最終詠唱 約束の海

― 魔法のない世界(日本) 


「でも何度来ても臭いなぁ」

「ひどい臭いだな、あたしゃこんなところに住むのはごめんだよ」


 先に魔法が存在しないあちらの世界にある、健二(アシュリー)の家に来ていたベティ一行はやることがなかった為部屋の掃除をしていた。


 部屋は基本的に綺麗で、問題だったの地下にある二つの部屋だった。


「しかしこの死体は何年たってるんだか......」


 ドロテアは杖で木の椅子に座っている腐った死体を軽く突っつくと、死体はドサッと地面に倒れ頭や手足が散れる。


「うわっ!」


ちぎれた所からうじ虫が大量に出てきてベティは震え上がった。


「腐ってるな、この顔の骨格は人間の種族だろう」

「しかしここまで腐ると人かどうかも判断しにくいですね」


 人間の種族と思われる死体は、アシュリーに相当ひどい拷問を掛けられていたのか爪が全て剥がれていてそこに錆びた釘が刺さっていて、髪の毛もなく歯も抜け落ちていた。


「か、片づけますか」

「頑張れ」

「師匠も手伝ってください」


 ため息をつきながら腐った死体を炎の魔法で灰にしていると、「キャー!」と耳を突く様な悲鳴が外から聞こえてきた。


「例の部屋か......」

「ほれベティ、行ってやったらどうだ?」


 ボッボッボと一気に複数の火の玉を死体に向かって飛ばすと、

「仕方ないですね」と拷問部屋を出て歩いて悲鳴の聞こえた方へ歩いて行った。


「あ!ベティぃ〜!ゾンビ!あっちにゾンビがいる!」


 テコテコとマリサとロサが走ってくると、早く来いと言わんばかりにベティの手をグイグイと引っ張る。


「イタイイタイ、まぁまぁ落ち着いてください」


 実験部屋に入ると思った通り牢屋にいるゲートの事を言っていたらしく、二人はベティの腰に抱きついて震えながら指を指した。


「あれ!あれ!なんなのあれ」

(まぁこのゲートは腐ってるし怖くても無理もないか)


 手のひらから魔武(まぶ)のマスケット銃を出すと、柵の中にいるゲートの脳天に風穴を開けていった。


「もともとは罪の無い人達だったのに、本当にごめんなさい」


 胸の前で十字を切ってから一人ずつ撃っていく、発砲音とゲート達の苦痛の叫びが部屋の中を支配する。


「サナとマリサは他の汚れている場所を綺麗にしてください」

「「はーい!」」

 

