第19詠唱 守る者と護る者 “散”

「私もでるべきかなぁ」


 身を切るように寒い夜明けの朝、森の中を逃げるリリィ達を箒にまたがり上空から様子を見ているベティは考えていると、突然真横を風と共に黒い影が一瞬で通り過ぎた。


「って私の代わりにどうやら行ってくれるそうですね、そうなら時間もありますしあそこに行きますか」


 ルルーもすごい勢いで近づいてくる黒い影の魔力に気づき逃げる足を速める。


「ほんと何人いるの?」


 森を包む厚い霧の中からいくつも人影が浮かび上がってくる。奥に行くにつれ木々達も人を通らせまいと言わんばかりに増えていき道が狭くなっていく。


「リリィ、ルルーにつかまっててね上へ飛ぶから」


 リリィが「え?」と言う暇もなくルルーは力強く地面をけり上げジャンプし太い木の枝を足掛かりにすると更に上にジャンプして森から抜けた。


 すると何者かがタイミング良く来て二人を真下からキャッチした。リリィは魔法の箒に着地したことと周りの並列に飛ぶ機動隊員に慌てて前の状況を確認すると、見覚えのある水色の長い髪に驚いた顔する。


「イザベル!」

「お待たせ、遅くなったね」

「どういう事?ルルー!逃げなきゃ!」

「大丈夫だよリリィ、イザベルは敵じゃないらしい」

「何故?」と聞こうとしたがルルーに「説明は後でする」と止められた。

「ゴメンね」

 

 森から矢のように飛んでくる光線を避ける。


「ところで何処に向かうの?」


リリィはまだ警戒しているのか何も答えない


「リリィ今はイザベルを頼ろう、その方が良い」


ルルーの言葉にむぅと小さく唸ると「ヴァッサ・ギャバン」と小さな声で答えた。


「ヴァッサ・ギャバンか、また随分と遠いいね」


 すると今度は前から9つの火の玉が飛んでくる。


「本気でやり合うつもりか、フォーメーションチェンジ!オープンからクロスフォーメーション!目標に傷一つつけるな!」


 イザベルは魔武の大杖を出して「ツァンプフェン」と唱えて9つの槍を飛ばし火の玉を防ぎ追い打ちをかける様に仲間が魔法を唱えた。


「皆フォローを頼んだ!」


 周りの仲間に守られながら、イザベルは第一地区の魔導機動隊員達を追い越す。


「流石に第一地区は潰れただけあって人は少ないね」


「イザベル、森の方から覚者が来るよ!」


 イザベルとリリィは下を見ると機動隊員が近づいてくるのが見える。


「どこか広い草原に着地するよ」


 方向転換してスピードを上げる。


「イザベルとリリィは目を瞑ってて」


 ルルーは後ろを向いて魔法を飛ばしてくる機動隊員に向かい「リヒト・ルーチェ・ルミエール!」と唱える。


 相手の目の前にいくつもの光の球が出現すると突然破裂して強い光が起こり目をくらませた。


「前が!前が見えない!」

「皆落ち着け!後退せよ!後退せよー!」


 目がくらんだ敵達は箒から落ちたり、慌てて攻撃しようとした魔法が仲間に当たったりとほとんどいなくなり、リリィ達は安堵(あんど)のため息を漏らす。


「今来てるのは何人ぐらい?」

「あと4人?いやまだまだ増えてきてる」

「はぁ?第一地区の魔導機動隊ってまだそんなに居るの?何それ」

「リーダー、どうやら第一地区だけじゃないみたいですよ中に第二地区の者もいます」

「なるほど、そういう事なら不思議じゃないか」


 下に見えていた臆病者の森がやっとなくなり広い草原が広がる。


「誰かいる」


 広い草原にポツンと魔道機動隊ではない人影が一つ見え近づこうとすると、突然その人影の方から全身炎でできた竜が出てきてイザベル達を襲う。


「炎で竜を作るなんて器用な事するじゃん、皆!竜の弱点は水属性の魔法だ」


 大きな竜が吐く炎をかわしつつ全員で攻撃するが、相手はビクリともせず勢いは止まらなかった。


(この魔法の感じ、ドーラさん?でもなぜ)


