第28詠唱 グランドゼロ

― 第五地区 ―


ベティ一行は魔導機動隊の第五地区駐屯地へ行くため、城に来た道を戻りドロテアの家にいた。


 少し離れている間に各地で“黒い雨”の被害が広がっていて、ラジオやテレビのチャンネルは全て魔力の持つ女性が倒れる事件の事ばかりだった。


 外も雨の音を描き消すような救急のサイレン音が所々でけたたましく鳴り響いていた。


 因みに、魔力を持つ人間や種族は普通の人間とは人体構造が違う為ほぼ救えていないとか


「アシュリーもよくこんなウイルス兵器を作るな」


 アイラは鼻でため息を吐きつつ言う


「でもドロテアさん遅いですね」

「この先何か起こるからついて行くって言っていたけど何してんだかな」


 待ちくたびれたイザベルとドミニカは出された暖かい飲み物をすする。


「お待たせしました」

「待たせたな」


 ベティとドロテアのはち切れそうなほど大きく膨らんだ巨大なリュックに、全員は唖然とする。


「なんですかその夜逃げする人みたいな恰好は」

「これか?これは私の大切な物が入ってる、そんな事よりはよ行くぞ、この世界も時期に終わる」


 ドロテアの落ち着いた表情とは裏腹の爆弾発言にドミニカは「ちょっと!それどういう事ですか?」と聞くが「今は説明してる暇はない、早くいくぞと」と言われ、全員はもやもやしながらとりあえず駐屯地に向かう事にした。


 地下都市に行くエレベーターに近づくにつれ、道に転がっているミイラの様に干からびた魔法少女達の死骸が増えていき、地下から逃げていたのかエレベーターの出入口周辺には、ゾンビ映画にでてきそうな死体の山がみちを阻む


 雨で死臭は抑えられていたが、青白く血管は浮き出て髪の毛が抜けた人間とはかけ離れた女性の死体に全員の背筋が凍り付いた。


「はっ早く行きましょう!」


 ベティは言うなり魔法で死体の山をどかしエレベーター内のギチギチに入った死体も出し入って地下に向かった。


「確かに地下に向かうほど体がほんの少しだるくなるな」

「でもバリア魔法と浄化魔法を使っても感じるって事は……考えるだけでゾッとしますね」

「第五地区の地下都市は雨漏りもしてたからな、どこの地区よりも被害が凄そうだ」


 アイラの予想は的中していた、辺りにはゴロゴロと逃げ遅れた魔法少女達の死体が転がっていて静まり返りゴーストタウンと変わり果てていた。


「不気味だな......そう言えばベティさん、さっきリリ......リコリス様に渡すって言っていたトランクはどうしたんですか?」

「あれなら他の者に渡すよう頼んだので大丈夫ですよ」

「へ~」


 魔力も感じず足音さえ聞こえない街を警戒しながら進んでる、その時だった。


「魔力感知、微弱ですけどこの違和感のある感覚は隠しているのでしょう」


 足を止めて黒灰の魔女はアイラ達に背を向けて囲む様に円を組み警戒する。


「なんか獣の臭いがするな」

「私達も手伝います!」


 ドミニカとイザベルは腰についているホルスターから杖を取り出して構えた。


 不気味な沈黙......地下で吹くはずのない風がそよそよと頬を撫で更に緊張を煽った。


イザベルがゴクリと固唾を飲んだ時だった、そよ風は強風に変わり隠れていた人物が現れた。


 ツヤのある黒く長い髪にこの世界では見かけない色鮮やかな着物


「流石黒灰の魔女と言うべきか、雪様と共に働いていた者と言うべきか......」

「雪?」


 アイラは"雪"という名前に聞き覚えがあるのか眉をひそめ呟く


「確か結衣ちゃんが言ってた人ですよね、記憶を取り戻してくれた一人だとか」

「結衣?まだあの方はこの世界に居るんですか」


 着物の女性は「早く来いって言ったのに何やってるわけ?」とブツブツ独り言を言うが「まぁ今はそんな事より」と再びこちらを向く


「雪さんから伝言です、リコリス・オストランがこちらの世界に来ましたら来るように、とこれがその居場所を記した地図です。と言っても我々はいろんな場所を転々と居場所を変えるのであてになりませんが」


 女性は近づき一人の黒灰の魔女に手渡す。


 手が触れた時に感じた異様な魔力の感覚に魔女は一筋の汗を額から流す。


「貴方、魔女ですか」

「ふふふ懐かしい響きですね、間違ってはませんが私はもう魔女じゃありません陰陽師(おんみょうじ)です」

「おん?なんですそれ」

「ここで言う魔女です、ではしかと伝えましたからね」


 ニコリと微笑むと着物の袖から一枚、長方形の紙を出すと詠唱を煙と共に消えていった。


「今の詠唱聞いたことあります?」

「いや、そんな事よりなんであんなに元気なんだ?」

「陰陽師......向こうの世界にも魔法があったのか」


 全員は恐怖心を抱きながら目的地へ歩き始めた。


♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎


― 第四地区 ―


 リリィが率いる黒灰の魔女の軍勢と結衣は第四地区上空を飛んでいた。


「前衛と後衛に別れて私の詠唱が終わるまで護衛するように、指示を出すまでは作戦通りで行く、以上!」


 全員が「はい!」と力強く言うと「ソルセルリードレイン」と唱えて全員から魔法をゆっくり吸って行く。

 

 遠くに黒煙の柱が遠くに見えてくる。


(アレがこの雨を降らしてる原因か?)