 二人は小さな手を上に上げると雑巾を握って走っていった。


すると次は上で倉庫の整理をしていた女性が来る。


「そっちの掃除は終わった?少し見て欲しいのがあるんだけど」

「終わっていませんがどうかしたんですか?」

「魔力を感じる不気味で大きな木製の人形が倉庫にあるんだよ、魔具とか詳しいでしょ?こっちに来て見てよ」

「分かりました」


 地下から出て入り口の近くにある、四角い豆腐のような大きな蔵の中へ入る。


「何ですかこれ」


 薄暗い中にデッサン人形のような等身大の木の人形や、日本人形のようにリアルなものまで沢山の人形がスタンドに立っていた。


 ベティはその中でも一体だけ異様な魔力を放つ人形を見つける。


「この人形の背中に書かれている模様は何でしょう、ココの世界の文字とはまた違う形ですね」

「ベティさん、その人形について書かれた資料がありました!」


 ここの掃除をしていたもう一人の女性は渡す。


「この癖のある字体はあーちゃんが書いたものですね、自立型魔機(じりつがたまっき)・木人(もくじん)......」


 ぺらぺらとアシュリーの書いた資料を読んでいる時だった、人形が突然カラカラと音を立てて動き始めた。


「なるほどうゴーレムみたいなものですか」


 人形は操り人形の様にゆらゆらと動きスタンドから降りると、手の甲から長い剣を伸ばし切りかかってくる。


 魔武を出して頭を撃つが硬くて魔弾を跳ね返す。


「流石あーちゃんが作っただけありますね」

「動きを封じます!」


 女性は「カシェシジッロ!」と唱えると、人形は金縛りにあったように動かなくなった。


「ナシェーレ!」


 ベティは創造魔法で剣を作ると首をはねる。


「魔力を感じなくなったね、遠距離魔法だけ跳ね返す様に設計されてたみたいだ」

「そうみたいですね、封印を解いてみてください」


 おそるおそる封印を解くと人形は糸が切れた様に地面にバラバラになって落ちた。


「気味が悪い人形だったね、とりあえず片づけましょ」

「この世界にはマジカルコアがないせいか魔力を使用すると気だるくなりますね」


 三人はため息を吐きつつ箒を持って掃除をし始めると、

一つの人影がベティ達に覆いかぶさる。


「あらあら、そんな散らかして叱られるわよ」

「お疲れ様です、どうしたんですか?」

「リコリス様からのご命令で今すぐに庭に集まるように、だそうよ」

「もうお戻りになられたんですね、分かりました」


 ベティ達は急いでバラバラになった人形をゴミ袋に入れると呼びに来た女性についていった。


 庭にはすでに黒灰の魔女達が全員集まっていて、やはり戦場にいったチームは半分以上いなくなり、城の大広間でやっと入るほどの人数が、今じゃ十数人しか残っていなかった。


 ベティが残っている魔女達の人数を数えていると、リリィがドレス姿で縁側(えんがわ)に現れる。


「 皆お疲れ様、多くの犠牲が出ましたがやっとここまで来ることができました。

これから日の出まであなた達にはここの周りの探索を命令します。この世界はマジカルコアが無く、魔力が回復しにくいのでむやみに魔法を使わない様に、あと回復薬を持ちなさい、以上!戦闘になる場合は逃げる様に」


 最後に「結衣は私に着いてくるように」とだけ言い背を向けて戻っていった。


 居間に行き、良く健二と一緒に座っていたソファーの上に座っているリリィは、結衣に隣に座ってと言うように隣をポンポンと軽く叩く


「結衣、貴方は雪の所に行って」


 さっき仲間から受け取った手紙を渡すと、結衣は「リコ姉は?」と聞く。


「私はアシュリーを......」


 言いかけた所で言葉が途切る。


「リコ姉震えてるけど本当に大丈夫?」


 震えるリリィの手をギュッと握る。


「私が代わりに」

「アシュリーとは私が生まれてばかりの時からの付き合いなんだ、私が最後まで一緒に居てあげなきゃ、結衣は言われた通り雪の所へ」


 そう言うとスクッとソファーから立ち上がった。

 

 何かを押し殺し我慢している様に見える彼女の横顔をみて、心配になった結衣は背中を抱きしめる。


「時々ぐらい私を頼ってよ」


 呟くように言う彼女に振り向きもせず頭だけ撫でた。


「今は私とアシュリーとの闘い」


 それだけ言うと昔城にいたとき着けていたティアラを頭に乗せソファーの隣に立て掛けてあるアシュリーが作った片手剣を腰につけ部屋を出ていった。


「リコ姉!」


 呼びかけるが振り返る事なく背を向けたままひらひらと手を振る。


「リコねぇ......」


複雑な心境を語るその小さな背中を眺めながらポツリと呟く。



♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


昼間にも関わらず人は少なく、真冬を感じさせる肌を切るような冷たい風が吹く中、リリィは首を縮めて歩く、浜辺を歩いて数分、健二と一緒に座ったベンチの前にポツンと一つ人影が見えてきた。


人影もこちらに気づいたのか振り向くとにこりと笑う


「アシュリー」


 その時、不思議と耳障りだった波の音がピタリと止み、冷たい風も感じなくなった。


 昔と変わらないその優しい笑顔に、殺す決心が揺らいで今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られるが、ギュッと唇を噛み締め耐えた。


