第26ー2詠唱(中編) 影武者(リリィ)の誕生~暁の悪夢の始まりと蒼い天使の誕生~

「レノラさん入ります」


 部屋の中から「どうぞ」と聞こえると二人は部屋に入る


「お疲れ様です、ではパトロールの報告をお願いします」


 魔法機動隊の紋章がプリントされた白い眼帯が特徴的な彼女は、背筋を伸ばして聞く。


「魔物による引ったくりが5件、魔物による住宅地の放火事件が2件、人間同士の喧嘩が24件ありました」

「なるほど、連絡ありがとうございます」


 表情をピクリとも変えず能面の様な彼女は「では、次の任務を与えます」と言い、棚に並べられている巻物の中から一つ魔法で取り出すとそのままアシュリーに渡す。


「拝見します」


 巻かれた紙を縛っている赤いリボンをシュルシュルと解(ほど)くと、まっさらな紙から文字がじわじわと浮き出た。


「家族を失う事がどれだけ辛い事かは分かります、しかし、成魔の魔物は危険です、殺せとは言いません今日中に森に逃がしてください」

「でもあの子達は数年前にはもう成魔していますし一回も問題は起こしていませんよ、村の人たちにも慕(した)われている程です、危険な要素はありませんが」


 成魔とは人間で言う成人と同じで20歳を超えた魔物の事を指すのだ。


「成魔は日に日に殺戮衝動(さつりくしょうどう)が強くなっていきます、今は抑えられていても軽い弾みで人を殺してしまうのです」


 レノラは昔の古傷がうずくのか眼帯をさする。


「あ、あの子達を野良の魔物と一緒にしないでください!」


 ベティの細い声が部屋に響く


「気持ちは分かります、私も小さいときはB型の魔物を育てていたことがありました、しかし成魔になった瞬間に私の母と父を襲いました、可愛がっていた私以外全てを、自分の手で殺すのは辛いものです、ですから何か起きるうちに逃がしなさい」