 もくもくと黒煙を上げている壺のような大きな装置が正体を現すが、それと同時に黒い雨が降る中何もささずに地面に剣を刺して立っている一人の少女の姿も見えてきた。


「あの女の子から大きな魔力を感知!警戒せよ」


 一人の黒灰の魔女の呼びかけに全員は魔武を握り前衛と後衛に別れて構えて戦闘態勢に入る。


(金の鎧ドレスにこのアシュリーに似た魔力、リリィか)


 金の鎧ドレスに身を包む彼女は剣を抜き取るのかと思ったが、リコリス達に気づくと戦う意志が無いのを表すように両手を上げた。


「まて、相手は戦う気はなさそうだ話を聞こう」


ワルキューレはにこりと笑うと上げてる手を下げた。


「久しぶりリコ姉さん、もうココには私しかいないよ、だから警戒しなくても平気」


 大声でそう言う彼女はもっと近くに来いと言わんばかりにチョイチョイと手招きをする。


 全員は地上に降り、30メートル離れた所まで近くとリリィが口を開く


「リリィはなんでこんな所にいるの?」

「死ぬ前に結衣に伝えたいことがあったから、この機械を壊しに来るのを予想して待ってただけ、来てよかったよ」

「なるほど、ちょっと待ってて」


 そう言うと小声で「結衣ちょっと来て」と言い呼ぶ。


「どうするの?リコ姉」

「これを持ってって、相手は強いもし襲われそうになったらコレを使って急いでこっちに戻ってきてね」


渡したのは魔具でも最高級な物だった。


「この魔具はどんな相手でも数十秒は縛り付けることができる道具だから、相手の動きをよく見てね」

「分かったありがとう」

「気をつけて」


 肩をポンと叩いて結衣を行かせると、結衣と入れ替わる様に空から黒灰の魔女が降りてきた。


「リコリス様、ベティからお届け物です」


 手に持っていた革製のトランクを重たそうにリコリスに渡す


「おもっ!」


 リリィは地面にドンッと置きトランクの中を見る。


「剣に何か入った小瓶……」


 中を隅々まで確認していると、小さく折りたたまれた手紙が剣の下にあるのに気づく。


「これは......」


 少し不安を感じたがその手紙を開いてみるとただ一行


「始まりの場所でまってる......か」


 剣を撫でて「なるほど」と呟くと小瓶を手に取る。


「これは?」

「ベティさんが言うにはリコリス様の魔石とその他魔法少女達の魔石を粉末状にして混ぜた物、らしいです」

「なるほど」


 そう言うと小瓶を手紙と共にトランクに戻した。


「お飲みにならないんですか?」

「私はやっぱりあの人と戦いたくない、このトランクは貴方が大切に持っといて」

「承知しました」


 トランクを渡し近くにいる仲間に「結衣とリリィの状況は?」と聞く


「特に変わった事は無く話し合っています」

「それなら良かった、このまま何も起こらずに済んでほしいけど」

「そうもいかないみたいですよ、南の方向から多数の巨大な魔力を感知しました、この癖のある魔力は魔女です」


 リリィが黒雲で包まれた空を見上げると、南の方向から蜂の軍団の様なすばしっこく動く黒い影を見つける。


「後衛部隊砲撃用意!撃てー」


 マスケット銃や弓などを持つ後衛部隊は黒い影に向かって攻撃をし始めた。


「リリィと結衣を守れ!」


 話し合っていた結衣とワルキューレも黒い影に気づく


「お姉ちゃん!」

「ここは私に任せて結衣はリコ姉さんの所に戻って!」

「いやだ私も戦う」


 首にぶら下げているペンダントの先に着いてる赤い魔石をギュッと握り

「魔法、入りました!」と言うと赤く光る粒子に包まれ一瞬で変身した。


「もうリコ姉ともリリィお姉ちゃんとも別れたくない!」


 片手から魔武の大剣を出し肩に担ぐと、上へジャンプして魔女の群れの中に突っ込む。


「昔と変わってないんだから」


 呆れたワルキューレはタクトを握ると突っ込んでいく結衣に強化魔法を掛けた。


「前衛部隊、結衣に続けー!我ら黒灰の魔女の格の違いを思い知らせてやれ」


 城を侵略された時代からの魔女達は目の色を変え、獣の様に魔女に向かって突っ走って行った。


「私ももうそろそろか......よし!詠唱を始める、皆、ゴメン」


 皆は「最後までリコリス様のお役に立てる事ができるのなら本望です」


「皆...皆の死は絶対に無駄にはしないから!」


 歯を食いしばり涙をこらえると深呼吸してから口を開けた


