第11話

 段差に腰を掛けてうずくまると、ようやく頭が冷えてきた。

 恋愛なんか必ずしも上手くいくわけじゃないことはシンデレラの時で立証済みだ。分かっている。分かっているけど、それでもこんなに、胸が抉られたように痛いのはなぜだろう。

 レイナと過ごすようになったのはつい二か月ほど前のことなのに、彼女の存在は僕の中でシンデレラ初恋以上に大きくなっていたということなのかもしれない。

――しばらく会わなければ、忘れられるだろうか。

 この感情は思春期によくある勘違いだと、思い過ごしだと、そう思えるようになるのなら。思い出だと笑えるようになるのなら。僕はもうしばらくはレイナから距離を置こう。


「エクス……っ! やっと……みつけ……っ!」


 しばらくはレイナに会わないと決意したその瞬間に当の本人が現れた。

 息切れしながら僕の名前を呼ぶ。それだけでドクンと波打つ心臓に、自分自身、いい加減に嫌になる。


「……どうしたの、レイナ。ルートヴィッヒ先輩はいいの?」


 僕が美術室を飛び出してからすぐに追いかけてきたみたいだから、きっと返事はしていないはずだ。けれどさっきのレイナの表情を思い出せば、彼女の返事は明らかだった。


「……エクスは、私とルートヴィッヒが付き合ってもいいと思う? 本当に『お似合いだ』って、そう思ってる……?」


 なんで今更僕にそんなことを聞くんだと心の中で悪態をつきながら答える。「お似合いだよ」「よかったね、おめでとう」って、笑って――。


「だめだよ」


 口をついて出たのは、言おうと思っていたのとは正反対の言葉だった。自分が一番驚いた。こんなことを言うつもりじゃなかったのに、と手で口元を抑える。階段の下の方にいるレイナと目が合う。


「全然、お似合いなんかじゃない。……レイナの隣にいるのは、僕じゃないと嫌だ」


 すごいわがままを言った。顔がかっと熱くなり、自分がとんでもないことを言っているのを自覚しているけど、それでも止められず感情は溢れ出してきた。


「……僕は」


――やめろ。言っちゃだめだ。そんなこと言ったらもう『友達』にも戻れない。

 分かっているのに。分かっているのに僕の口は、声は、感情は、勝手に言葉を紡いで目の前にいる愛しい彼女へ伝えようと言うことを聞かない。


「レイナが、好きだ」


 ――言ってしまった。

 こんな、勢いみたいに告白するつもりはなかった。時間が止まったみたいに辺りが静かで、自分の想いを出し切ってしまった僕はもちろん、レイナも何も言わない。

 レイナの顔が見られない。重い沈黙が悪戯に流れる。


「私の隣にいるのが誰かなんて、私が自分で決めるわ」


 レイナの綺麗な声が耳に響く。僕は自分の拳をぎゅっと握りしめた。

――振られた。分かってた。レイナには先輩がいるんだから。

 ぐるぐると巡る考えを整理しようともせず、僕は俯いたまま呟く。


「そうだよね、ごめん……」


 それ以上は考えようとも口に出そうともしなかった。僕にとって、二度目の。


 二度目の、失恋だ。

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