 眼帯を片手でめくり隠していた白く壊死した眼球を見せる。その瞬間ただ言っているのではなく、自分と同じ道を歩ませたくないと思うレノラの思いを感じた。


「で、でもB型と人間型とは能の作りが違います」


 B型とはビースト型の事を言い見た目は動物に似ていて、人型と違い見分けがつかない為一定の魔力を超えた動物をB型の魔物として判断されていた。


 ちなみにアルムの様な人に近い魔物をヒューマン型、H型という。


「確かにB型の方が自分の本能に忠実でコミュニケーション能力も低いです、しかし人型も学習能力が低く本能に忠実なんです、なので実際はB型もH型も変わりません」

「しかs......」


 ベティの言葉をさえぎる様にレノラは話し始める。


「人は魔物に警戒しています、私たち魔道機動隊がその魔物を助けたと知られたら大事になるでしょう、アシュリーさんのお腹の中にいる子やリコリス・オストラン様の為にも」

「分かりました、今日中に逃がします」

「あーちゃん......」

「しょうがないよ、人と魔物は共存することは出来ないし、いつかこうなることは覚悟していたから」


 ベティはアシュリーが肩を少し震わして我慢しているのに気づき、これ以上何も言わなかった。


「では、頼みますよ」


 アシュリーとベティは背を向けて部屋を出る。


「貴方もお願いしますよ」


 背後から、全身を隠す様に前髪と後ろ髪が床まで垂れ、黒いワンピースをきた女性が現れる。


「御意(ぎょい)」


 不気味にニヤリと笑うとスッと消えた。


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


「あーちゃん本当に良いの?リコリス様も一人になっちゃうし考え直した方がいいよ」

「分かってる、分かってるけど逃がさなきゃ絶対に他の機動隊員が駆除しに乗り込んでくる」

「じゃあ隠せばいいんじゃない?」

「それはあの子達が可哀想だよ、それにあの魔力で感づかれるし」


 あーだこーだ話しているうちに教会に着き、気まずい二人は大きなため息をついた。


「お帰りアシュリーとベティ、今日は早いね」

「フタリトモ、オカエリ」


 3匹の魔物とリコリスは買い物に行っていたのか、教会に飾る花や夜ご飯の食材を抱えていた。


「ドウシタ?ソンナトコロ、タッテ」


 不思議そうに首を傾げるアルムに二人は言いづらくなるが、アシュリーは深呼吸してから「皆に大事な話ある」と切り出して一旦場所を変えいつも食事をとる部屋に移る。


「で?アシュリー大事な話って何なの?」


 リコリスの問いに魔物たちは固唾を飲んで頷く。

 アシュリーは拳を握り唇を噛みしめる。


「あーちゃん私が言おうか......」

「大丈夫、私が言う」


 手元に置いてあるコップを手に取り、一気にゴクゴクと水を飲み干すをとリコリスの目を見た。


「実はアルム・ズタさん・チェヨンを森に帰す様に命令された」


 リコリスの反応は思った通りで、やはりショックが受けた様に「え……」と口から零す様に言う。


「お許しください、私たちも何度も他の魔物とは違う事を説明したのですが信じてもらえなくて」

「アシュリーだけでなく私も上手く説明できなかったのがいけませんでした、すみませんでした」


 深々と頭を下げて心の底から謝るアシュリーとベティにリコリスは攻める事が出来ず思わず無言になる。


 しかし魔物たちの反応は予想外で......


「ゴシュジンサマ、シカタナイコト、イツカコウナル、オモッテタ」

「オイラ、ココ、イレタダケデ、シアワセ」

「デスネ、コンナ、ヤサシクサレタノ、ハジメテダッタ、ワタシウレシイ」

「みんな......本当にゴメンなさい......」


 アルム達の優しい言葉に胸が締め付けられる程罪悪感を感じたアシュリーはポトポトと落ちる大粒の涙をグシグシと袖で拭きながら何度もあやまった。


「じゃあ貴方達を快適に暮らせる森まで案内するよ、準備は私の方でするから心配しないで教会の出口で待ってて」


 魔物達は頷くとリコリスにお別れのハグをする。


「アルム、ズダさん、チェヨン、元気でね」

(これで良い、これで良いんだ過去の様に死に別れよりかはコッチの方がずっと良い)


 自分にそう言い聞かせ涙をこらえながら笑顔でみんなを見送った。


「「「アリガトウ、ゴシュジンサマ」」」


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


「フヒッ出てきた、何が出てきたの?私の獲物が出てきたの…フヒヒヒヒヒヒまだよ私、まだ泳がさなきゃ、でも早く殺したい悲鳴を聞いたいよ私、駄目よ、急な絶望が一番いい悲鳴をあげるんだから、フヒヒ楽しみ」


 ライフルを握った腕を血が出るほど噛みながら、はるか上空から教会を見下ろし髪の長い彼女は独り言を呟く。


≪今回のターゲットは三匹の魔物とベティとアシュリーです、どちらか居なかったら他の部隊にまかせます、では姿消し魔法とオーラ隠し魔法を忘れずに≫


 耳につけてるインカムから聞こえるレノラの声に「ヒヒヒ、ベティしかいないからアシュリーは任せるわ〜」とライフルをベロベロと舐めながらニタリと口角を上げると、姿を消して三匹の魔物を乗せて飛んで行ったベティの後を追いかける。


