第26ー1詠唱(後編) 影武者(リリィ)の誕生~運命の月夜~

「あなた達は戦うふりをして3大陸離れた遠くの地までお逃げなさい、もちろん私の事も気にせずにです、いいですね?」


 全員は耳を疑い、驚きのあまり唖然とした。


「すみません、その理由を教えていただいてもよろしいでしょうか」


 なんでそんな命令をするのかいまいちアシュリーは手をあげて聞く


「それは大魔法帝国は潮時だからです、九百年後、魔法少女達は大きな組織を作ります、その時にほとんどの大陸を制している大魔法帝国が居ると侵略されて黒灰の魔女(わたしたち)が苦しむ運命にあるからです。王女である私と未来の後継者である王女のリコリスが死に魔女に国を渡して自然に種族ごとに大陸が別れていくのが良いんですよ」


 九百年、人間にはかなり長いかもしれないが黒灰の魔女を含む魔女の種族は数千年は軽く生きる為かなり深刻な問題だったのだ。


 騎士もメイドもお互いに顔を見合わせ「命令ならば」や「恐らく水晶の導きなんだろう」と言い皆“しょうがない”と言い無理やり納得をしていた時、震えながらも細い腕がスッと上がる。


「わっ私は反対です、この城は苦しんで亡くなって来た多くの騎士やメイド達のお陰で守られてきました、その者達の為にも今度は私達が苦しみ、城やエルシリア様、リコリス様をお守りする番だと思います、過ぎた発言だとは分かっています、しかし!命を燃やして戦ってきた者達の事を考えると私たちも城や民を守る為にその未来に抗い続けるべきだと思うn......」

 自分の大きな声に恥ずかしくなったのか、最後の方で声が徐々に小さくなっていった。


「なるほど、他にこの命令に反対の者は?」


 アシュリー以外は下を向いて手をあげない


「分かりました、しかしこれは命令です、城を守るため死んでいった仲間達には申し訳ありませんが皆の為にも従ってほしいんです、よろしくお願いします」


 最後に「アシュリーとベティは来てください」と言うとツヤのある長い黒髪を後ろにやり部屋を出た。


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 アシュリーとベティは普段は入る事のできないエルシリアの自室に入る。


 打ち首確定だと思う二人は額から滝の様に冷や汗をかいて背中もグッショリと濡らす


 ベティに関しては過呼吸になり今にも倒れそうだった。


「アシュリー、ベティ、二人の愛国心には感心しました」

「「ささささささ先ほどはすみませんでした、命を捧げて謝罪いたします」」


 ベティとアシュリーは、どけ座しながらガツガツと何度も頭を打ち付けて謝る。


「命?城を守ろうとしてくれたのにそんなことしませんよ、二人に来てもらった理由は他でもないリコリスの事です」


 二人は額から血を流しながら「え?」と鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をした。


「リコリス様の事ですか?」

「そう、あなた達なら任せられるでしょう、もしもこの国を救いたいと思うのならばリコリスを連れて魔女の目に着かないところまでお逃げなさい」


 右手の薬指にはめている星がきらめく宇宙の様に綺麗なガラスの指輪と頭にのせている冠をベティに渡した。


「こ、これは女王代々に引き継がれる宝具では?」

「あの子が大きくなったらその流星の指輪を渡してください、きっとあの子なら有効活用してくれるでしょう、アシュリーにはこの呪縛の小刀とリコリスを」


 アシュリーは持ち手に髑髏(どくろ)の模様が彫られた禍々(まがまが)しい青色の小刀を受け取る。鞘を抜くと持ち手しかなく刃がなかった。


「では、あの子の事を頼みますよ、やんちゃで世話のかかる子かもしれませんが」

「エルシリア様もお逃げしましょう!」

「駄目ですよ、私が死ななければ逃げたと思われて追手が来るでしょう、それに王が死ななければ国も死なないので」


 「辛いかも知れませんが仕方のない事です」と言うと深く頭を下げる


「分かりました、このアシュリーにお任せください、きっと立派に成長させて再びこの地にお戻りします」

「お任せください」

「あらあら、ベティどうしたんですか?そんなに泣いちゃって」


 鼻をすするベティの涙をハンカチで拭きとる。


「私の自慢のメイドなのですからしっかりしなさい、ベティのそういう所好きですけど」

 

