第26ー2詠唱(前編) 影武者(リリィ)の誕生~暁の悪夢の始まりと蒼い天使の誕生~

— 900年後 —


「神といっただけで何もしなくても全てしてもらえるなんて良いよね~」


 教会のシスター服に身を包むリコリスが話しかける様にブツブツ言いながら、顔がゾウで体が人間という不気味な鉄製の小さな像を雑巾でゴシゴシと拭いていると、「朝から偉いですね、リコリス様」と背中にベティの声が優しく当たる。


「私は王女じゃなくて教会の人にシフトチェンジしたんだから、これぐらい当然だよ」


 オストラン城からリコリス達が逃げた後、人間が住むグリムという国にあるいろんな種族が一緒に住む小さなフェルド村という所に行き、アシュリーの母方のお祖母さんがやっているという教会に住むことにした。


 人間と黒灰の魔女は関係が薄いながらも、食料を送ったりと影で支え合っていたので村には直ぐに馴染めたのであった。


「そうですか、でも元気になって本当に良かったです」

「200年も部屋に引きこもってそこから700年も経てば元気になるよ、心配かけてゴメンね」

「いえいえ、しかし900年も経ったのにリコリス様はお若いままで変わりませんね」

 

 ピラミッドの様にリンゴが積まれた皿をピカピカに磨かれた像の前に置く


「若すぎるの!本当だったらもう160歳だよ、なのにユニコーンの血を飲まされるからまだ70歳の見た目って」


 魔女の10歳は人間年齢で1歳で、100年経つと魔女はようやく10歳になるのだ。


「そのお姿が一番ですよ、可愛らしいし」


 ポンポンと頭を撫でる。


「ベティもう行くよ」


 赤く透き通る魔石の変身ペンダントを首からぶら下げ、組織の紋章のバッチを胸に着いている白いローブを着たアシュリーは腰に手を当て呆れたように言う


 エルシリアの言う通り900年後人間たちは覚者(魔法少女)達だけを集めた魔法機動隊という大きな組織を作り、アシェリーとベティはもっといい暮しをする為にと入隊したのだ。


「あら、もうそんな時間?」

「あらって......早く着替えてきなさい」


 ベティは慌てた様子で走って着替えに行く。


「おはようございます、リコリス様」

「おはようアシュリー、あっそうそう後ろの椅子にお弁当置いといたから持ってってね」

「いつもありがとうございます、本当は元メイドである私が作らなきゃいけないのですが」


 後ろに布に包まれた弁当箱が二つ置いてあり、アシュリーは背負っているリュックに二つとも入れる。


「あとアシュリー」

「はい何ですか?」

「いつ魔法を封印してる呪い解いてくれるの?」

「またその話ですか、シスターであるお嬢様には必要ありませんよ」

「でも、教会には他の子達も居るんだよ?奇襲とかされたら」


 入隊する前は3人で教会をしつつ、ケガをしていたり帰る場所のない魔物達を介護していたのだ。今はその時介護した数匹の魔物たちは教会に残りアシュリーとベティの代わりに働いているのだ。


「この村は安全ですよ、それにお嬢様がピンチになりそうだったら私は任務を放棄してでも助けに行きますから!」

「放棄しちゃダメでしょ......」


 胸を叩いて自信満々に鼻から息を出す彼女にリコリスは少し不安そうに言う。


「それに魔導機動隊のお偉いさんもあの子達の事気づいていないみたいだし」

「むぅ~」

「リコリス様はもう剣をなんて握らなくていいんです」


 不安そうな表情をするリコリスにニコリと微笑み優しく抱くと、後ろから歩いてくる着替えたベティに気づく


「では行ってきますね」

「早く帰って来てね」


 リコリスはアシュリーの頬にキスをして教会の出口まで送った。


「私に剣が必要ない、か」


 遠くの青空を眺めながらため息をついていると、カラスの様な黒い翼が背中から生え、お尻からは悪魔の様な尻尾が生えたシスター服を身に纏う長身の女性が歩み寄る。


「ゴシュジンサマ、オソクナッテゴメン、レイノブツ、デキタ、ミテホシイ」


 彼女は魔物の為人間の言葉がまだ慣れていないらしい


「あ、アルムさん!できたの見る見る!、そう言えば頼んだ事出来た?」

「デキタ、アンチクリスタル、ツカッテカイケツ」

「アンチクリスタル?ナニソレ」


 目を点にして首を傾げると彼女にアルムはクスリと笑う


「マホウ、キュウシュウスルイシ」

「なるへそ!......わからないけど」


 手を叩いて理解したふりをすると、教会のドアを閉めて鍵をかけて例の物を作っている部屋に向かって行った。


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


「そう言えばあーちゃん、凄いお腹膨らんでるけど太った?」


 箒に跨り空をのんびり飛ぶベティは、隣で飛んでいるアシュリーのお腹をジーと見て言う


「なに見てるの?貴方と違って私は毎朝走ってるんだから太る訳がないでしょ」

「ん~でも......」

「どうしたの驚いた顔をして」

「あーちゃんのそのふt......いや膨らんだお腹から強い魔力を感じる、もしや子供じゃない?」

「子供?」

 

