ルーク・チナツpart2

「その通りだ」


「じゃあ、あなたが本当にここへ連れてきたかったのは私だったっていうことですか? 父や門下生をカードにして浚ったのは、単に俺を連れてくるためで……」


「いや、彼らもまた目的の一つだった。君は、この国の有様を見ただろう?」





 問いの意味を図りかねて沈黙を返すと、チナツは重ねて訊いてくる。





「君は、この世界の太陽を見たか?」


「太陽?」





 見てみろ、とチナツはアキラを呼ぶ。





 アキラがその傍へ行って、窓から太陽を見上げてみると、そこにあったのは――





「あれが、太陽……?」





 それは、アキラが知っている太陽とは程遠い存在だった。





 放っているのは光ではなく、真っ黒な闇。太陽があのような状態で、どうして空が白っぽい灰色でいられるのか不思議なほど、太陽は闇を纏いながら、怪しく空に浮かんでいる。





チナツは暗い面持ちで床を見つめながら、





「昔は、太陽は燦々と輝き、夜には白い月が明るく国を照らしていた……。しかし、プリンセスが眠られて以降、この国はそれら全てを失った。暗黒が――絶望がこの国に降り注ぐようになったのだ」





チナツは窓枠に置いてあった灰皿でタバコを揉み消す。





「国は病み、貧しくなる一方……最早、先は長くない。しかし、今どうにか崖の一歩手前で耐えられているのは、神人たちのカードのおかげだ。彼らの存在の力、希望の力のおかげで、この国はどうにか生き長らえている」


「カードの……希望の力?」


「この世界は、神人たちの希望の力によってできた――そう伝えられているし、私はそれを事実だと思う。この世界にとって、君らはまさしく神にほかならない。君らの胸に宿っていた希望こそが、この国に降り注ぐ太陽や月の光だったのだ」





しかし、とチナツは言う。





「今はもう、その希望の光はこの世界から失われてしまっている。だから、彼女たち本人を連れてくるしかなかった。そうすることでしか、この世界は生きることができないのだから」


「でも、だからって浚うなんて……」


「解っている。役職者全員で決めたことだから嫌々やり続けているとは言え、私は断罪されるべき人間だろう。だが、やめるわけにはいかない」





 理屈は解る。しかし、納得はできない。アキラは冷静を保とうと一つ深呼吸をして、





「それで、それがみんなを浚った理由で……俺には、『プリンセスのハートを集めて、プリンセスを復活させろ』と」





ああ、とチナツは赤い瞳でアキラを見据える。





「クイーンに既に会った君なら解るだろうが、あれが胸に刺さってから、みな本来の思考を失ってしまっている。プリンセスのハートは、割れてしまったとは言え希望の塊だ。それに宿っている希望の強さと、どうにもならない現実との乖離によって、みな精神の安定を失ってしまっているのだ」


「でも、あなたはそうは見えません」


「見ての通り、私の『セクシールーク・ダークビューティコーデ』には、胸に大きなトパーズがはめられている。これが盾になってくれた」





 と、その胸の中央、心臓を守るようにつけられている楕円形の大きな宝石を見下ろす。





――で、デカい……。





 宝石もだが、その胸のふくらみが。





 男性的な礼服を着ても隠し切れていない、どっしりと大きな『それ』に、こんな時にも拘わらず思わず目を奪われてしまう。





 が、チナツはそれに気づいた様子もなく、腰に提げていた巾着から何かを取り出した。ピンク色の、鋭利な角のある宝石である。





「もしかして、それがプリンセスのハートのカケラ……?」


「そうだ。これが、私以外の役職者の胸に刺さっている」


「……ところで、役職者は『ルーク』のあなたを除けば、『クイーン』、『ビショップ』、『ナイト』、『ポーン』の四人ですね?」


「ああ」





 ――やっぱり……。





ゲームにおける、ファッションコーデの五系統だ。





 コーデには、大きく分けて五つの種類がある。神聖のクイーン、清楚のビショップ、華麗のナイト、品格のルーク、可能性のポーン。





 そしてその中でさらに、キュート、クール、セクシー、ポップのファッションタイプがある。つまりプレイヤーは、合計で二十パターンのファッションから好きなコーデを選べるようになっている。





「だが、ポーンは既にいない」





 チナツは窓枠に寄りかかり、その大きな胸の下で腕組みする。





「いない……?」


「一年ほど前、病死した。そして、任命権者であるプリンセスがいないために、新たなポーンが選ばれることがないままになっている。……そんな現状からも解るだろう。いかにこの国が末期状態にあるかということが」





外へ視線を向けるその横顔には、疲労の陰が濃く浮かんでいる。





 できるなら、できる限り力になってあげたい。そう思うが、





「でも、どうして俺が……」


「君にしかできないことだからだ。私は他の誰でもない君を選んで、ここへ連れてきた」


「俺を、選んで……?」


「私は壁の管理者だ。したがって、壁のことは常に監視している。つまり、そちら側のことは全て見ている。君のことも、君が初めて壁の前に立ったその日から……ずっと」





 壁とは、こちらとあちらを隔てる壁、ゲームの筐体のことだろう。しかし、





「まさか、ありえない。あんな膨大な情報の中から俺を見つけるなんて」


「それが私の――私だけが持っている能力だ。私は君を見ていた。君の楽しんでいる表情も、悲しんでいる表情も、プリンセスに励まされ立ち直っていく姿も、君の友人たちとの会話も……全て把握していた。そして、君を選んだ」


「そう言われても……俺は全く特別な人間じゃない」


「それでいい。特別と感じるかどうかはこちらの問題で、自分で自分が特別だなどと宣う人間にはロクな奴がいないものだ。が、君にもいずれ解るだろう。なぜ自分が選ばれたのかが。――クルミ」


「はい」


「アキラと同行し、アキラを守れ」


「はい」


「え? 俺を守るって……どういうことですか?」


「クルミは強い。いい護衛になるだろう」


「でも、こんな小さい子を、そんな……」


「だとしても君らは既に、可能な限り共にいて助け合うべき間柄だ」


「それは……どういう意味ですか?」


「そのままの意味だ。クルミ、渡しておいた鞄は?」


「寝室にあります」


「忘れずに持っていけ。中には地図と少しの金が入っている。金は遠慮せず自由に使うといい。ちなみに、君らがまず向かうべきなのは、司教区にいるビショップ・アヤネのもとだろう」


「ま、待ってください。本当に? 本当に俺がやるんですか? もし戦いになったら、俺に勝ち目なんてありませんよ」


「なぜ? 君には我々にない強みがあるじゃないか」

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