エピローグ 再び少女と少女は鏡面世界をさまよう

― 京都


 薄っすらと星が浮かび始める夕暮れ時、

とある神社の屋根に腰を下ろし紺色(こんいろ)の空を眺める着物姿男が居た。


「今日の風は騒がしいな」


 落ち着いた様子で呟くと手に持っていたメモ帳に筆ペンでサラサラと何かを書き始める。


「ふぁ〜あ、退屈だぜ黒帯〜俺は帰るぞ」


 男の隣で座っていた四つ足の犬の様な化け物は、退屈そうに大きな口を開けてアクビをする。


 黒帯、又の名を風読み師と呼ばれている。


 黒帯とは風の色や強さまた匂いや音でこれから起こり行く未来を占う人の事をいうのだ。


「だいたいその目を隠してる帯もダサいし、グラサンにしろよ〜一緒にいて恥ずかしいぜ」

「うるさいぞ、シュラ」

「チッつまんねぇヤツだな」


 黒帯で目を隠しているのは余計な情報を取り込まない為で、

風読み師のほとんどは黒帯を着けているのだ。


 極めた者は両目を潰すらしい。


「小田切(おだぎり)、こんな所にいたのか」

「沙知(さち)どうした?」


 同じ黒帯で目を隠す巫女姿の女性は空から降り小田切の所に来る。


「今の風、感じたか?」

「あぁ、しかし……いや今は報告が先だな、行くぞシュラ!」


 小田切はシュラの大きな背中に乗ると風のように走る。


♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢


ー京都(五重の塔)