 竜から感じる魔力にリリィは人影の方を見るとそこにはもう人影は居なかった。


「イザベル!さっきの人影がいない!私たちの所に来てるかも!」


リリィの考えは的中して真っ二つになった箒と仲間たちが次々落ちていくのを見えた。


「私の仲間をよくも!」

 

 さっきの人影はやはりドーラだった。竜と大剣を担いで竜と共にゆっくりと近づきつつリリィをジッと見ていた。一瞬リリィは助けに来てくれたと思ったが、前の優しい表情ではなく敵を見る様な冷たく鋭い目つきに一瞬で敵だと察する。


「イザベル逃げて!狙いは私だ!」

「仲間を見捨てて逃げるなんてできない」

「イザベル、あの人はアシュリーの仲間で勝てる相手じゃない!」


 桁違いの魔力の大きさにイザベルも分かっていたが仲間を見捨てることが出来ず、引くにも引けず恐怖で変な汗を滝のように流し心臓の鼓動が早くなる。どんどんパニックになって行く自分を落ち着かせる為深呼吸をした。


(こういう時こそ冷静だ、地上に降りたら絶対にスピードで負ける、でも空中戦でも同じだ、ドミニカを呼ぶしかないのか?しかし今呼んでもおそらく結果は同じだろう)


 考えている時だった、箒の上に立っているドーラは持っていた大剣で隣にいた竜を吸い込むと姿勢を低くしてイザベルの方に凄い勢いで突っ込む。


「ファンユ・ディファー・ガラド!イザベル!とりあえず今は逃げることに集中しろ!」


 ルルーの出したバリアーを一振りで切り破り逃げるイザベル達にあっという間に近づく。


 リリィは後ろに立たれると反射的に後ろを振り向きルルーから離れて上に立つと盾と剣を出して構えた。


「ドーラさん、何故あなたがそんな事を」

「貴方が用済みだからよ」


 自分より一回り大きい大剣を力強く振り落とす。


「ッツ!」


 今まで余裕で耐えきれていた大剣の衝撃も、盾を持っている腕の骨の芯まで走り渡り、思わず苦痛の声が口から漏れる。まるでぶ厚い盾が薄い鉄板の様に感じたのだった。


「あの魔法陣を消してしまったか」

「あの魔法陣?まさか脳みその」

 今度は横から迫ってくる大剣を防ぐと大きな岩を叩きつけられたような痛みがリリィの細い腕に感じ思わず盾を放す。


 間髪入れずにドーラは剣を振るとリリィは奥歯をギリギリと噛み締めて片手剣を両手で握り守った。


「クッ!何て強さ......いや私が弱くなったのか?」


 上からの衝撃が電流の様にビリビリと足元まで行き渡り思わず膝を曲げる。


「ゼークラフト・ヴュ・ヴィスタ!」


 ルルーはリリィに強化魔法をかけるがリリィ自体の力が限界に近づいていた為ドーラの剣を押し返す事ができず、ただただ下に捻じ伏せられる一方だった。


「ルルー、目くらまし魔法を」

「でもそしたらリリィまで!」

「良いから早く!」


 言われた通り魔法を唱えてリリィとドーラの間に光の玉を出して二人の目を眩(くら)ませる。


 リリィは箒から落ちるがドーラは箒にまたがり距離をとった。


「ディ・ディストルツィオーネ!」

「自分の魔力を犠牲に私たちを守ったの?下手したら死ぬかもしれないのに何で!」


 気を失い空中に身体を躍らせたリリィの体が赤く光ると大きな二つの角を生やした魔人に化ける。


「さすがはあの娘ね」


 魔法陣が彫られた石をポケットから出すと一瞬で姿をけす。


 リリィの唱えた魔法は、自分の全魔力を引き換えにとてつもない力を得て相手が消えるか死ぬまで攻撃を続ける為、ドーラが消えると共にリリィは元の姿に戻る。


「リリィちゃん!」


 真っ逆さまに急降下して手を伸ばしリリィに近づいていた時だった。第二地区魔導機動隊の赤いローブがリリィをサッとキャッチすると片腕で抱えてイザベルから逃げていく。箒の体制を直して追おうとすると、隣から黒い影が風のように一瞬通り過ぎる。


