよ」


「魔法? それは女子力のことか?」


「はい? 女子力……?」


「君も先程、その片鱗は感じたはずだ。普通、コーデを身につけてもすぐには使えるものではないのだが……流石は神人、といったところだな」





なんのことかよく解らないが、どうやら自分の知っている『女子力』とは違う『女子力』がこの世界には存在しているらしい。





 アキラが首を傾げると、チナツは先程も言ったが、と前置きして、





「この世界に伝わる話によると、この世界は神々の希望からできた世界だそうだ。そして、カードはその神々から授けられる希望の光であり、大切なものを守るための力。


 この世界の女性たちは、カードに描かれている服やアクセサリーを身につけ、コーデを完成させることで、それに宿っている異能――女子力を使うことができる」


「異能……。それは、クイーンみたいに火を操ったり……?」


「そうだ。神々から与えられる希望を纏うことで、その力をお借りする。それが女子力だ。書物にはこう書かれてある。『美とは希望であり、希望とは力である。ゆえに美は力なり』」


「美は力なり……」





 なるほど、とアキラは溜息を溢す。





「つまり、俺に真っ向から戦え、と……。女子力を使って役職者たちからプリンセスのハート取り戻し、プリンセスを復活させなければ、あなたは父や門下生……他の浚われてしまった人たちを返す気はない、そういうことですね」


「申し訳ないが、そういうことだ」


「それなら、みんなを浚ったりしないで、まず相談してほしかったと言いたいところですけど……そっちの事情は解りました。――いいでしょう、やります。恩人であるプリンセスのためにも、俺にできることがあるなら、なんでもやります」


「……そうか、感謝する」





チナツは複雑な笑みを浮かべて言って、





「では、クルミ、後は頼んだ。アキラの傍を決して離れるなよ」


「はい」


「そのナイフは返せ」


「はい」


「手加減を知らないお前に、こんな物は持たせられない。玄関脇に、ちょうどいい物を置いておいた。それを持っていくがいい」


「はい」





クルミはただこくこくと頷く。





 え? とアキラは自分よりも背の高いチナツを見上げて、





「あなたはついてきてくれないんですか?」


「私がいてはむしろ邪魔になる。私では……彼女らを救えない」





 チナツは苦々しげに言って、





「ああ、言い忘れていたが、君の着ているポーンは特殊なコーデだ」


「特殊?」


「ポーンコーデのみが可能である、特殊なファッションがある。それは『着崩し』だ」


「着崩し……?」


「他のコーデにおいては、それは許されない。着崩せば、必ず女子力は減退する。だが、『可能性のポーン』という言葉のように、ポーンには無限の可能性が与えられている。


 コーデにはそれぞれ基本となる女子力は宿っているが、君が君の意志でそれを着崩すことで、女子力は君の望む固有のものとなるだろう」


「はあ……」


「まあ、君なら問題なく順応できるだろう。が、一つだけ、忠告がある」


「忠告?」





チナツはその胸のふくらみがアキラに当たりそうなほど顔を寄せて、





「自分のことを『俺』と呼ぶのはやめたまえ。ここでは『私』だ。服装だけでなく、立ち振る舞いも美しく。『美は力なり』ということを忘れるな」


「は、はい、解りました」


「よろしい。ちなみに、これは私からの贈り物だ。カードホルダーとして使ってくれ」





ベルトに装着する、小さなポシェット型のカードホルダーをチナツはアキラに渡すと、





「では、頼んだ」





 と、裏口へ向かっていく。しかし、





「あの、何か落としましたよ。って、これは……?」





 チナツが巾着にハートのカケラをしまい直した後、そこから何かが落ちた。





「す、すまない。いや、ま、まあ、これは私の物ではないのだが……」





 チナツは顔を赤らめながらアキラの手からそれを受け取って、裏口から足早に家を去っていった。





――あれ……ぬいぐるみ、だよな?





 チナツが落としたものは、『向こう側』で売っていそうな、掌サイズのクジラのぬいぐるみだった。厳格そうな人に見えて、意外に可愛らしい物が好きな人なのだろうか。





いや、それよりも、とアキラは自分と共に残されたクルミに笑みかける。





「あ、あの……よろしくね、クルミちゃん」


「はい」





お前になんて全く興味ない。そう言いたげに、クルミはこちらへ背を向けながら返事して、どうやら寝室のあるらしいほうへと向かっていく。





荷物があるなら、自分が持たないと。アキラはそう思ってクルミの後を追おうとして、





「待って、クルミちゃ――あっ……とっ!」





 まだヒールに慣れていないせいで、バランスを崩してしまった。そして、前にいたクルミもろともベターン! と床へ倒れてしまう。





「ったぁ……って――ん?」





 ――この感触は……?





 それはさながら、かつて誰もが抱かれた母の胸のような柔らかさだった。





 悩みなどなく、恐れもなく、ただ穏やかであったあの頃を思い出させるように、それはアキラの顔をふんわりと温かく抱き留めてくれている。





 このまま永遠にここでこうしていたい。この甘やかさに包まれていたい……。そうアキラが温かな眠りに迎えられようとしていると、





「早く起きてください」





 はっ! アキラは夢から覚めた思いで顔を上げて、そして自分がいま何をしているのかに気づいてゾッとする。





 顔のすぐ下にあるクルミの小さなお尻――白いパンツのうさぎさんと目が合って、バッと立ち上がる。





「ご、ごめん! あ、あの、これは……!」





 クルミは起き上がって、感情のない瞳でこちらを見つめ、





「お怪我はありませんか」


「え? あ、はい……いや、じゃなくて――」


「お怪我がなかったなら問題ありません。では、出発の準備をしてきます」





 淡々と言って、リビングを出て行く。





 怒っているというよりは、何も感じていない。お前なんてどうでもいい、空気にキスをされようが何をされようが何も感じるはずがない、といった様子である。





驚いて言葉も出ないような、少し安心してしまったような、頭に残る甘い匂いと柔らかな感触でまだ頭が痺れているような……そんな気分でアキラは立ち尽くしてしかし、





「ご、ごめん、クルミちゃん! 本当にわざとじゃないから! あと、荷物は俺が――私が持つから!」





 慌てて、今度は転ばないように気をつけながら、クルミを追いかけたのだった。

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