「悪鬼(あっき)が目覚めた時、この世界は闇に飲み込まれていく」


 深い皺(しわ)がいくつも刻まれた老婆は外で椅子に座り目の前のテーブルに木の板を5枚並べると一枚がパキッと亀裂が入る。


「止(や)まない雨が降りそうだな」


 ため息混じりに言う彼女に、一人のガタイの良いスーツ姿の男が歩み寄る。


「お疲れ様です、ただ今小田切と沙知がお集まりになりました。我々も行きましょう」

「全ては雪様の予言通りか......良いだろう行くとするか」


 男と老婆は五重の塔の中に入り、薄暗く軋む木の急な階段を登りある一角の部屋に入る。


「ほぉ、勢揃いだな」

「恵美子(えみこ)さま、お久しぶりです」


小田切は老婆に正座をしたままお辞儀をする。


「そうだな黒帯、そっちも元気そうで何よりだよ」


 ちらっとシュラの方を見る


「んだよ婆さん」


 恵美子のことが苦手なのか、小田切の後ろに隠れる


「ふっまぁよい、そんな事より西の者はいないのか?」

「西の陰陽師なら狩人を出してすでに捜索を開始してるらしいです、話す時間がもったいないだとか」

「先手必勝か、やつららしいな」


 狩人(かりうど)、それはいろんな人物に変身し紛れ込み追跡・暗殺・情報収取を行う者だ。

姿を知られてはいけない為、誰が狩人なのか限られた人しか知らないんだとか。


「恵美子様、ラプラスの件ですが」

「あれがどうかしたのか?」

「ついに誕生日を迎えました、我々と同様力が使えるようになると思うので、その時は今までよりも更に防衛を強くしなければいけません」

「なるほど、もうそんな歳か......」


 窓の外を眺めながら懐かしむように言う


「魑魅(すだま)達の様子は?」


 恵美子は後ろで座っている、

黄色い大きなリボンを頭に着けた水色の色鮮やかなワンピースを着た女性に聞く


「我々が居る東の方は特に変わりはありません、しかしラプラスの匂いは昔よりも濃くなっていると思います」

「魑魅が気が付くのも時間の問題か」


 床に座り腕を組んで考えていると私服姿の男がおずおずと手をあげる


「魑魅は我々陰陽師が今まで通り退治できますが、占いに出てきた邪神がもしラプラスを奪ったらどうしますか?」


 一人の七三訳のサラリーマンの様な男の発言に全員「確かに」と頷いた。


 説明が遅れたが陰陽師は人にバレてはいけないためほとんどの人が一般人と同じ格好をして生活をしているのだ。


「安心せい、悪鬼はまだ起きとらん」


 そう言うなり裏ポケットから和紙を一枚取り出し、その上に金箔をサラサラと乗せた。


「ほうれんげきょう、ほうれんげきょう、へけれっぺのぱ!」


 お経の様なものを唱えて手を3回叩くと金箔は紫色に燃え、

立ち上る黒煙が徐々に人の顔に変わっていった。


「こんな幼い少女が悪鬼に?」


 リリィの顔を描いた黒煙をみて皆は目を疑い二度見する。


「悪鬼は誰の心にでも潜んでいるもんだ、仕方ない」

「小田切の言う通りだな、とりあえず我々も動くか、まずはこの少女に情報集めよう」

「こんなガキ直ぐに殺せるだろ、なんでそんな遠回りなことをするんだ?ガキ相手にビビってんのか?」


 腹を抱えてカラカラ笑うシュラに恵美子はギロッと睨む


「お前が分からないのも無理ないだろう、

あった人間にしかあの娘っ子の恐ろしさを感じ取ることはできまい」

「あんたはあったことがあんのか?」

「あぁ有るとも、ここで占いの店を出してた時な、ただそれから全国探しても見つけることはできなかった」


 その話に一人の女性は固唾を飲んで「その子はどんな子だったんですか?」と聞く


「どんな、か......白く人形の様な可愛らしい見た目とは真逆に、全身からあふれ出る禍々しいオーラは魑魅も寄り付かないだろう、恐らく本気を出したら陰陽師を瞬殺できるだろう」


