第10話

「……はい。確かに受け取りました。ルーイによろしくね、エクスくん」


 職員室でヴィルヘルム先生に入部届を提出した僕はその足で美術室へと向かう。

 今日から美術部の正式な部員だ。タオやシェイン、ルートヴィッヒ先輩、それからレイナと一緒に放課後を過ごせるなんて考えただけでワクワクしてくる。

 今まではレイナと一緒にいたのは昼休みだけだったけど、これで前よりも長く一緒にいられる。……って、そんな不純な動機で入部したわけじゃないけど! でも実を言うと少しでも仲良くなって、いつかは告白――じゃなくて!

 僕は一人漫才をしながらわくわくした気持ちで美術室のドアを開いた。


「――付き合ってほしいんだけど」


 その瞬間に聞こえたルートヴィッヒ先輩の声。照れたような、恥ずかしそうな視線の先にいるのは――レイナだ。扉を開く音で最初の方はよく聞き取れなかったけど、『付き合ってほしい』ということは恐らくは告白なんだろう。あんなルートヴィッヒ先輩の表情は初めて見た。

 嬉しそうな笑顔を浮かべたレイナが美術室に入ってきた僕に気付き、目が合う。


「……あ。いいんじゃないかな、うん。お似合いだよ」


 ルートヴィッヒ先輩が勇気を出したんだから、レイナが嬉しそうなんだから、僕にそれを止める権利はない。例え僕がどれだけレイナを好きでも、だ。

 レイナに合わせて笑顔を作った僕に、二人が揃って怪訝そうな顔をする。

 上手く笑えていなかっただろうか。最近作り笑いが下手になっている気がする。けど、今回は仕方ない。目の前で好きな人への告白シーンを見てしまったんだから。


「僕、ちょっと教室に忘れ物取りに行ってくるね」


 僕の方を見て首をひねり、声をかけようとしてきた二人から目を逸らして言うと、僕は急いで美術室を後にした。

 何も考えずに、ただ誰もいない廊下を走り抜ける。放課後の、帰宅部の生徒はすでに帰り、部活動生はそれぞれの部室にいるためすごく静かな廊下に僕の足音だけが響く。

 そうして辿り着いたのは、よくレイナと一緒にお弁当を食べたあの階段だった。

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