 頭を優しく撫でるとベティはボロボロと涙を流しながら「あい」と返事をした。


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 そして、綺麗な満月が夜空に浮かび狼の遠吠えが響く真夜中に魔女の数百人の大群がやって来た。


「魔女の大群です!人数は500?いや600、700......900、900人です!」


 予想を上回る人数に全員驚くが、何度も戦を経験しているだけあり直ぐに表情が引き締まる。


「良し、騎士はそのまま待機、メイドは全員突撃!」


 城内にいる騎士たちの後ろに居るリコリスは指示をするとパラパラと徐々にメイド達の魔力が消えて行くのを感じた。


「貴方外の様子を見てきて」

「分かりました!」


 リコリスに頼まれたローブを着た騎士は一瞬で消えると直ぐに再び戻って来る。


「メイドは数名しかいませんでした、黒魔術による屍兵や召喚獣を使い応戦している模様」

「他のメイドは?」

「死体が見当たんなかったので恐らく逃げたかと」


 その瞬間「逃げた?」と眉をピクリと動かす


「もういい、騎士たちは私に着いて来て」


 「マジカルトランスミュタション!」と叫ぶと着ている服はピンク色のドレス姿に変わりハート型の大きな盾を構えた。


「アシュリーとベティはそこで待ってて」


 そう言い残し「私に続けー!」と風の様に走り出す。


「ナシェーレ!いでよ剣」


 右手から剣を生成すると踊る様にひらりひらりと弾丸の如く飛んでくる魔法をかわし、魔法でえぐられ砂煙が舞う荒れ地を駆けて幾人(いくにん)の敵を薙ぎ払っていく


「900人もいた軍勢がもう400人以下になってく」

「アシュリーさん、リコリス様を止めて私たちも遠くに行きましょう」

(このままいけば逃げずに済むのでは......)


 アシュリーが迷っている時だった、一瞬で何千人もの敵が現れた。流石に騎士たちは勝てないと感じたのか全員ワープして、逃げて気が付くとアシュリーとベティとリコリスしか居なくなった。


「ッチ!まだいたのか」


 リコリスは落ちていた槍にまたがると空高く飛び詠唱を始めた。


「天翔ける流星たちよ、我に力を貸したまえ......デザストル・カラミティー・ディザスター!」


 剣先を星空に向けたその時だった、黒い墨を垂らしたように黒雲が空一面に広がり、雨と共に強風が大地を荒らし、大きな竜巻が起こると魔女達をチリの様に吹き飛ばし、しばらくすると黒雲を突き破り轟音(ごうおん)を轟かせながら無数の隕石が雨の様に降り注いだ。


「ベティは城を守るためにバリアーを!呼んだら来てね」


 一緒に城の屋上で様子を見ていたベティに頼むと、アシュリーは呪縛の小刀を握り魔法の箒に乗るとリコリスの方に向かう。


「アシュリー・バレッタが命ずる、リコリス・オストランの魔力を永遠に呪縛したまえ!」


 隕石を避けつつリコリスの背中をとった。


「ズィーゲル・フルーフ!」

「アシュリー?!」

 

 リコリスが振り向いた瞬間アシュリーは胸に青白く光る刃を刺す


「クッ!呪い魔法か......」


 リコリスは体内にある魔石が鎖(くさり)で縛られた感じがして苦しそうな顔をする。


「すみません、リコリス様」


 元の姿に戻ったリコリスを抱くとイザベルを呼んでそのまま真っ直ぐ飛んで行った。


「止めて!どこに行くの?お母様とお城を守らなきゃ!止めてアシュリー!止めてよ!」

「エルシリア様は2時間前毒を飲み自殺しました」

「まさか、戦いを放棄してメイド達や騎士が逃げたのは全てお母様の計画か!」


 目頭に涙をためて怒るリコリスに、ただただ二人は「お許しください」と言うしかなかった。


「今から私が、私だけでも女王の娘として国を守る!」


 もがいて飛ぶ箒から降りようとするがアシュリーに抑えられて身動きが取れず、魔力が無くなり子供の様に非力になった事を痛感する。


「離せ、離してよ......お願い」


 泣き崩れるリコリスは音もたてずに燃えて崩れていく城を眺める事しかできなかった。


「お母様......」


 その後、エルシリアの言う通り大魔法帝国は魔女が支配したが、数年後エルフやトロールなど多くの種族に領地をとられ種族ごとに国が分裂して、オストラン城があった国は黒灰の魔女に恩義のある人魚達が住み城を再建築され復元したのであった。

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