 全員はポタポタと額から変な汗を垂らし始める。


「終わりの始まりだ、皆風に乗りおくれるなよ」


 集まっていた皆は「御意!」と風の様に一瞬に消える


♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢


— とある港


 裏の世界からもって来た魔導式箒型飛行機に跨り、リリィと結衣は手紙に書いてある目的地に向かっていった。


「ここか......」

「なんか普通の港だね、もっとすごい場所かと思ってた」


 とりあえずリリィと結衣は離陸し着地する。


「涼しくて静かでいい所だね」


 月の光に照らされた輝く海を見てニコリと笑った。


「そうだね」


 すると、遠くから耳の奥を突くようなけたたましい音を鳴り響かせながら、バイクがこちらへ近づいてくる。


「魔力だよ気を付けて遥陽(はるひ)お姉ちゃん」

「この世界にも魔力を持つ者がいるのか」


 結衣とリリィは念のため魔武を構える。


 するとどうしたのかバイクは遠くの方で止まりライトが消え、再び静まり返る港にコツコツとヒールの音が鳴り響く


「そこに止まれ!これ以上近づいたら攻撃するよ!」


 結衣の声に「私は雪様の使いの者です」と落ち着いた女性の声が聞こえてきた。


 港には電柱がないせいで墨を零したように暗く見えないせいで余計に不安と警戒心を駆り立てた。



「結衣、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「オレオール、光よ我らを照らせ」


 リリィは人差し指をヒュイっと振ると光の玉が飛んで弾ける。


 すると港は昼間の様に明るくなり、声の主の姿が現れた。


「メイドさん?」

「貴方がこの手紙を出したの?」


 ロングスカートのメイド服を纏った黒く長いポニーテールの髪型が特徴的な女性は、

両手を上げて近づく。


「いえ、私はあなた達をお迎えに参りました如月(きさらぎ)と申します。

リコリス様と結衣様ですよね?」


 二人はゆっくり頷くと「お待たせしてすみませんでした、行きましょう」と深々と一礼した。 


「あなたこの世界の人?」

「そうですよ、良くお分かりになりましたね」

「黒い瞳に堀の深くない平らな顔で分かった、でもなんでこの世界の人間が魔力を?」


 如月はバイクのハンドル部分にあるボタンをポチっと押して、車体の左右からサイドカーを出した。


「はて、魔力?あぁ向こうの世界ではそういうみたいですね、この世界でも限られた人だけですけど居るんですよ」

「そうなんだ」

「人は陰陽師と呼びますけどね」


 バイクにまたがり「さぁ参りましょう」と言い二人を乗せて走り始めた。


「ねえ!何処まで行くの?」


 慣れない爆音に両耳を押さえながら聞く


「近くにある森です、もう直ぐで着きますよ」


 彼女の言う通り直ぐにつきバイクは止まる。


「森の中?ここなの?」


 どうみても家が建てられそうになく月の光も届かない木々が密集した森の中、如月は腰につけていたライトで辺りと照らす


「ここではありません、私から離れないで下さいね」


 更に進む事数十分、不自然に開けた場所に出た。


「お姉ちゃんあれ」


 結衣が指差す方を見ると妙に綺麗な一艘(いっそう)の木の小舟が置いてあった。


 特に特徴もなくく先端にランタンが着いている。


「あの小舟に乗りますよ」

「でも水が無きゃ進めないよ?」

「魔法で飛ぶんです」


 首をかしげる二人はとりあえず言われるがままに小舟に乗る、

如月はハイヒールのかかとで舟の床をコツコツと軽く突くと、青白く文字が浮かび上がった後徐々に浮き始め上へと上がり始めた。


 あっという間に船は空高く飛び、下を見ると雲海が広がっていた。


「向こうに見える大きな船が我々のベースです」


 海賊船の様な立派な船は、いままで沢山の敵を相手にしてきたのか所々穴が開いていて、帆もビリビリに破けていた。


 近くまで行くと、クジラの様な大きさに思わず言葉を失う。


「なんか幽霊船みたいですね」


 結衣は不気味に感じたのかリリィの袖を掴む


「ふふ、幽霊船ですか面白い例えですね」


 すると船の横側の一部が異音をたてながら開き、

一人の枝の様にひょろひょろとした私服の男性が手を振り誘導した。


「あの人はだれ?」

「あぁ、ここの船を完備してこうして交通整理をしてる人だよ」


 男はリリィと結衣に一礼してニコリと微笑む


「改めましてようこそ、我がキャラバンへ!」


 如月は二人に改めてスカートをつまみ深く頭を下げた。


 船の中は木の匂いがふわりと香り沢山の種類の舟が壁や床に並べられていた。


「着きました、こちらです着いて来て下さい」


 コツコツと歩き始める彼女に二人もテコテコと着いて行った。


 大人二人が横に並ぶのがいっぱいいっぱいになるほど廊下は狭く、

船は少しだが揺れていて天井のシャンデリアが振り子の様に揺れていた。


「ここは複雑なので私から離れないでくださいね」


 小学生低学年並みに小さい二人を気遣ってなのかそう言うと歩くスピードを合わせる。


 歩いて数十分、やっと到着した。


「ここは客間です、雪様はすでにおられますのでどうぞ中へ」


 如月は一礼するとどこかへ歩き去った。


「行くか」

「そ、そうだね」


 ドアを開くと、リリィと同じ背丈の退屈そうに大あくびをしながら漫画雑誌を読む着物姿の少女が待っていた。


 青の瞳に明るい水色の髪はまさに雪という名前にふさわしかった。


「おぉやっときましたかリコリスお嬢様、久しぶりです」

「ルイズ・マリベル?何でここに」

「いろいろあったんですよ」


 丁寧な言葉使いの割にはテーブルに足をかけてせんべいをつまむのはやめようとせず、

読んでいた漫画を隣にいる使用人に渡す。


「まぁどこにでも座ってくださいよ

あっあと、今の私は碓氷(うすい)雪(ゆき)ですから以後お見知りおきを」


 そう言うと何も話さない結衣と目を合わせようとジーと見る。

見られた本人恥ずかしそうに眼をそらした。


「なんだ結衣は随分と冷たいなぁ、もしかして私の事忘れたか?」

「いや、忘れては無いですけど、なんか久しぶりに会ったから