「何今の......」

「お姉ちゃんを返せ————!」


 突然雷雲(らいうん)が現れると稲妻を落としリリィを抱える覚者に当て、リリィを手から落とすとふらつきながらもキャッチしてイザベルの方へ行く。


「結衣ちゃん後ろ!」

「イザベル後ろ!」


 イザベルは飛んでくる氷の礫を難なく避けたが、結衣は箒の飛行に慣れていないのか避けることが出来ずに数本の鋼の槍が結衣の乗る鉄製の箒に刺さりショートを起こすと黒煙をまきながら下へ落ちていく。


「後ろは任せて、イザベルは結衣を」

「ありがとうルルー」


 バリアーを張り前後の攻撃を防ぎイザベルを守る。


「あともうちょい!」


 リリィを抱い落ちる結衣に手を伸ばす。


「イザベル!」


 結衣も片手を伸ばし地面スレスレの所で手を掴みイザベルの箒に乗る、が完全に敵に囲まれた事に気づきゆっくり地面に降りる。


「しつこいな」

「まったく、第一地区の機動隊員がほぼ全滅したのが不思議なくらいだ」


 リリィを中心に守るようにルルーと結衣とイザベルは背を向けて囲む。


「観念してリリィをこちらへ渡せ、言っておくがもう第五地区の機動隊員もこちらの言い分に納得してアイラ以外は救助に来ないだろう」

「数人で何ができる!我々も仲間を傷付けたくない、だから渡せ!」


 機動隊員達の言葉に「リリィちゃんは仲間じゃないって言うの?」とイザベルは睨みつけて変身し魔武を構える。


「後悔するだけだぞ」


 囲んでいる覚者達もそれぞれ違う魔武を出して睨み、お互いがにらみ合い魔法と悲鳴が響き渡っていた広い草原は瞬間に静まり返る。


「そこまでだイザベル」


 イザベルの前に着地して箒から降りる。


「イザベル、あの人たちの言う通りにしたほうが良い」

「ドミニカまで......」

「何を考えてるんだ?」


 結衣は横目でドミニカを睨むとドミニカは「後で言う」と口だけ動かしてウインクした。


「なるほど」

「ドミニカがそういうなら」


 イザベルは渋々背中の後ろに隠していたリリィを抱き上げるとドミニカに渡した。


「すみませんね私の仲間が、どうやら無線を聞いていなかった様で」

「いや、分かってくれればいい」

 

 ドミニカがリリィを渡すと相手の方は赤ん坊を抱く様に丁寧に抱き上げ、箒に乗り周りの仲間と共に去って行った。


「急いでアイラさんの所へ行こう、皆集まってる」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦ 


 イザベル一行はアイラの部屋に入ると、室内は思った通りの重苦しい雰囲気だった。


「アイラさんこの人たちは?」


 アイラと秘書のほかに3人の覚者がいた。


「この子達はリリィの防衛に残ってくれた人達だ、第五地区の魔導機動隊員はこれで全員になったんだよ」

「他の皆は第二地区に移動したか」


 そう言うとドミニカは「卑怯者め」と白いタイルを蹴る。


「とりあえず皆集まったから話をしよう」


 集まっている全員は顔をあげるとアイラは椅子から立ち上がり始めた。


「まずは皆に知ってほしいことがある、第五地区魔道機動隊は人が不足した為、我々は明日から第四地区魔道機動隊となる。ココはまだ他の地区と比べて安全なため四地区の研究員達が研究所として使うらしい、だから皆は明日四地区に移動してもらう」


