第26ーFinal詠唱(後編) 影武者(リリィ)の誕生 ~そして棘の少女達は深い眠りにつく~

《つい最近現れたゾンビのような魔物に怯えた各地で覚者たちが暴動を起こしております!機動隊員はこの状況をどう対処するつもりでしょうか!》


 ラジオから流れるニュースにぼんやりと耳を傾けている二人の機動隊員は、「そんなに対処できるわけないでしょ、何言ってんだかなぁ」や「魔力を持たない人はお気楽でいいものだ」とボヤいては白い溜息を吐いた。


「地下都市なんて本当にできると思う?」


「無理でしょ、覚者が全員入れるホールは作れたとしてと中に建物を作るなんて......ねぇ」


 タバコを箱から一本だし咥えると、スッと横で話してる女性に先を向ける。


「火をつけろと?」

「アンタ火属性でしょ?」

「貴方ごと燃やしたいんだけど」


 向けられたタバコの先を指で摘まみ少し熱を加えるとゆらゆらと白い煙を立て始める


「んふふ、サンキュー」

「は〜しっかし」


 タバコを美味しそうに吸う相方をチラッと見てハァーと溜息を吐いた。


「なんだよ〜」

「別に、呑気だなって思って」


 二人が他愛のない話をダラダラとしていると、「二人ともサボるな!」と真上から大きな声がポツリと落ちてくる。


 二人は上を見上げると箒に跨った現場を周回する見張りがいた。


「仕事熱心でご苦労なこっちゃ」

「なんか言ったかー!」

「いや、別に」


 二人は座っている地面から重い腰を上げてポテポテと自分の仕事場に戻っていく。


「はい、こちら第Qチーム、どうかしましたか?」

《大量のゲートが現れた!》

「今から了解、そちらに部隊を送ります」

《いますg......》


 途中で言葉が切れ少し経つとプツリと通信が切れる。


 嫌な予感がした女性は、地面に降り急いで機動隊員を呼ぼうとした時だった。


「ッツ......」


 大量の魔方陣が壁のように展開されそこからゲートがウジャウジャと現れたのだ、慌てて逃げようとするが黒い剣と盾を持ったリリィ(元リコリス)が行く手を阻はばむ。


「どこに行こうとしてるの?」

「黒髪の悪魔!?」


 ゲートを操る少女がいると覚者の中で噂になっていて、黒髪の悪魔や死神など呼ばれていた。


「悪魔か......悪くない」


 そう言うと地面をつま先で軽く蹴る。


「ガハッ!」


 一瞬だった、地面から鋭い岩が現れて女性を串刺しにした。


「貴方たちは南側へ行って、貴方達は東側へ、頼みますよ」


 猫背のゲート達はコクリと頷くと、二グループに分かれてユラリユラリとゆっくり歩いていく。


「私もいくか」


 歩き出したその時だった、一本のナイフが矢の如くこちらに飛んでくる。振り向きざまに剣を振り弾くと、遠く離れ豆粒のように小さく見える結衣を見つけた。


「結衣?結衣なの?」


 何も答えない彼女、リリィは近づこうとすると何やら詠唱を唱えているのに気づく、が遅かった足元に魔方陣が広がるとそこから巨大な鋼の刃が上に伸びる。


 避けたが足をつけた瞬間再び刃が伸びて何度も避けている間に結衣に背後を取られた。


「何故こんな事を!」

「もうリコ姉が苦しまないようにする為」

「リコねえ?」


 リリィとして今まで生きてきたという違う記憶がリコリスの脳に植え付けられている為に、言っている意味が分からず思わず聞き返した。


「もうアイツの為にする必要なんかないよ!後は私に任せてリコ姉!」

「私はリリィだよ!リコ姉さんは死んだ!」


 黒の剣と白の剣が交わり空高々に金属の音が鳴り響いた。


「死んでなんかない!」


 結衣は後ろに飛んで指をパチンと鳴らすと二人の間から金色の魔方陣が現れ、そこからゲートが二体出てくる。


「目を覚ませ結衣!」


 ゲートの攻撃を軽々と避け胴体を真っ二つに切る。だが不意に見せた結衣の怪しい笑みに嫌な予感が頭をよぎった。


 ピカッと一点が眩しく光ると突然爆発が起こり、リリィは遠くの方まで吹き飛ばされ家の壁にめり込む。


「グハァ!」


 亀裂の入った壁はすぐに崩れリリィは下敷きになる。


「もう頑張らなくてもいい、後は私に任せて」

「グッ......」

「私達の記憶は直ぐに無くなってゲートみたいに彷徨うだけの生き物になるんだよ!」

「そんなの、知ってる」


 ふらふらと立ち上がり口から血を吐く


「それでもママが幸せになれるんなら、私はそれでいい」


 重い剣を放り投げ両手の拳を握りファイティングポーズをとる。


「このわからずや!」


 地面を蹴ってリリィとの間合いを一気に縮めた。


「ゼークラフト・ヴュ・ヴィスタ」


 唱えて拳は岩のように硬く強化する。

 迫る剣先を右手の甲でずらし屈んで結衣の懐に入り込んだ。


「チッ」

「チェックメイト」


 体を上に伸ばし拳を突き上げ結衣の心臓に減り込ませた。


 結衣の体は空き缶の様に空高々と宙に浮く。


(体が動かない)