 数十分飛んだ所に霧で覆われた大きな森が現れ、ベティ達はそこへ着陸した。


「この辺がいいかな、この森は大人しい魔物達が住む場所だからきっと住みやすいよ」


 ラミィの魔力に気づいていないベティは、少し話して三匹と別れた時だった。


ズドンッ‼


 耳の奥を、つくような銃声がオレンジ色の夕空を支配し、ズダさんの足元の地面を銀の弾がえぐる。


「発砲音!?誰かいるの!?」


 ベティは魔武のマスケット銃を両手に出現させて構えると周りをゆっくり見渡した。


「姿が見えない、最近姿を消す魔法を覚者が開発したとは聞いたけどまさかね……」


 姿が見えない上に魔力隠しの秘薬で魔力も感じられない為、緊張が血液と共に全身を駆け巡り背筋が凍りつく。


「皆んな、私から離れないでくっついてて」


 額からは汗がダラダラと流れ、背中がグッショリと濡れる。やけに静かな森が更に緊張を煽った。


 ひらりと木の葉がゆっくり下へ落ちた瞬間、再び銃声と共に落ちる木の葉に穴が空き弾け飛ぶ。


「弾も魔力は宿ってないか、とんだサイコパスに狙われたものだ」


 するとカシャンとライフルをリロードする音が、風でざわめく森の中にかすかだが聞こえてきた。


「そこか!」


 聞き逃さなかったベティはすかさず銃口を音の方に向けて引き金を引く、煙を纏った弾は一直線に飛んで行った、が当たった気配はなく再び静寂が森の中を支配した。


「外れたか......」

「ベティサマ、ウシロ!」


 振り向くと誰も乗っていない魔法の箒がこちらに飛んでくる、反射的に箒をマスケット銃で撃つと後ろから銀の弾がベティの太ももに齧りつく、思わずグラリと体制が崩れそうになると今度は右肩を銃弾が襲う。


「アタシ、タスケル」


 チェヨンは回復の魔法を唱えて傷を治した。


「アシエ・パルテール‼」


 鋼の分厚い壁を自分達を囲うように出現させて守った。


「相手はきっと魔力を隠す秘薬を飲んでるはず、ならバリアーを使って時間を稼ごう、大丈夫、上手くいく」


「大丈夫」と何度も何度も自分に言い聞かせ、破裂しそうになるほどバクバクと心拍する心臓を落ち着かせる。


 やがて空は暗くなりヒューと風が森の木々をぬって吹き抜けると、秘薬の効果が切れたのか魔力を感じ始めた。


「見えた!」


 魔力の感じる方へ感覚だけを頼りに壁越しに銃口をくっつけ撃ち抜く、するとドサッと重いものが地面に落ちる音がした。


「やったか!」


 しかし壁を消した時だった、目の前に双剣を構えたラミィの姿が現れる。


「ッツ!?」

「フヒヒヒヒヒヒ」

「アブナイ!」


 ズダさんは一瞬でベティの目の前に瞬間移動し背中の中華包丁を抜いてガードする、が防ぎきれずガラス細工の様にナタは破れ、ブスリと腹に冷たく光る刃が突き刺さる。


「ズダさん‼」

「あらあら可愛い子ねぇ」

「ミチズレ、ダ」

「はぁ?」

「アンブリリアント・デス・チェイサー」


 詠唱をするとズダさんの全身が黒い炎に包まれ灰になり、ラミィの周りを禍々しい無数の魔方陣が囲む。


「あの炎、まさか命術⁈」


 命術とは魔物が命を代償に使う特殊魔法で、個々に効果が違く絶対に同じ魔法は複数ないのだ。


「命術……フヒッフヒヒヒヒヒヒ、まさかこの目で見る日が来るなんて、あぁなんて美しいの」


 魔方陣から茨木(いばら)の鎖がシュルルルと勢いよく伸びると、ラミィを蜂の巣にした。


「ベティサマ、ウエ!」


 見上げると風の様に箒にまたがった五人の機動隊員が通り過ぎていった。


「あの方向は私たちの家がある場所......まさか」


 嫌な予感がしたベティはアルムとチェヨンを後ろに乗せ箒に跨ると、地を這うように木々を避けながら低空飛行で同じ方向に進んだ。


(魔物だけじゃなく私たちも狙ってたのか)


 予想通りフェルド村が見えてきた為、近道を使いリコリス達のもとへ向かう


「リコリス様!あーちゃん!」

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