 一旦言葉を止めて皆から質問がないか見渡すと一人が小さく手を挙げた。


「そうなるとリリィちゃんの救助ができないのでは?第四地区の仕事がメインになりそうだし」


 周りも「確かに」「どうするんだろう」などざわめき始める。


「確かにその通りだ、そこで次の任務について説明する、私たちが集まれるのはこれで最後だからちゃんと聞いてくれ、向こうに行ったら恐らく魔法少女を襲う害虫の駆除に回されるだろう、だから二人は第ニ地区の魔導機動隊員に扮して紛れ込みリリィを助けだした時に残りの四地区にいる六人は連絡があり次第リリィが逃げている元へ向かえ!それ用の箒型魔導式飛行機体も改造し解いた」

「しかし二人欠けたら第四地区の人たちも分かるのでは?」

「いや、まだこちらの人数を確認してない、恐らくこっちが二地区と四地区で割れたから数えないんだろう、因みに明日四地区がこっちに箒で迎えに来るらしいだからその時に人数を確認されるかもな」

「なるほどう」

「それでリリィを助ける二人だがルルーとドミニカにやってもらう」


 ルルーは納得したのか直ぐに返事をするが、ドミニカは隣に立っているもの言いたげな結衣を見て(何故結衣じゃなくて私なんだ)と不思議に思いながらも「ハイ」と返事をする


「では、第四地区に行く人たちの物資をお渡しするのでこちらへ」


 秘書は六人を連れてアイラとルルーとドミニカだけ残して部屋を出た。アイラは部屋のドアが閉まると空気を切り替える様に一回手を叩き再び話始める。


「よし!じゃあ本題に行く前に二人を選んだ理由から説明しよう、ルルーはリリィの居場所と生存が分かるからナビゲーションの役目で選んだ、ドミニカは力と冷静さだ」

「力と冷静さだったら私じゃなくて結衣でもいいのでは?」

「言いたいことは分かるが結衣はリリィの事になると急に冷静さを失うからダメなんだ、助けに行けるのなら別だが今回は誰も手を貸すことはできない」

「そういう事なら分かりました」

「すまないな、じゃあ納得してもらったところ任務の詳細を説明しよう」


 アイラは自分の机に置いてある子供が体育座りをしたら入れる大きさの木箱を指差す。


「あの木箱の中には捕獲した時リリィが持っていた私物が全て入っている、二人の任務はこの私物をどんな手段を使っても良いからリリィに届けて地上へ逃がす事だ良いな?」


 するとルルーが手をあげる


「アイラは知ってるかもしれないけどルルーは戦闘魔法を覚えてない、もし奴らに見つかったらどうしたらいいの?」

「ルルーの木箱の中には妖精が使いこなしていた槍を入れておいた、棒術なら得意だろ?そして今から結衣と同じ力が出せる強化剤を渡す、それを使えば大抵は避けれるだろう」


ケースはズボンのポケットの中に入る大きさで小さく、二人はアイラから渡された黒いケースの中身を確認すると3本の小さな注射器が入っていた。


「その薬は未完成品だ、ケースの中に副作用は手紙が中に入ってるが実際何が起きるか分からないから注意するように」

「げ、注射器......」

「なんだルルー注射は苦手か?」


 笑うアイラに「体に穴を開けるなんて狂ってるとしか思えないの」と言い注射器を1本取り出してみる、もう本体の中に緑の液体が入っていて後は刺すだけになっていた。


「注射器の刺す場所は首のうなじだからな、二人の活躍であの子の運命が左右される、よろしく頼むぞ」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


― 日本

 

 ベティは健二であるアシュリーの家に行っていた。


「あーちゃん私だよ」


 小さい声でドアをコンコンと叩きながら呼ぶとカチャッとドアがゆっくり開くと元気が無さそうなアシュリーが顔を見せる。


「いらっしゃい、約束通り来てくれたんだ」

「当たり前でしょ、私はあーちゃんのことを信じてるから」


 ベティの言葉にクスリと笑う


「それでリリィに渡したいものってなんなの?」

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