 プハハハ!と腹を押さえて弾ける様に大声で笑う


「男の人とキスしてないんだから子供なんてできるわけないでしょ」

「え?子供はキスでできると思ってるの?」

「え?」


 「えー」とひいた顔をするベティに「ま、まぁとにかく!」とアシュリーは大きな声で話をそらした。


「とにかく私に子供なんて生まれないよ、しかもリコリス様だって何も言ってなかったんだから、あんたの気のせいだよ」

「お嬢様は気を使いますからあえて言わなかったんだよ、でもあーちゃん、女しかいない種族の魔女が子供を子供を産めると思う?」

「そりゃ隠れて男の人と、きききっキスしてるんでs......」


 リンゴの様にカァーと恥ずかしそうに赤面するアシュリーに、呆れてため息を吐く


「体を巡回する使っていない魔力が暴走して性質を変えて、精液と化学反応すると低い確率で子供が生まれるの、まぁ生まれる子は女の子って決まってるんだけどね」

「へ~」

「魔力が高いほど子供の生まれる確率は高くなるんだよ、それで生まれそうになると風船の様に急激に膨らむの」

「じゃあ本当に......」


 ドキッとしたアシュリーはお腹に手を当ててさする、すると二人の隊員が横を風の様なスピードで通って行った。


「今の魔力からして見回り組のはずだけど、あんなに急いでどうしたんだろう」

「ん?万引きとか痴漢とかあったんじゃない?」

「いや、ここら辺あーちゃんと私じゃん」

「そっか、それより赤ちゃんか~どんな子なのかなぁ」


 この時の魔導機動隊の魔法少女の職種は見回り・魔物撃退・国防衛と侵略の三つがあり、機動隊での勤務年数と魔力でこの三つのうちのどれかに分けられるのだ。


「まぁ、良いか」


♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆


「ゴシュジンサマ、ゴハン、ドウスル?」

「む~ドウシヨ」

「オイラ、ニク、ニク」

 リコリスが悩んでいると、体の大きさとは不釣り合いの大きな中華包丁を背負いズタ袋で顔を隠した小人がブンブン手を振った。


「お肉かぁ......パンケーキとかどうかなぁ」


 想像したのかヨダレを垂らしなが幸せそうな顔をする。


「ソレ、オカシ、ゴハンジャナイ」

「アルムさんは何が良いの?」

「ワタシ、ヤサイ、タベタイ」

「オイラ、ヤサイヤダ!」

「ズタさんの言う通り私も野菜はなぁ~」


 チラリとアルムの顔を見る。


「キノウ、アシュリーサマニ、オコラレテタ、マタオコラレル、ヨ」

「分かったよ~、じゃあ肉有りのサンドイッチで!」


3匹の魔物たちとリコリスは手際良く料理をしていると、ジリジリジリとチャイムがけたたましくなった。


「誰だろう」


 煽る様に何度もなるチャイムに焦ったリコリスは、覗き窓で相手を確認するまもなくドアを開くと、パンの入ったカゴを二人で仲良く持っている男の子と女の子が太陽の様な笑顔で立っていた。


「あ、シスター様!」

「良かった~これいつもお世話になっているので差し上げます!」


 小さなお客さんでリコリスは(怖い人じゃなくて良かった~)と心底ホッとする。

 

「おいしそうなパンをこんなに沢山ありがとうございます、どれから食べようか迷っちゃいますね」

「へへっ!俺も手伝ったんだ~」


 男の子は人差し指で鼻先を擦り自慢げに言う


「そうですか、凄いですねぇ」

「あんまり手伝ってなかったでしょ、シスター様シスター様!このパンとこのパンは私が作ったの!」


 彼女の作ったというパンは、ウサギやクマの顔をした実に女の子が好みそうな可愛らしいパンだった。


 しばらく他愛のない話しをすると二人は帰って行った。


 リコリスが調理室に戻るとサンドイッチが出来ていて、全員ヨダレを垂らしながら椅子に座って待っていた。


「へー!美味そう、上手にできたね」


 リコリスは椅子に座り食べる前の祈りを捧げていると再びチャイムが鳴る。


「また信者の人?」

「マリョク、カンジル、マホウショウジョ」


 その瞬間アルム以外の二匹の魔物はガタつきながらテーブルの下に隠れた。


「大丈夫、大丈夫だよ、アルムはチェヨンとズタさんを連れて地下室に」

「ワカッタ」


 差し出す地下室の鍵を受け取り、二匹を連れて急いで地下室に移動する。


(誰かの視線を感じる......)


