第5話

 誰に言ったわけでもない、自嘲気味なその言葉は当然先輩の耳にも届かなかったらしい。返事がない。


「あ、借り物競争始まったみたいだ。あいつ何走?」

「えーっと、四走だったと思います」

「……ほんとだ。超不機嫌そう」


 順番待ちをする列の中にいるレイナを見つけてルートヴィッヒ先輩が笑う。

 一走の選手たちが借り物を終え、二走、三走と続き、いよいよレイナたちの番だ。

 位置について、の声の後、大きな銃声が聞こえる。空を裂く音と同時にレイナたちが走り出し、実況のアナウンスが聞こえる。


『さあ、第四走スタートしました。注目選手は我らがグリム学園のマドンナ、レイナ・フィーマン選手! 一体何のお題を引くんでしょうか!』

「ふっ、マドンナって……。あいつ、そんな柄じゃないだろ」


 アナウンスにツッコミを入れる先輩の横で、僕はぼうっとレイナを見つめていた。大音量のはずのアナウンスもどこか遠くに聞こえる。

 レイナは中盤くらいの順位でお題のカード地点にたどり着くと、少し迷ってから真ん中付近のカードをめくった。


『レイナ選手、硬直していますねえ。その間にも周りの選手はどんどん指定されたものを借りに行っております!』

「あいつ、どうしたんだ……?」


 お題の紙を見ながらレイナは赤くなったり青くなったりと百面相をしている。いったい何のお題を引いたんだろう。

 しばらくして、彼女は意を決したように両手で頬をパチンと叩くと、何かを探し始めた。“何か”、いや、“誰か”……? とにかく、キョロキョロと探しているのはきっとお題に書かれていたものだろう。

 そうしてレイナが辺りを見回すうちに、こっちに気付いた。すると安心したように笑って、僕たちのいる方へと駆け出す。


「エクス――っ! お願い、一緒に来て――っ!」

「え、でも――」

「いいから!」


 息を切らしながら僕の名前を呼ぶ。汗で額に張り付いた髪も、赤くなった頬も、荒い息遣いで僕を呼ぶ声も、その全部が綺麗だと、思わず見惚れてしまう。

 でも、と口にした僕の腕を引っ張ると、レイナはトラックへ走り出す。


『レイナ選手が連れているのはなんと男子生徒だー! しかも手を繋いでいる! これはもしかしたら『好きな人』のお題を引いたという可能性があるぞ、ちくしょう、羨ましい!』


 私情たっぷりな実況で会場に笑いが起こるが、そんなことより僕は走るたびに揺れるレイナの長い髪に手を伸ばしたくて仕方がなかった。

 手を繋いだまま、レイナにひかれるままトラックを一周。僕たちは一着でゴールテープを切った。決勝係の生徒が駆け寄ってきて、レイナのお題と借りてきたものぼくが合っているかを確認する。

 決勝係が本部テントにいる記録係に向かって手を挙げた。

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