第26ーFinal詠唱(前編) 影武者(リリィ)の誕生 ~そして棘の少女達は深い眠りにつく~

「リリィと結衣、お昼ご飯ができたよ〜」


 テーブルに料理が盛り付けてあるお皿を並べていると、「美味しそうだねぇリコ姉」と匂いに誘われたのか結衣がよだれを垂らしながら来る。


「あれ?リリィは?」

「あ、連れて来るの忘れちゃった」


 テヘヘと笑う彼女を見て呆れた様にリコリスもつられて笑う


「テヘヘじゃないよ、まったく14歳にもなって、結衣は成長しないね」


 車椅子のタイヤを押しながらリリィはジト目で言う。


「ゴメンゴメン」

「まぁ良いけど......あ、リコリス姉さん私がお母さんを呼んでくるよ」

「いや私が呼ぶから二人は先に食べてて」


 リコリスとアシュリー、リリィ、結衣は魔法の無い世界の日本に住んでいた。


 アシュリーは魔道機動隊の研究員として働いている為時々向こうの世界に戻ったりと行き来していた。


 因みにベティは向こうの世界に残り後々リコリスが使う事になる変身ベルトの研究をしてるとか......


「アシュリー、お昼ご飯できたよ」


 部屋に入るが彼女はおらず散らばった本だけがあった。


「地下室かなぁ」


 奥の壁に付いているドアを開けると冷たい冷気がブワッと体にかかる。震えながらロウソクの火だけで灯された薄暗い土肌を見せた地下通路を通る。


「ココは死体の臭いとかがするからやなんだよなぁ......オマケに足の裏が汚れるし」


 ため息を吐いてブツブツ言ううちに長い廊下を抜けて二つの分かれ道の前まで来る


「あれ?新しい部屋が増えてる......」


 すると微かに響いて聞こえてくるゾンビの様な唸り声に気づき左のほうへ進んだ。


「アシュリー、ご飯できたよ!」


 ドアを開けるとアシュリーの姿は見当たらなかった。


「向こうの世界に行ってるのかなぁ」


 ため息をつき戻ろうとすると、ふと机の上に血やコーヒーで汚れたノートが置いてあるのに気づく。


「アシュリー、日記なんて書いてたんだ」


 日記はミミズの這った様な文字が特徴的な魔女語で書かれていた。


「ふーん毎日書いてたんだ、昔から継続的になにかやり続けるのが苦手だったのに珍しい」


 日記の内容はリリィや結衣の出来事がちょこっと書いてあり、その他は全て研究の内容だった。


「何の実験をしてるんだろう......」


 書いてある数式に首をかしげるが、その答えは読んでいたら突然現れた。


 最後のページを開くと水玉の様なシミがポツポツとあるページが顔を見せる。


「私に隠してこんな事を......」


 背筋が凍りつきゾワゾワと全身鳥肌が立つ、日記を閉じると足元に落ちてる分厚い本につま先がコツンと当たる。


「コレはお城の中にあった解剖学の本」


 拾ってみようとしたが怖くなりやめて部屋を出ると足を洗ってからリビングに行く。


「あ、リコ姉!お母さん帰ってきたよ!」

「私を探してたみたいですねリコリス様、すみません少し出かけていました」


 ニコリと笑い頭を下げる。


「いや気にしないで良いよアシュリー」


 アシュリーの顔を見ると、脳裏に日記の内容がフラッシュバックして鳥肌が立つが「そんな事より朝ごはんを食べよう」と自分の席に座って冷めた料理を食べ始めた。


 しかしアシュリーはテレビを楽しそうに見ているリリィと結衣の方を思いつめた様な顔で眺めていた。


「アシュリー後で散歩に行こう」

「え?」


 ボーとしてたのか間の抜けた返事をする。


「だから後で散歩に行こうって言ったの」

「どうしたんですか?珍しい」

「いや、特にこれと言って理由はないよ、ただ昔みたいに散歩したくなっただけ」

「そうですか、そうですね、時には良いかもしれません、喜んでお伴します」


 いつもだったらリリィと結衣は「私達も行く!」というのだが、なにかを察したのか静かだった。


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


 アシュリーとリコリスは浜辺を歩いていた。真冬のせいか人は呟くほどしかおらず、波の音が響く中微かに人々の笑い声が聞こえてくる。


「この町は落ち着くね」


 楽しそうに話す人達を見ているリコリスは嬉しそうにニコニコと笑う


「そうですね、静かで天国のようなところです」


 アシュリーも微笑むが、どこか冷たくて曇ったものを感じる。まるで今日の天気のようだった。


「鉛色の空、この寒さだと今日は雪が降りそうだね」


 いつまでも遠くの海に浮かぶ船をボーと眺めているアシュリーの腰に「えいっ!」と抱きつく。


「ヒャッ!びっビックリした、どうしたんですか」

「アシュリーやっと素の表情を見せた」

「私はいつもと変わりませんよ」


 リコリスの頭を撫でる


「いつもと違うよ、見てればわかる悲しい顔してるって」