「闇に住むものよ踊れ、踊れ、天が泣き海が吠える時全ては終わりそして始まる」


 ぶ厚い黒雲が蓋をする空に、気味の悪い髑髏(どくろ)が紫色の煙を集めてもくもくと現れ、地面はグラグラと揺れ始めてピキピキと徐々に亀裂が入っていく


 空で戦っていた結衣とワルキューレは周りの異変に辺りを見渡した。


「なに?この重くのし掛かる感覚」

「結衣逃げて!リコ姉さんのいるバリアの所へ!」


 魔女達の死体を紙のように軽々と拭き散らす強風に危険を察知したワルキューレは、結衣はリコリスの方に強く押し飛ばす。


「お姉ちゃん!」


 手を伸ばして掴もうとするが届かず、そのままリコリスの方へ落ちて行く


「結衣さん!」


 トランクを持ってきた魔女は結衣が落ちてくるのに気づいて慌ててキャッチした。


「お願い、お姉ちゃんを助けて!このままだと死んじゃう!」

「すみませんそれはできません、もうすぐで詠唱が終わるので」


抱えられてる腕から離れると盾を構え、箒に跨り風から守りつつ結衣に近づこうとする、が叩かれたハエの如くヨロヨロと地面に落とされる。


「くそっ!」

 

 奥歯をギリギリと噛み締めてもう一回飛ぶが結果は変わらず風に煽られどっかに吹き飛ばされるだけだった。


「デザストル......」


 結衣は鎧は壊れドレスがボロボロになろうが、額から血が流れようが何度も立ち上がり飛んでいく。

 

「カラミティー......」


地面の振動はさらに激しくなり、所々からバギッ!バギッ!と蛇のようにうねる巨大なクレバスが刻まれていく


「クソッ!」


 箒は折れ、持っている盾を捨てると最後の一回、

ワルキューレ目掛けて足裏に魔力を集中させると飛び上がった。


「後もう少し......」


逆風に煽られながらもワルキューレに思いっきり手を伸ばす、が指先がワルキューレに触れた所で虚しくも体は下へと引き込まれて落ちていった。


「私は結局......」


伸ばしていた腕を下に下して強風に体を躍らせた。


「全く、大きくなっても結衣は変わらないね」


ワルキューレは我慢ができなくなったのか落ちてく結衣をキャッチする。


「リリィお姉ちゃん......」

「結衣、私がリコ姉さんよりもつよい理由を教えてあげる」

「理由?」

「私の中には無数の魔石が埋められてるから強いんだよ、だけど言い換えれば私の中には無数の魔法少女達の死体が眠ってるのと同じ、だから私はそれを天へ送る役目があるの」

「でも、それは今じゃなくても」

「今じゃなきゃダメなの、全ての役目を終えた今じゃなきゃ......ね」


ワルキューレは下で魔法を唱えているリリィの方を見て不安げな顔をする。


「良い?結衣よく聞いて、コレは貴方に託す

だから何があってもリコ姉さんを守ってあげてね、何があっても」


 まるでこれから何か起きるような言い方に、結衣は「もう全て終わるんじゃないの?」と聞く


「逆、本当の戦いはこれから始まる、静かな戦いが」

「何処で?」

「リコ姉さんの中で、だからお願いリコ姉さんが復讐の鬼に変わらないように守って支えてあげてね」


 分厚い黒雲が所々被られて巨大な隕石がゆっくりと落ちてくる。


「私達が再び戻ってくるその時まで」

「それっt......」


ワルキューレがニコリと微笑んだその瞬間、結衣の視界は一瞬真っ白になると突然リリィ達のいるバリアー内に移動した。


「お姉ちゃん!」

「結衣!」


バリアーから出ようとした結衣をリリィが止める。


「結衣、これはリリィの選んだ事なの分かってあげよう」


言葉とは裏腹にリリィの声は震え小さくなっていき、肩を掴んでる手の力も抜けていった。


「リコ姉......」

「もう少しでこのイバラの道から出ることができる、出来るから」

「そうだね、これが終われば、誰も苦しまずに済むよね......」


やがて各地で隕石が落ち人類は黒灰の魔女以外きえるのだった。


結衣は跡形もなく消えていく姉の姿をみて、歯茎を噛み締め、押し付けられるように渡されたタクトを強く握る。


 タクトから感じるどこか懐かしい温もりが、結局何もできなかった自分を憎くそして悔しく感じさせた。


「これから何が起きるの?お姉ちゃん......」


 呟く様に口からこぼれたその言葉は天まで届かず、砂嵐の音にかき消されていった。

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