第18詠唱 守る者と護る者 “崩”

「後でお尻ペンペンだよ」


 不機嫌そうに言うと杖を構え詠唱を始める。


「師匠前!」

「うるさいねぇ」


 前から飛んでくる魔法で作られた岩の槍を目視すると、「まったく、うるさいねぇ」とため息を吐くと杖を振り上げ岩のぶ厚い壁を地面から出現させて防ぐ。


「美しくないねぇ」


 壁を軽(かろ)やかに乗り越えて上から太刀の刃を向けて降りてくる魔女に、詠唱をしないで杖を横に振ると地響きと共に地面から数本の巨人の様な大きな腕が伸びる、しかし魔女はかなり鍛えられているのか難なく身を翻し、踊る様に避けると地面に着地し刀を振り上げる。


「鍛えれてるねぇ」


 気味悪く「クックック」と笑うとブンブン振る刀を避けながら中指と人差し指をピッと伸ばして指揮をするように振る。


「ネズミの様にちょこまかと!」

「本当に逃げてるだけに見えるかな?」


 魔女は何か感じたのか太刀を振る腕を止めるとトンっ後ろに飛ぶ


「もう遅い」


 伸ばしている中指と人差し指を口の前に構えるとふぅと息を吹く、すると口先から細い糸の様な鋼が姿を現して魔女の両手首と足首を捉えた。


「貴様、ただ者じゃないな」

「ハッハッハ!私はただの若作りババアだよ」

「フッ!もしやお前、同志(どうし)だな?」

「知らないねぇ」


 「私に同志などいない」と言い指を鳴らして鋼の糸を爆発させた。


「ふーん、お前は戦わないか」


 茂みに隠れている狼に言うと背を向ける。


「師匠!すみませんルルーの戦いに巻き込んでしまって」


 リリィを両腕に抱えたルルーは師匠に駆け寄る。


「なぁにが戦いだ!まったく、守ってばっかの戦いなんて見たことないね」

「すみません」


 師匠はリリィをチラリと見ると「まったく、お前はいつも面倒な事を持ってくる」と舌打ちをしてどこかへ歩いて行った。


「ちょっと!」

「着いてきな」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「こちらイザベル、アイラさんなんとか戦いは収まったそうです。でも誰かについて行っています、オーバー」

「分かった、そのまま観測を頼むぞ、例の事は情報科から聞いたな?」

「はい聞きました!」

「ならいい、もしもの時が起きたら頼んだぞ」

「了解」


 トランシーバーを切り霧の中に居るリリィ達を眺めて「ちゃんと記憶を取り戻してね」と呟いた。


 そんな上空で心配するイザベルの事に気づかないリリィ一行は星が消えかかり月が沈み始めた時に師匠の家に着く。外にドラム缶の風呂があり、家は小さい小屋で屋根の上には大きな鳥の巣が置いてあった。


 家の外見が特徴的だったが部屋の中はキッチンがあってテーブルがあってとあんがい普通だった。


 「そこで待ってな」と不機嫌そうに言いルルーとリリィを座布団に座らすと師匠はローブを床に脱ぎ捨てて部屋の端にかけてある天井裏に続くハシゴをトントントンと駆け上がっていった。


「私も元の姿に戻るかな」

「え?戻っちゃうの?」


 心底いやそうな顔をするリリィにルルーは「あーもしかしてリリィちゃんはお姉さんの事が好きになっちゃった?」と後ろからリリィに抱き着く。


「べつに、妖精の姿になると無能になるから」

「そんな事ないし!逆に妖精の方が有能よ」


 そう言うとリリィの頭を軽く叩いて別の部屋へ消えていった。


「誰も居なくなった......」


 リリィは服の下に入れておいた本を出してテーブルに置く。


「この鎖はどうやったら外れるんだろう」


 本の中央にある鎖を繋ぐ鍵を魔武の剣で壊そうとするが不思議な魔力で弾き返される。何回もやっても傷が一切つかず銀の鎖はキランと煽る様に光る、何回も続けていると師匠がハシゴから降りてきた。