「ふふふ、懐かしいお姿ですねリリィ、いやリコリス様」

「アシュリーもあんまり変わってないね」

「そうですか?私は結構変わったと思いますけど」

「中身は変わってないよ」

「ふふっ、まぁ元気そうでなによりです、あの約束から何百年たったんでしょうね」

「さぁ遠い昔の事で忘れた、長い間必死にアシュリーを探してたからね」

「フフフ......では立派に成長したこれを返しましょう」


 首をかしげるリリィにアシュリーは手の平を向ける


「我、アシュリー・バレッタが命ずる、リコリス・オストランの魔力を解放せよ」


 すると鎖のような物が弾けて壊れる感覚が体の奥底から感じた。


「ふふっ、その顔は魔力が戻ったようですね」

「ねぇ......」


 リリィがその先何を話すのか分かったのかアシュリーは「ダメです」と話を止める。


「やっぱり駄目か......」

「私はもう人ではありません、もう昔の私じゃありませんから」

「私はどんなアシュリーでも好き......だよ」


 その言葉に少し悲しそうに「フフフ......」と笑う


「フフフ......笑うことしか出来ない私が嫌いだわ......」

「私は心から笑うことができない、同じだよ」

「ねぇ、覚えてますか?再び会ってこの海岸に来たこと?」

「健二と行ったことはあるけどアシュリーと来たことは覚えてないな」

「ふふふ、また意地悪な事を、あの時は私嬉しかったです、何百年ぶりに会えた事、そして私を本当の親の様に慕(した)ってくれた事が」

「そう」

「あぁ、これが私の求めていた理想の家族なんだなって思いました」


 背を向けて海を眺めながら思い出を話すアシュリーに、リリィは腰に着けてる片手剣にそっと手をかける。


「あの時に戻れたらな......」

「どんな魔法があっても時を巻き戻すことは出来ない、でも止める事は出来る」


ブスリ、

 言葉と共に冷たく光る剣の刃がアシュリーの腹を突き抜く。


「約束、果たしてくれましたね」


 ニコリと笑う口からは一筋の赤い血が流れ、ゆらりと地面に倒れる。


 リリィは倒れる体を支えてゆっくり地面に寝かせ自分の膝の上に頭を乗っける。


「剣は谷に落ちた。リコリス、いや遥陽(はるひ)、これからは私を忘れて自分のために、普通の女の子として生きて......」


 遥陽、それはアシュリーがリリィにつけた名前だった。


 手を伸ばし歯を食いしばり涙を堪えてるリリィの頬を優しく撫でる。


「ほら、笑って......」


リリィは頑張って笑顔を見せるとアシュリーは「この世は......悪い事ばかりじゃ…ない」と言い安心した表情で息を引き取った。


「......私は結局何にも守れなかった」


 足先からサラサラと灰に変わっていくアシュリーにリリィは子供の様に泣きじゃくり叫ぶ。


「剣はまだ私の目の前にある、全て終わってなんかない!」


 黒い灰を抱きしめポタポタと涙を流すリリィに、心配で隠れて見ていたベティと結衣が姿を現した。


「......ねぇ私が王女じゃなかったらこんな運命じゃなかったのかな?」


その問いに二人は答える事ができず、冷たい冬風と共に消えていった。


空から深々と降り落ちてくる雪にリリィは顔を上げる。


「そういえばあの時も雪だった......」


あの時、そうアシュリーとこの場所で約束した日の時の事だった。


「雪は嫌いだ、私の記憶を全て冷たく哀しいものにしようとする」

「リコねぇ......」

「リコリス様......」


 リリィは魔法で透明な瓶を作り出すとアシュリーだった灰を入れて、遠くの海の地平線を眺める。


「ベティ、この灰で剣を作って」

「分かりました」

「これからどうするの?」


結衣の問いにリリィは立ち上がると、涙を拭きキッと睨む様に目を細める。


「神が私の大切なものを全て奪うのなら、私はこの世の全てを奪おう、力は戻った全人類に私と同じ絶望を味わわせよう」


殺気がこもったその言葉にゴクリと二人は固唾をのむ。


「それはつまり......」


リリィは二人の方を向く。


「侵略だ!魔法使いという言葉があるのなら私はその王、魔王になってやる、今度は私が奪う番だ」


結衣は気のせいか彼女の透き通った赤い瞳が黒く濁っていくように見え、「リコねぇ......」と不安の声を出す。


「私はリコリスじゃない、谷川(たにかわ) 遥陽(はるひ)だ」

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