 窓にはカーテンが着いていないため、覗かれると調理室内が丸見えなのだ。


 急いで窓を開けて確認するが誰も居なくて、近くに生えている大きな木から窓の音に驚いたのか、黒猫がヒョイッと地面に降りてきてジーとこちらを睨んだのち軽(かろ)やかに逃げて行った。


(なんだネコか)


 「早く出ろ」と言わんばかりにチャイムの音と共にドアのノックする音が聞こえてきて、リコリスは「今行きます!」と走っていく。


「遅くなりすみません」


 アルムの予想通り魔法少女でアシュリーと同じ魔導機動隊の隊員が一人立っていた。少し警戒するリコリスはローブに付いているワッペンを見る。


(見回り組か、でもここら辺はアシュリーとベティじゃないの?)


 警戒心が更に強まりながらも怪しまれないように、笑顔で振る舞う


「見回りお疲れ様です、機動隊員様がどうされましたか?」

「これはこれは可愛いシスター様だこと、突然すみませんね私は教会を検査しに来ました」

「え?」

「魔導機動隊のルールで月に一度隊員のす住んでいる家を検査する事になってまして」

「それって見回りじゃなくて情報班がやるんじゃないんですか?」


 当時の情報科とは魔力を持っていない純粋な人間だけが集まる場所であった、今では情報科も魔法少女がやることになっている。


「今日は特別です」

「すみません、魔導機動隊員である証明書を見せて頂けないでしょうか、何故(なにゆえ)ココは教会な為、一般の方が入ってはならないお部屋もあるんです」

「良いですよ」


 女性はニコリと微笑むと機動隊員手帳を見せた。


(確かに偽物じゃない、本物の人か)


 偽物と本物の見分け方は手帳に着いている紫に透き通る宝石だった、偽物はガラス細工になっているが本物は太陽の光にかざすと青色に変化するのだ。


「疑ってしまい申し訳ございませんラリサ様、どうぞこちらへ」

「良いですよ、慣れましたから」


 手帳を返してあらゆる部屋を案内する。


「ココはシスター様一人でやられているのですか?」


 天井近くにはめられている、ホコリが一つもないピカピカに拭かれたステンドガラスに目をやるラリサは不思議に思ったのか聞く


「はい私一人ですよ、時々村の人たちに掃除を手伝ってもらってますが」


 ちょっとした仕草も見逃さないリコリスは上手く言い逃れ、魔物が住んで居ることを隠す


「そうなんですか、アシュリーとベティに良くリコリスさんのお話は聞いているんですよ」

「そっそうなんですか」


 自分の名前を呼ばれた瞬間にドキッとして思わず背筋が伸びる。


「昔はケガした魔物を保護していたみたいですね」

「良く知っているんですね、まぁ今は私一人なので止めましたけど」

「村の人は手伝わないんですか?ココにいるニンフェなら自分から進んで手伝ってくれそうですが」


 ニンフェとは、ミポルプやルル―とは違い人型の羽の生えた妖精で怪人の部類になるが、戦闘を好まず自然を育てて病にかかった者やケガした者を癒すため、どの種族も特に何もしないのだ。緑が多いい場所を好み特別フェルド村には多く住んでいた。


 痛い所を突かれた為「ニンフェですか~そうですね~」と額に脂汗を浮かばせて言いつつ必死に言葉を探す。

「しかしそこまでは悪いし、助けていると切りもありませんし、私もこの大きさなので村から外には出られません」

「そうですか、なら仕方がありませんね」


 フゥと安心するのも束の間で今度は「あの、この床だけ取っ手がついていますが下には何があるんですか?」と、一部だけ若干色の違う木の床をトントンと軽く叩く。


「そこは食料貯蔵庫ですよ、震災に備えて村の人たちの食料を保管してあるんです」

(保管......ね強い魔力を感じる、さては魔物を隠してるな)


 ラリサはそう思いつつも「そうですか、村の皆の事を大切に思っているんですね、尊敬します」と立ち上がる


「では検査も終了したので帰りますね失礼しますね」

「玄関まで見送ります!」

 

 そう言いドアまで案内するとラリサは頭を下げて歩いて去って行った。


「終わったわよリディア」


 ラリサは後ろからついてくる黒猫に言う


「あの教会には三匹魔物が居て、成魔の魔物が2匹居るね」

「そう?わたしは3匹だと思うけど、窓からのぞいてたならだれが居たか分かるでしょ?」

「ダークニンフェと首狩り族と死神の使いだよ、どれもレアな魔物ばかり」

「そうね、とりあえずあの人に報告しに行きましょ」


 ラリサとリディアは箒に乗り駐屯地へ戻って行った。

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