「その鎖は壊れんよ、まったくまたアイツは本当に面倒を運んでくる天才だ」

「あれ?師匠、背が」

「縮んでないわ!」 


 「それよりこの本はどこで手に入れた?」と両手でぶ厚い本を持つ。


「それはドロテア・ブレガと言う魔女の人に貰いました」

「ドロテア......ねぇどこかで聞いたことあるような~」

「聞いたことあるんですか?」

「昔な」


 すると別の部屋からルルーが妖精の姿でやって来る。


「その本のこと知ってるルル?大魔法帝国の城で働いてた事のある黒灰の魔女に貰ったルル」

「城と言うとあそこしかないか、位は?」

「上官ルル、金の指輪を持ってたルル」

「ほ~、私に尋ねた理由はこの本についてか?」

「いや、もう一つあって大魔王帝国の城の場所を」


 ルルーの言葉に、めんどくさそうにしていた師匠の表情が引き締まる。


「ルルー、お前は良いと言うまで家から出てなさい」

「何故ルル?」

「もしもの事があったら大変だからだ」


 師匠の真剣な眼差しに「しょうがないルルね~」といやいや寒い外へ出る。師匠はドアが閉まるのを確認すると「出たか」と言って話しを始めた。


「おいちびっ子、名前はなんて言う」

「リリィ・バレッタです」

「バレッタか、なるほど知ってる皆が言わないのが分かる」

「何故皆はっきり言わないんですか?」

「黒灰の魔女は人や生き物と深く関わりを持ってはいけないっていう慣習(かんしゅう)があるからだ、何故か分かるか?」


 リリィは首を横にふる。


「時の観測者だからだよ」

「時の観測者?」

「そうだ、黒灰の魔女の別名は不死身の魔女、寿命を終えると黒く鉄よりも重い灰となりこの世から姿を消すが今度は時と時の中で暮らすんだよ」


 その時、夢の中で少女に言われた言葉が幻聴になりリリィの耳の奥で聞こえてきた様な感じがした。


「黒灰の魔女にとっては夢もまた一つの現実」

「ほぉ、何処でその言葉を?」

「つい最近ですけど毎日夢に出てくる私と同じぐらいの女の子から聞いたんです」


 師匠は「なるほどな」と怪しげに笑う


「これは私の仮説だがその娘はお前と深くかかわって来た人だろう、そして毎日出てくるという事は何かを思い出してほしいのか警告をしてるんだと思うぞ、そうだなぁ......」


 突然スクッと立ち上がると木のタンスからタロットカードを出しリリィの隣に座る。


「私の目を見ろ」


 リリィは言われた通りに師匠の赤い瞳をみつめた。お互い見つめ合うこと数分、師匠は隣に置いといたタロットカードを手に取ると、一つの束をシャッフルして上から一枚をリリィの前に置いた。