 心臓に近い胸を強く殴られたせいか呼吸ができず体が痺れる。


 間髪入れずにリリィは真上に飛びかかと落としをし固い地面に落とした。


 地面に着地すると右手から黒い片手剣を出す。


「リコ姉は私を殺せない」

「何故そう思う」

「だって、まだ心まではお姉ちゃんになってないから」


 剣を振り上げて首を跳ねようとしたが、本当に誰かに止められた様に結衣の首元でピタリと腕が止まる。


「動かない」


 すると後ろから「エアホールング!」と回復魔法を唱える声が聞こえてくると結衣の体は回復する。


「リコ姉さんやめて!」


 聞き覚えのある声にリリィは振り向くと、そこには金の鎧ドレスを纏った本物のリリィが立っていた。


「何故私が二人も......」

「姉さんはリコリス・オストラン、リリィ・バレッタじゃない!目を覚まして!」


 リリィは混乱し握っていた剣を地面に落とす。


「リコ姉?」

「私は......私は......違う、私はリリィだ」


 一瞬自分の本当の母であるエルシリアを思い出し掛けた瞬間、時脳みそに強い衝撃が走り、記憶が暗闇に引きずり込まれるような感覚がした後電源が切れあた様にパタリと倒れた。


「リコ姉!」

リリィは結衣の腕を引っ張り止める。

「近づいちゃダメ!起きたらきっと殺される」

「でも!」

「結衣は時期に記憶をなくなるから早く脳に描かれた魔方陣を解く為に、黒灰の魔女を探しに行きなさい」

「お姉ちゃんは?」

「私は母さんの側にいるよ、そうしなきゃ本当に壊れちゃうから」

「でもそしたらお姉ちゃんが殺されちゃうよ!アイツの側にいたら危ないよ!」

「大丈夫だよ、私は強いから、ほら立てる様になったんだよ」


 クルリと回ってみせた。しかし結衣は決して喜びはせず逆に怒りが込み上がる。


「そんなのどうせアシュリーに改造されて立てるようになったんでしょ!

アイツは私達のことを道具としか見てないんだよ、なんでそれでも側にいようとするの?」


 怒る結衣にリリィは優しく微笑む


「母さんは好きでそんな事してるわけじゃない、知ってる?リコ姉さんの事」

「昔王女様だったんでしょ」

「その後の話は?」


 その言葉に何も知らない結衣は黙り込む


「リコ姉さんは住んでいた城と親を失い家族とも言える仲間も失った、母さんはそんな姉さんがもう悲しい経験をせず平和に暮らせる様にと頑張ってるんだよ、あの人は結衣の思うような悪い人なんかじゃない」

「嘘だ、そんなの信じない!」

「嘘だと思うのならこっから南東にある廃教会に行くといい、そこに母さんが書いてた日記が残ってるはずだから」


 そう言うと結衣に背を向けた。


「もしそれを見て何か感じたらリコ姉さんを守ってあげて」

「お姉ちゃんは?」

「今度会う時は敵同士、リコ姉さんに救われたこの命を失わない為にも本気で行くから」


 するとポケットから小石を出すと詠唱して姿を消した。


「次会う時は敵同士......」


 呟くと走って脳の魔方陣を消すために魔女探しにいった。


 5年後結衣はドロテガと会い魔方陣を消してもらうことに成功する。


 同時期に覚者専用の地下都市が全地区で完成する。


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


更に3年後......


 結衣との決闘で気絶を失ったリコリスことリリィは、数週間後覚者のホームレスに拾われて共に地下都市で暮らすことになった。


 リリィの言う通り脳に刻まれた魔法陣の効力が強まり記憶が完全に無くなったのだった。


「行ってくる」

「はいよ、またお金をたんまり持ってきてね」


 にこりと笑う彼女に無表情でコクリと頷くと、腰に着けている鞘さやに小刀をしまい音を置いてく速さで消えて行った。


「見つけた」


 綺麗なローブに身を包み指には宝石の指輪をはめた金という文字が似合う若い女性を見つけると、家の屋根に移動し様子を伺うことにした。


 そんな事は気づいていないのか女性はアクセサリーが沢山売っている屋台で足を止めて品を見始める。


 リリィは自分の気配を殺し、音も立てず女性に近寄ると腰につけた小刀を抜いてうなじを狙った。


「キミ、魔力は消せてないぞ?」


女性はクルリと振り向き持っていたネックレスのチェーンを使って剣先をずらして避けた。


「チッ!」

「まだそんな小さいのにホームレスなんて可哀想だな」


 女性は「だが、世の中ってのはそんなもんだ」と言い魔武まぶであろう太刀を手の平から出すと構えた。


「黙れ」


 表情をピクリとも変えないリリィは一瞬で姿を消して女性の背後に現れると黒の片手剣を出す。


「戦い方が荒いな」


 振り落とす剣をいとも簡単にひらりと避けてボールの様にリリィを遠くまで蹴り飛ばした。


「でもその戦い方嫌いじゃない」

「......」


 リリィはまた一瞬で姿を消す


「フッ、魔力も魔法も言うことなしだな」


女性は目の前に現れたリリィに驚きもせず握った拳を腹にめり込ませた。


「グッ!!......」


 あまりの痛さに息が止まる、剣を杖のようにして立っているのがやっとだった。


「悪いな、私は子供相手でも手を抜く事は出来ない性分でね、いやぁよく秘書に大人気ないって怒られるんだ」


 余裕そうにハハハと笑う、リリィは歯を食いしばり地面をけり一気に近づくと今度は回し蹴りを食い、さっきのアクセサリーの屋台にぶつかり倒れる。


「なかなかのガッツだ、君名前は?」

「リリィ」

「私はアイラ・テイラーだ第5地区魔道機動隊の頭をやってる」


 ポケットから財布を出すとリリィにヒョイと投げる。


「これは?」

「金が欲しいんだろ?」


 リリィはゆっくり立ち上がり財布を着ているワンピースのポケットに入れた。


「もうこんな暮らし嫌だろ、どうだ?魔導機動隊にならないか?」

「......」


 アイラに背を向け上を見た


「貴方について行けば何か見つかるかもね」

「じゃあ答えは」

「やるよ」

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