「すみません、リコリス様の前では明るくしようと思っていたんですが、やはり駄目でしたか」


 アシュリーから離れると真剣な表情で目の前に立つ


「アシュリーがなにやろうと私はなにも言わない、でも、失敗するかも知れない実験に結衣を使わないで」


 その瞬間リコリスが何言ってるのか分かりこれからか何を言い出すのかも予想が出来た。


「でもDウォーカーを指示できるのは私と同じ遺伝子を持つ人だけです」

「忘れたの?私はアシュリーの血を適応出来たことを」

「でも!あの手術で使った血は少量だったか何もなかっただけで、今度は量が桁違いです!」

「死ぬ事ぐらい覚悟してる、でも私が犠牲になって結衣のワルキューレ化の成功率を上げられるならそれでいい」


 するとアシュリーは顔を赤くしプルプルと体を震わす


「貴方はどうして直ぐに自分を犠牲にしようとするんですか!もっと自分を大切にしてください!あの時だって私達に任せていれば貴方だけはそんな姿にならなくて済んだのに」

「自分の保身しか考えない王なんてそんなの王じゃない」

「でもただ先頭を走ってればいいってもんじゃない!時には仲間を信じて守られるのも王ってものでしょ!」


 リコリスは歯茎をギリギリと食いしばり「お前は何も分かってない!」と叫ぶ


「たかが子供が何できるって言うの!大人の言う事聞きなさいよ!貴方は何も出来ない!何も成功しない!何も守れやしない!」


 その言葉にリコリスは熱くなっていた頭が一瞬で冷めた。


「そんな事......思ってたの」


 口から溢れるように言うと自然と両目から涙がツーと流れる。アシュリーも自分の放った言葉にハッとなり「すみませんでした!今のは本音ではありません」と直ぐに頭を下げた。


 気がつけば鉛色の雲はぶ厚くなっていて、しんしんと雪が二人を包むように振っていた。


 沈黙が周りを支配する。気のせいか騒がしく聞こえていた波の音さえもピタリと聞こえなくなり、雪の冷たささえも感じない。


「アシュリー、実は城に敵襲が来たのはあの時が初めてじゃないんだ、そう私が赤ん坊の時まだお母さんが女王になってない時一回だけエルフ達が襲ってきたことがあってね、凄い大群だった、あの時の魔女達の比じゃなかった。

護衛の騎士やメイド達は逃げてその時の女王である叔母が禁術を使って自分を犠牲にし城を守った、その時の出来事があって人に守ってもらうというのが凄く怖くなったんだよ、だから……」

「だからいつも守られる側にはならなかったんですか?」

「そう」

「私やベティが裏切る人間に思えますか?」

「思えない、思えないからこそ怖い、私が守られるが故にお母さんみたいに失うのが」

「やっぱり貴方は強いお方だ、でもその強さは弱さでもあります」


 アシュリーはリコリスの両肩に手を置いて目線を合わせる。


「リコリス様が何もしないから死んだんじゃない、その人の運命だったってだけです」

「結衣が死んでもアシュリーはどうとも思わないの?」

「それは......」

「私は何もできない、何も役立にたない、この先ただただ無駄に何百年何千年と生き続けるだけ、でもあの子達にはまだ未来がある!だから私を使って、ボロボロになるまで私の体で実験していい、だから実験に成功してから結衣をワルキューレに変えて」


 リコリスの真剣な眼差しにアシュリーは「やっぱり貴方にはかないませんね」と強く抱きしめた。


「分かりました、絶対に成功させてみせます。でも一つお願いを聞いてもらえませんか?」

「何?」

「全てが終わったら私を殺してください」

「なんで?」

「私は人として許されない事をしたからです」

「分かった、その願いこのリコリス・オストランが引き受けます、その代わりと言うわけでもないけど私の実験が成功したら外見をリリィに似せて記憶も消してくれない?」

「どうして?」

「魔道機動隊やつらはアシュリーの他にあの世界で生まれたリリィも狙ってるはず、だから私が彼女の影武者になって守る」

「そうせ何言ってきかないんですよね」

「もちろん」

「分かりました、無茶だけはしないでくださいね」

「うん、全て終わったらまたこの地で」

「はい!この場所で会いましょう」


 そして1週間後、試作機としてリコリスのワルキューレ化が95パーセントで成功、そして姿も髪の色以外は完璧に成功、リリィが向こうの世界に放たれ五ヶ月後実験が成功した。


 更に一カ月後、結衣が完璧にワルキューレ化に成功。


 同時期にリコリスの手によりレノラ死亡


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


2週間後......


 木も草も生えない荒れ果てた荒野の中、結衣はゲートを引き連れて歩いていた。


「リコ姉待っててね、直ぐに楽にしてあげるから」

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