何を話していいか......」

「二人は前から知り合ってたの?」

「むこうの世界に結衣が居た時からの長い付き合いですよ、な!」

「ま、まぁ......私が記憶を失ってた時助けてくれたんだ、でも前は海上プラントが基地だったはずだけど、どうしたの?」


 雪はせんべいに手を伸ばしつつ「壊れた」とあっさり言う


「壊れた⁈」

「まぁ厳密には壊された、だがな」


 ガハハ笑う雪に「笑い事じゃないんじゃ」と呆れたように言う


「しかしお母様の専属メイドまでやってたルイズがね、陰陽師?っていう人たちは相当強いんだな」

「だ・か・ら雪です~、あとアイツらはそんな強くないですよ」

「なら何故?」

「この世界には私たちのいた世界と同様にマジカルコアならぬ物が存在する様で、

どんな強くても無限に魔力を使える相手には負けますよ」

「へ~、因みに何で襲われたの?」


 すると待ってましたと言わんばかりに笑顔になる


「そう!それがリコリスさまをここにお呼びした本題です!」


「この世界にはラプラスの書という何でも一つだけ夢を叶える書物があるんです。

ただ、ラプラスの書はある1ページだけが夢を叶えられるページで、その他のページは全て読むと自分が死ぬ死のページとなっているんです」

「死のページ......」

「そうです、そんでヤツらは夢を叶えることのできるページだけを狙いに来て襲われたというわけ」

「なるほど、私にその奪われたページを取りに行けということだな」

「そういう事です」

「でもそれじゃあメリットが無いんだが?」

「その書で夢を叶えて良いですよ、それとコチラのコマも好きに使わせてあげます」


 リリィは虫のいい話に警戒し雪の瞳をジッと見つめた。


「お姉ちゃん、やめた方が良いよ、絶対罠だって」


 結衣は心配になり小さな声で耳打ちする


「アシュリー」

「は?」

「アシュリーを蘇らせたくないんですか?」


 その瞬間、無性にその話に乗りたくなるがアシュリーの一言を思い出し踏みとどまる。


「私を忘れて自分のために生きろ、か......」

「どうしますか?私としてはリコリス様がいた方が助かるのですが」

「いや、私はやめておこうアシュリーと約束したからね」

「そうですか、なら仕方ないですね」


 そう言うと胸ポケットから一枚の写真を出し卓上を滑らせて渡す。


「まぁ気が向いたらこの娘を探してみてください、この子がラプラスの最後の破片を持っているので

見つけたら私に教えてくださいね」

「分かった、やらないと思うが」


 雪はニヤリと不気味に笑い「やりますよ、絶対に」と言う、そのセリフにはやけに力があり結衣を不安にさせた。


「リコリス様のご自宅まで私のメイドがお送りします」

「ありがとう」

「こちらこそ本日は有難うございました」

「あと、私の名前は谷川(たにかわ)遥陽(はるひ)だ」


 それだけ言うとスタスタと部屋を出て行く


「結衣は行かないのか?」

「何を企んでるか分からないけど、お姉ちゃんに危ない事をさせたら私は貴方を全力で潰す」


 キッと睨む結衣に雪は声を出して笑う


「アハハハ、それは誤解だよ、私はあの王女を助けようと思っただけだ」

「バカな事言わないで!」

「バカな事じゃない、言っておくがこのままだとリコリス、いや遥陽はさまよってるうちに自分からまた辛く苦しい未来に突き進んでいくぞ、欲望と言う仄暗(ほのくら)い未来にな」

「何を根拠に......」


すると雪は指をパチンと鳴らし結衣の目の前に水晶玉を出現させる。


「それを見ろ」


結衣は水晶に目をやると自分とアシュリー、そしてリリィでリコリスと戦う映像が出て来た。


「こんなのデタラメだ!私は信じない」


 歯をくいしばる彼女に「まぁ信じるか信じないかはお前次第だ、だけど忘れるなそれがこれから起こる未来だと言う事を」とさっきとは一転し真面目な表情で警告する。


「クッ......」

「その未来変えようとは思わないの?」


 結衣は顔を横に振るが「またみんなが笑いあえるあの場所に戻りたくないのか?」と言う言葉に


「さっきお姉ちゃんに渡した写真を私にも一枚くれる?」

「もちろん、私たちは仲間だからな」


 手を叩くと使用人が結衣に写真と黄色い液体が入っている注射器が入ったガラス製のメディカルケースを渡す。


「これは?」

「王女様には言わなかったけど、この世界はアンチマジカルコアでできている、

だから我々には地獄だろ?もしもの自体になったらそれを使え」

「何故そこまで私にしてくれるの?」


聞く彼女にニヤリと怪しい微笑みを浮かべてこう答えた。


「欲というのはすぐに人を狂わす、彼女を救えるのはお前、いやバレッタ一家しかもういない、そして彼女を殺せるのも、な、だからだよ簡単だろ?」

「私はまだやるとは言ってないからね」


 それだけ言い残し結衣は早歩きで部屋を出て行った。


 パタンとドアが閉まると雪は「出て来て良いぞ」言う


 すると左右からつむじ風が現れエプロン姿の女性と漫才師のような格好をした男が現れた。


「動き始めたか」

「はい!ただ今丁度会議が終わり全員リコリス様を探し始めましたよ」

「なるほど、では我々も動き出す時だな、私たちはラプラスの書を回収しにここを離れる、お前達もコレを恵美子と北の陰陽師に渡し動き始めろ」


 後ろにいる二人に巻物を渡す


「ハッ!」

「絶対にリコリスを守るぞ、この世界を守る為に」


 二人は再び風のように消える


「この世界にも終わりが近づいている、エルシリア、私に欲望にまみれてくるあの娘を止めることができるのだろうか」


 思いつめた表情をする雪はシミだらけの天井を見つめた。


大切な人を失わない為に剣を握る少女と大切な人の為に剣を握る少女、

似ているようで異なる鏡面世界に住む二人の少女がさまよった果てに待っているのはいったい......

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少女と少女は鏡面世界をさまよう キュア・ロリ・イタリアン @kyuareiko

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