 カードに描かれた気味の悪い絵を見て、(きっと悪い意味なんだろうな)と思いつつリリィは「これは?」と聞く。


「なるほど、このままだとお前の手でお前にとって最も大切な人が死ぬ」

「たいせつな人?」


 リリィの目をジッと見て「親?母親が見える」とゆっくり言う、その言葉は力強くリリィは思わずゴクリと喉(のど)を鳴らす。


「その少女は何か言ってなかったか?何でもいい」


 リリィは顎に手を当てて「うーん」と唸る


「あ!そう言えば、“早く本当の自分を見つけろ、さもなければ大変な事が起きる”って言ってました」

「そうか、あのぶ厚い本を渡したヤツはなんて?」

「その人は、“真実を知るのが本当の幸せに繋がるとは限らない”って」

「なるほどな、それで城の場所を教えろと言ったのか」


 「ちょっと待ってな」と言いタロットカードをケースにしまいテーブルに置くと立ち上がり屋根裏部屋に行き地図とペンをもって戻ってくると、リリィとテーブルを挟んで座る。


「城は遠いい、南側にあるヴァッサ・ギャバンって水に囲まれた国にある、因みに通称(美人の都)って呼ばれてる」

「なんで美人の都なんです?」

「その国に住むのは人魚しかいないからだよ」

「なるほど、因みに移動手段は何が良いんですか?」

「そうだなぁ、ユニコーンが良いだろう魔女が少なくても数匹家畜として持ってると思う」

「なるほどなるほど」


 地図にペンで印を付けてリリィに渡し、本をテーブルの中心に置く


「次にこの事だg......」


 師匠がはなし始めた時に突然人間の姿をしたルルーが勢いよくドアを開けて入る。


「魔導機動隊が来た、リリィ早く支度(したく)をしてこの場から離れるよ!」


 その慌てた様子を見た師匠は「なんだ追われてるのかい、なら鍵の開け方だけ簡単に説明するよ」と言う


「この鍵を開けるにはこの鍵専用の詠唱が必要なんだよ、おそらく金の指輪を持ってる黒灰の魔女の誰かが知ってるだろう」

「分かりました、ありがとうございます」


 本を服の中にしまうと貰った地図をポケットにしまうとルルーはリリィをおんぶして「師匠今日はありがとう!」と家を飛び出して行く。


 上空でも武装してリリィ達に近づく魔導機動隊に大騒ぎしていた。


「こちらイザベル!何故、武装した第一地区の部隊がいるんですか!オーバー」

「こちらアイラ、やっぱり来たか、奴らはリリィの回収が目的だ今すぐ阻止しろ」

「回収?でも渡すのは明後日てじゃないんですか?」

『そうだ事態変わってな約束は無くなったんだ、いいか、奴らを止められなかったら今後大勢の命が怒り狂ったリリィの手によって失われるかもしれない、だからイザベルはドミニカのチームとリリィを何とかして守ってくれ、隊員が足りなかったらいつでも私に言ってくれ』

「了解!」


 トランシーバーを腰につけているポーチにしまうと周りに指示をしてルルーとリリィの所へ向かって行った。


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


― 現在から数時間前......


 大会議室にはアイラと青白いホログラムで映し出された第二、第四地区魔導機動隊の代表が集まっていた。


「こんな夜中にどうした?」


 ふぁ~とアイラは大きな口を開け大あくびすると、第四地区の魔導機動隊代表のアリス・アダミッチも目をこすりながら手を当ててあくびをする。


「夜遅くにすまないな、元第一地区のカラリア・ベリンスキーだ、今回皆を集めたのはリリィの件で集めたんだ。」


 長いポニーテールが特徴的なカラリアは頭を下げた


「リリィ?」

「実はつい最近第二地区の地上と地下で人を襲う虫が大量に現れたんだ、その虫とアシュリーが何か関係じゃないかと思ってね、もしアシュリーと関係あったら異世界で一緒生活していたリリィも情報を持ってるだろうと思ってな」


 眠たそうにしていたアイラとアリスは「虫」と聞くと興味を持ち始める。


「なんで虫とアシュリーが関係すると思うんだ?」

「その虫は魔力を少しでも持つ生き物の魔力を吸って体の中にある魔石を枯らせて殺すんだよ、そのせいでたった2週間でもう第二地区の人工は半分も減ってな、今はもう少なくなったがアシュリーの作ったゲートと似てると思わないか?」


 すると会議室に置いてあるFAXから虫の詳細が書かれた資料が送られてくる。


「いま虫に関する資料を送っといた」


 プリントを読んでいたアリスは「そ、そういえばこのような虫を何度か見たことがあります」と言う


「四地区まで行ってたのか」

「しかし地下都市は横一列の200キロ間隔で掘られてるから第二から第四までそんな速さで移動してるって事はもうすでに第五にも来てる可能性が大きいな」

「しかもその虫は規制型で巣は作らず刺した人間に卵を産んで孵化(ふか)させ成虫にしてから外へ出るんだ、そのスピードももの凄く早くて見つける前に増殖をする」

「も、もはや生物兵器ですね......」


 怖がるアリスに対し「進化したゲートって感じだな、まぁこの虫は異世界に飛ばさないが」とアイラはやけに肝が据わっていた。


「やっかいな生物だ、それで本題なんだがもうリリィを渡してほしい」


 その言葉にアイラは表情を変える。


「一週間の約束だとは分かっているが事態は急変した、分かってほしい」

「ダメだ、大変なことになってるのは分かるがあの子を敵に回したほうがもっと恐ろしい事になる」

「確かにあの子は不完全な状態でも軽く結衣を超える程だ、だが、たかが子供だこっちの拷問を受ければ大人しくなる、嫌でも記憶を取り戻させてこの事態もアシュリーの事も解決しよう」


 自信を持って言うカラリアに「ダメだ!」とアイラは怒ったように大声を張り上げる。その声にカラリアも険悪な表情をして大声で言う


「こっちは人の命が掛かってるんだぞ!大勢の命を犠牲にしてまであの子と仲良しごっこをしたいのか?」

「虫は覚者だけしか殺さないがあの子は誰でも殺すんだぞ!」

「大人が束で掛かればどうにかなる、捕獲した時も上手くいったんだろ?」

「あれはまだリリィが親という守るべき人がいたから本気を出せなかった可能性がある!しかもよく考えろ!あの世界はマジカルコアすら存在しない世界だ、そこで魔力の少ない子供に対して大人が大勢でかかれば勝つに決まってるだろ!」


 カラリアは「そこまで言うならこっちはこっちで行動させてもらう」とだけ言い彼女を映していたホログラムは消える。アリスもそれを見ると「わ、私も」と消えた。


「ッチ、勝手にしろ!」


 カラリアが座っていた椅子に向かって資料を投げる。

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